十月頭

第17話 みつけた

 僕が教室で倒れてしまってから幾日か経ち、僕はその日以来初めて、一人で家の外に出た。

 数日ぶりの外の空気はとても澄んだもののように感じ、僕の気分をいくらか晴れやかなものにしてくれる。十月に入っているというのにまだまだ強い太陽の光が、半袖のシャツから出ている僕の肌を焦がし、その感覚がなんだか心地いい。

 僕は「んーっ」という声を発しながら深呼吸と背伸びを同時に行い、肺に空気を送り込む。綺麗な空気が、割れてしまった僕の心に入り込み、黒いモヤモヤを押さえつけてくれているように感じた。

 気分がいい……そう感じたのは、どれくらいぶりだろう。思い出そうとしても、思い出せない。そして同時に、そんな事どうでもいいじゃないか。という思いが、湧き出てくる。

「よしっ」

 僕は昨日の夜のうちに玄関の中に用意しておいた大きめのトートバッグを持って、平日の誰もいない田舎道を、裏山へと向かって歩き始めた。

 僕を守る人が居ないのと同時に、僕を見る人は居ないという事実。今はそれで、十分だ。


 誰もいない筈の道をしばらく歩いていると、赤ちゃんを拾った公園のほど近くの空き地に、割りと小さめのダンプ車が停まっている事に気がついた。そしてその空き地に数人の、男の人が居る。

 ほんの少しだけ、嫌な気分が僕の心に湧き上がり、その嫌な気分が、僕の歩く速度を遅くした。

 心療内科の先生にも言われた事だし、僕自身も頭では十分承知している事なのだが、僕は別に、誰にも見られてはいないし、誰からも笑われてなんかいない。ましてや初めて目にする人が、僕の事を知っている訳がない。

 分かっている。僕は分かっている。だから僕はあえて、そのダンプ車の近くを通り、自分を試す。

 どうやらダンプ車の奥にも大きなワゴン車が停められていて、結構な人数の男性がこの場所に集まっているようだ。誰も彼もが痩せこけていて、老人のように見える。

「ん?」

 しかしその中に、やたらと筋肉がムキムキで、それなのに身長が低くて、肌が真っ白で、とても幼い顔をした少年が一人、紛れ込んでいた。

 老人だらけの集団にはとても似つかわしくない、初々しい、若者。どう見ても十代で、見ようによっては中学生くらいに見える。明らかに異物。凄く浮いている。

 その少年は、何やらオロオロと慌てており、一生懸命な表情をしているが、動きが無駄だらけ。といった印象を、僕は受けた。

 今日が彼にとっての、初日なのだろうか? しかし今はもう十月。中学を卒業してすぐに仕事を始めたとしても、もう少しくらい慣れている筈だろう。

 ……学校、辞めて、働いてる……?

 そう思った瞬間、僕の心臓がドクンと、跳ね上がった。

 なんだろう、この感じ。嫌な気分とは違う類の、心臓が締め付けられる感じ。

「んぁ……」

 僕は首をポリポリと掻き、いつの間にか止まってしまっていた足を、再び動かす。

 ようやくチャキマルのお墓を作る時間がとれたんだ。早くチャキマルの所に、行こう。


 そして終わったら、またここに来よう。

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