第15話 人が怖い

 公園のトイレに閉じこもり、僕はしゃがみこんだ。とても臭く、とても汚い場所だが、他に身を隠す場所を、僕は知らない。

 ガクガクと震える体を沈めるために、僕はしゃがみこんだ状態で、膝を抱える。しかしいつまで経っても、震えは止まらない。今までの震えは押さえつければ弱くなり、時間が経てば収まったのだが、何故この震えは止まってくれないのだろう。

 まるで真冬のように、歯がガチガチと鳴る。そして自然と「うううぅぅ」という、とても気持ち悪いうめき声が漏れてきてしまう。

 僕自身も訳が分からない。何故僕はこんなに気持ち悪い事をしてしまうのか。

 気持ち悪い事をしてしまうから、きもちわりぃーと言われてしまうんだ。 

 本当に気持ち悪い。僕は本当に気持ち悪い。

「おえっ……おえぇっ」

 僕はトイレの地面に膝を付き、汚い便器に向かって胃液を吐き出した。その姿は絶対に気持ち悪い。また僕は気持ち悪い行動をとっている。

 どうして僕は、こんなに気持ち悪くなってしまったのだ? 本当に自分が、嫌になる。

 大嫌いだ、気持ち悪い僕なんて。

「おええええっ! うぇええっ!」

 目と鼻から、気持ち悪い液体が出てくる。

 ホント、気持ち悪い気持ち悪い。

「きもちわるぃ……痛いよぉっ……」

 何も食べていないせいか、胃が痛い。

 殴られた肩も、ベッドに叩きつけられた全身も、頭も胸の中も、痛い。

 体も、ダルい……学校に、行きたくない。

 そう思い僕は、最後に誰が掃除したのかも知れないトイレの壁へと、頭をゴツンとぶつけ、そのまま項垂うなだれた。


 しばらくそのままの状態でいたのだがいつの間にか震えが弱まっており、僕はダルい体に鞭打ち、汚れた口をすすぐために立ち上がった。

 トイレの個室の扉を開け、ゆっくりと歩き、水道を目指す。しかし僕の耳は誰かの声を捉え、固まった。

「あははははっ!」

 複数の子供の、笑い声のようだ。僕はその声を聞いて、更に体を震わせた。

 そして僕の足は、自然と駆け出していた。もつれて転びそうになる足を、なんとか前に出し、学校へと向かって走る。

「いやだっ……! 笑わないでっ……笑わないでっ!」

 壊れて黒くなった僕の心が発した言葉が、今僕がどう思っているのかを、教えてくれた。

 僕は、笑い声が怖い。視線が怖い。言葉が怖い。

 つまり、人が怖い。

「怖いぃっ……! いやだぁあっ!」

 僕は気持ち悪く胃液とヨダレを垂らしながら叫び声を上げ、気持ち悪く人が集まる学校へと、走った。

 いつの間にか通学路には、登校中の生徒達が沢山、沢山、歩いている。

 その全てが、僕を見る。僕を見て、笑う。

「ひいいぃぃっ」

 僕は気持ち悪い恐怖の雄叫びを上げて、走る速度を早めた。僕の全速力を出した。



 学校へと到着し、直ぐに上靴へと履き替え、これ以上ないほどに乱れてしまっている呼吸を整えもせず、僕は再び走りだす。階段を二弾飛ばしで上り、三階へと到着し、自身の教室へと向かい、そして、教室の前で立ち止まった。

 ガクガクと震える指先が、教室の扉に触れようと伸びていく。

「はぁあっ! はあぅっ!」

 僕の胸に、黒い黒い、モヤモヤが、あふれる。

 嫌だという気持ちで、いっぱいになる。

 何故急いで教室に来てしまったんだ。この先に待っているものは、地獄だぞ。

 僕をきもちわりぃーと言った奴と、僕をきもちわりぃーと思っている奴らが、沢山、沢山、居るんだぞ。

 何を期待して、急いで走ってきたんだ? もしかしたら、僕を肯定してくれる人が居るとでも、思っているのか?

 皆が僕を気持ち悪がっている手前、本当は僕を心配しているけど、言い出せなかった天使のような、神様のような、そんな人が居るとでも、思っているのか?

 居ない。そんな人、居る訳無い。

 そんな人が居れば、僕がこうはなっていないだろ。

 この向こう側が地獄だとするなら、そこに居る住人は、悪魔。

「ひぁあっ!」

 僕は駈け出し、込み上がってきている胃液を吐き出すため、トイレへと向かった。

 

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