第14話 凄惨

 昨日の夜は暗くて見えていなかったのだが、朝目覚めた時に目に入った僕の部屋は、凄惨なものだった。

 ベッドが普通では無い壊れ方をしている。布団を置いていたベニヤ板部分は割れており、それを支えていた木製ベッドの縁が真っ二つに割れていた。そしてその破片が至る所に飛び散っていて、一気に部屋を汚くさせている。

 こんなに酷いのは、僕が布団をバサバサしたせいもあるのだろうな……という、どうでもいい事を考えながら、僕は布団の上に立ち上がり、素っ裸だった事を思い出して、下着を着用し、服を着る。

 部屋に掛けられている時計に視線を向けると、未だ朝の七時前。昨日僕が登校した時間と、そう変わらない。

 僕は登校したくない気持ちで一杯の頭と、その思いに同調して気持ち悪くなっている胸を無視するように、ランドセルを手に持ち、部屋の外へと出て、リビングの光景を目にした。

 やはり昨日の夜は暗くて見えていなかったものが、窓から入る朝の光に照らされて、見えるようになっている。リビングは、酷い。

 食器棚のガラスが割れて飛び散っており、素足で歩く事を困難にしている。陶器の食器も同様で、僕が愛用していたお茶碗も粉々に割れてしまっていた。

 食卓テーブルに備え付けの木の椅子も、何故か斜めに割れている。一体何をどうすれば、このようになるのか、不思議だ。

 そこそこ大きな液晶テレビが画面側に倒れている。コードがピンと引っ張られていて、なんだか危なげに見えた。

 そんな荒れ果てたリビングの片隅にあるソファーに、昨日帰ってきたままの服装をしている父親が、疲れた表情で座っていた。

 足も腕も、全てを投げ出して、だらしなく座っている。そして僕へと視線を向けて、すぐに逸らす。

「おはよー」

 僕がそう話しかけるも、父親は何も喋らず、うつむいた。

 このまま見つめていても仕方がないので、僕は洗面所へと向かい、顔を洗い、歯を磨く。それが終わると僕は靴を履き、そそくさと家の外へと出て行った。


 昨日、ブランコに乗った公園へとたどり着き、僕は水道の蛇口をひねり、水を飲む。ガブガブ飲む。

 それが終わると僕は、着替えた時にポケットへと入れておいた、虫の柄が描かれている愛用の小銭入れを取り出して、中身を確認する。小銭いれの中には、千数百円の現金が入れられていた。

 本当は学校にお金なんて持って行ってはいけないのだが、流石に多少の空腹を感じていた僕は、コンビニで何かを買おうと思っていた。

 僕は公園を後にして、コンビニへと向かう。

 僕が進む道には、僕以外の人間は誰も歩いていなかった。それだけの事実が、僕に安心感を与えてくれた。


 コンビニに入るのにも、勇気がいる。朝にコンビニへと入店した事は無いし、そもそも今の僕は、人の視線を集める事が怖い。僕はコンビニの入り口で、しばらくの間立ち止まってしまった。

 駅から遠い田舎のコンビニは、この時間にお客なんて居ない。入店すれば、店員の視線は全て僕へと注がれてしまう。そう思うだけで、僕の体はガクガクと震えてくるのが分かった。

 ……きっと、犯罪者の自分を、恥じている。犯罪者の自分を、見てほしくない。そう無意識のうちに、考えてしまっているのだろう。

 僕はおでこで産まれた汗が顔を伝い、顎から地面へと垂れている事に気づき、それを拭った。元来、それほど汗かきという訳では無かったと思っていたのだが、今の僕は、凄く汗かきになっている。

 精神が、不安定、だからだろうか。

「あぐぅっ……」

 僕は拳を握りしめて、踵を返す。そして先程、水を飲んだ公園へと戻るため、歩を進めた。

 僕はどうなっている? 今の僕はどう見える?

「僕って気持ち悪い?」

 空を見上げて呟いた一言に、返事は無い。

 空はただ青く。ただ遠く。ただ近くにいた。

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