第12話 家庭内暴力

 僕は自室のベッドの上で横になりながら、目を開けたまま夢を見た。

 いや、夢を見たというより、頭の中で色々と妄想している。

 僕は誰にも受け入れられない、どうしようも無い忌み子だと言う事は分かっているのだが、もしかしたら、僕と同じような境遇の人が居て。その人は僕の心を分かってくれて。その人は僕のように精神が弱くなくて。その人はとんでもなく優しくて。僕の全てを受け入れてくれて。

 この町ではない、とても素晴らしい世界を見せてくれて。

 僕をそこに永住させてくれて。その人も一緒にいてくれて。

 ずっとずっとお互いを理解しながら、誰にも邪魔されず、生きていく事が出来れば、どんなに不細工でも、この際構わない。僕と同じ心を持っていて、僕を受け入れてくれるというなら、どんな事でも耐えてみせる。

 なんて事を思い、僕は「ふふ」と、笑った。

 そんな人、この世には居る筈が無い。だって僕は忌み子だから。忌み子を好く人なんて、居ないだろう。

 赤ちゃんを誘拐したんだぞ。秘密基地の中に大量の虫の死骸と、猫の死骸があるんだぞ。きもちわりぃーんだぞ。くせぇー! んだぞ。

 僕だって嫌だ、そんな人。不細工とかそんなの関係なく、不気味だ。

「あはっあはっ」

 今だって、リビングから父親と母親がお互いを罵り合っている声が聞こえてきている。

 物が壊れる音がする。陶器が割れる音がする。父親の怒鳴り声が聞こえる。母親の甲高いヒステリックな声が聞こえる。

 これは全部、全部、僕のせいなんだぞ。そんな僕が。

 そんな僕が。

「おえっ……あはっ」

 そんな僕が、誰かに好かれるなんて、ある訳が無い。


 父親と母親の声が止み、僕はノソッとベッドから立ち上がり、自分の部屋の扉の前まで歩いた。

 僕は扉に耳を当てて、隣接しているリビングの音を、確かめる。

 すると突然、内開きである僕の部屋の扉が開き、僕の体は扉に押されて、お尻から倒れてしまった。

「てめぇが」

 扉を開けたのはどうやら父親らしい。どうやら父親は、もうすでにギアがマックスに入っているようだった。

 眉間に深い深いシワを作り、腕をプルプルと震わせ、拳を固めている。

 あぁ、ついに、殴られるのか……なんて事を、僕は思った。

「てめぇがっ!」

 僕の予想通り、父親は倒れている僕の肩めがけて、拳を振り下ろした。半袖のシャツを着用している僕の肩は丸出しで、父親の拳が直接当たる。

 とても鈍いゴッという音とは裏腹に、僕の肩に走る痛みは、鋭い。殴られた場所を中心に、僕の腕全体がしびれているのがわかる。

「いだぃっ!」

 僕の口から、声が飛び出した。そして僕は思わず、殴られた場所を手でおさえる。

 僕の言葉と僕の行動という燃料を得て、父親は更にヒートアップした。ヒートアップしたのが、見て取れた。

「てめぇがあんな事さえしなけりゃこんな事にはならなかったんだよっ!」

 父親は最もな台詞を叫び、肩まで伸びている僕の髪の毛をガッシリと掴んで、僕の頭を振り回した。

 ブンブン、ブンブン、振り回す。

 視界に映る景色が歪み、まるで乗り物酔いのような感覚が僕を襲う。僕は「おげぇ」と、何度も胃液を口から漏らした。給食以外のものを口にしていないから、吐しゃ物が出てこなかった。それはラッキーだなと、思う。

 そんな状態が延々続き、僕はスッカリと体力を奪われ、ぐったりとした。僕の髪の毛を掴む父親の腕から、僕の首から下が、ダラリと垂れている。もう、体のどこにもちからが入りそうもない。自分が今、立っているのか膝を付いているのかさえ、定かではなかった。

 どうやら父親も疲れてしまったらしく「はぁはぁ」と、肩で息をしている。

「……疲れたね」

 僕は思わず、父親に向かって話しかけた。

 だって、疲れたのはお互い様だったから。なんか共感しているみたいで、嬉しかったから。

 しかしどうやら父親は、嬉しくなかったようだ。僕の髪の毛を引っ張りあげ、反対の手で僕の太腿ふとももへと手を伸ばし、僕の体を持ち上げた。

 父親に持ち上げられるなんて、何年ぶりの事だろう。どれくらいぶりなのだろう。

 ちょっと、僕の記憶には無いな。もしかしたらこれが、初めてなのかも知れない。

「あはっ」

 僕は笑う。

 父親は僕の体を、僕が幼い頃から愛用しているベッドへと向かって、放り投げた。

 僕の体はベッドのベニヤ部分を突き破り、布団に埋まる。その際にドガッだとか、バキッだとか、ベッドが壊れる音を、僕の耳がとらえた。

 それでも僕は、父親の顔を見つめていた。

 僕に見つめられた父親の顔からは、どうやら鬼が取れている。その変わり、とてもとても、弱々しいものに、変わっていた。

 父親は両手を頭に乗せて、口をパクパクと動かした。そして首を何度も何度も、左右に振った。

 父親の目には、涙が浮かんでいるように見えた。きっと忌み子の僕と接して、後悔しているのだろう。僕は赤ちゃんを誘拐した、汚らわしい人間だから。

「えい……こっ……あああっ……! あああああっ!」

 父親は僕を置いて、僕の部屋から出て行った。家の中だと言うのに、駆け足で出て行った。

 僕は壊れてしまったベッドの残骸からフラフラと身を起こし、口から「おげぇ」という汚い声を発し、お風呂場へと向かった。

 髪、引っ張られるの、嫌だから、切ろう。

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