第10話 ロック

 夕暮れになり、太陽がオレンジ色の光を発し、木々や僕の影を伸ばし始めた頃。僕は、僕を産んで後悔しているであろう母親が居る家へと向かって、歩を進めた。

 僕の今の格好は、土で汚れてしまった白の半袖シャツにデニム生地のハーフパンツという軽装なので、この時間帯は少し肌寒いと感じる。

 僕はふと、裏山から家へと向かう道の途中にある、赤ちゃんを拾った公園へと視線を向けた。そこにはやはり誰も居らず、砂場にも当然、赤ちゃんは居ない。

 どうしてあの時、この場所に、タイミング悪く、赤ちゃんなんて置いて行ったのだろう……お陰で今、僕は、苦しんでいる。

 父親から打たれ、髪を引っ張られ、怒られ、嫌われ。

 母親からは冷たい視線を向けられ、朝食を作ってもらえず、放置され。

 友達だと思っていた人達は僕を無視し、嘲笑し、秘密基地を壊し。

 お陰で僕は、僕じゃなくなってしまった。

「なんでだよ」

 昨日から今日の事を思い返していたら、僕の口から、自然と言葉が漏れた。

 言葉は漏れたのだが、涙は流れなかった。もう、枯れてしまったのだろうか。

 チャキマルのために流した涙が生涯最後の涙なら、それもいいかも知れない。なんて思い、僕は「ふっ」と、自分の事を鼻で笑った。


 太陽が山に隠れ、街灯が目を覚まし始めた頃、僕の進む方向から、誰かの話し声が聞こえてきた。

 急に不安な気持ちが湧き上がり、僕の全身を襲い、その感覚が僕を突き動かし、辺りをキョロキョロと見回させた。するとすぐ側に高い塀の路地が目に入り、咄嗟にそこへと駆けこむ。そして近くにあった電柱に身を隠し、声のするほうへと視線を注視させた。

 しばらく見つめていると、部活帰りなのか、大きなバッグを肩から下げた高校生の男子二人が、僕の視線を横切り、歩いて行く。どうやら僕には全く気づいていないらしく、弾んでいる会話を止める事無く、過ぎ去っていった。

 僕はドキドキしている心臓に手を当てて「ホッ」と息を吐く。 

 何、やってるんだろう、僕。訳解かんない。

 訳解かんないけど、汗をかいた。肌寒いというのに、僕のおでこから、汗が流れてくる。


 僕は人目を避けながら、なんとか自身の家へとたどり着く。

 ランドセルから鍵を取り出し、鍵穴へと差し込んで解錠させて、玄関のドアノブに手をかけた。

 そしてそのまま扉を引くと、直ぐにガッチャンという音が鳴る。扉はほんの少ししか、開かれていない。

「え?」

 この感覚は初めてのものだったので、僕は困惑する。

 扉が壊れたのだろうか……と思い、僕は僅かに開かれた扉の上から下までを、眺めた。

 すると、なんて事は無い。チェーンロックがされているだけである。

 チェーンロック、された。

 チェーンロック……された。

「ははっ……」

 僕に、入ってきて欲しくないのか。

 そうか。

 そうか……。

「はははっ」

 僕はドアノブを手放し、玄関の前に、膝をついた。

 僕は、忌み子だ。

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