第5話 クラスの中心人物

 ブランコの上で、少しだけうたた寝をしてしまっていたようだ。僕は歩道を歩く小学校低学年の元気な声で目を覚ました。

 当たり前の事ではあるのだが、僕の家が大変な事になっているのに、他の所ではとても正常に日常が機能しているという事が分かり、僕の傷付いていた心の中から嬉しいと感じる気持ちが溢れてきて、それが僕の全身に回り、ちからが漲ってくるのを感じる。

 学校に行けば友達が居て、ホームルームが始まるまでの間に下らない会話をして、休み時間に男子とサッカーをして、放課後に友達と一緒に帰り、そのまま友達と遊ぶか秘密基地に行き、猫のチャキマルのお墓を作る。

 通学路の先にある学校には、そんな日常が待っているのだ。今はそんな当たり前の出来事が、とても魅力的に感じる。

 僕はブランコから立ち上がり、少し駆け足で公園を出て、学校までの道を急いだ。

 サエちゃんには、謝ろう。きっと辛い思いをさせた。辛い思いをさせたという事は、僕が悪いという事。

「はっはっ」

 駆け足で学校へと向かう僕の口から漏れる息遣いは弾んでいる。そして自然と口角が上がっている事がわかる。


 学校へと到着して上靴へと履き替え、僕はやはり駆け足で教室へと向かった。

 階段を二弾段飛ばしで登り、三階へと到着すると、自身の教室へと走る。そして教室の扉を掴み、この先には日常が待っているんだと、ワクワクする心を表現するかのように、元気良く扉を開いた。そこにはもうすでに結構な人数のクラスメイトが登校しており、一斉に僕のほうを向く。

 僕は教室の扉から一番近い席に座っている女の子と目を合わせ、いつもの僕のように、ニッコリと微笑みを浮かべた。

「おはよぉーっ!」

 僕の渾身の元気を込めた挨拶を受け、女の子は「お……はよ」という、なんとも歯切れの悪い返事を返してきた。その時の表情が、なんだかとても硬い。

 学校に来れた事があまりにも嬉しすぎて、少し元気の度合いを間違えてしまっただろうか。僕のテンションに付いて来れていない印象を受ける。

 しかしそれでも僕のテンションは落ちない。僕は自分の席へと向かう間に居る生徒全員に「おはよーっ」と、右手を上げながら挨拶をした。

 全員が全員、なんとも微妙な表情と視線を僕へと向けてきてはいたのだが、僕はいつもの場所、いつもの顔ぶれというものが、とても嬉しい。

 僕は自身の席へとランドセルを乗せて、サエちゃんの席へと視線を向けた。どうやらサエちゃんはまだ登校していないらしい。

 いの一番に、サエちゃんに謝ろうと思っていたのだが、居ないものは仕方ないので、僕は自身の席へと腰を下ろして、サエちゃんの到着を待った。


 いつもなら僕が席に座っていると、誰かしらから声をかけられる。

 僕と同じように成績の良い女子からや、僕と同じように外で遊ぶのが好きな男子。様々な人から、様々な話題を振られるのが、日常だった。

 僕は、自分で言うのもなんだけど、クラスの中心人物だと、思っている。委員長では無いのだが、イベンド事のリーダーは、いつも私が受け持っている。

 そんな僕が、今日は、声をかけられない。

 今日に限って、声をかけられない。

 チラチラと僕のほうへと視線を向けてくる人は大勢居るのだが、そこから先が、一切無い。

 そのまま何もしないで席に座っていると、ホームルーム開始のチャイムが、響き渡った。

 サエちゃんは、学校に来なかった。


 胸が、痛い。凄く、痛い。

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