第3話 昨日と今日、あった事

 家に帰り、父親の側を離れたくて僕は自室へと戻ろうと駆け出すものの、案の定、父親に捕まり、叱咤される。

 リビングに正座をさせられ、怒鳴られ、憎しみの込められた視線を送られ、頬を打たれ、肩を蹴られた。近くには母親も一緒に立っていたのだが、何もしてくれない。ただただ黙って父親の後ろに立ち、僕へと冷たい視線を送っているだけ。

 ようやく開放されたのは、正座をさせられてから実に三時間が経過してからだった。僕は痺れてしまって満足に動かない足をなんとか動かし、自室へと入り、パジャマに着替えて、ベッドの上に身を預ける。

 痛む全身と頭。そして胸の中。それらを思うと、涙が出て来てしまった。

 本当に僕は、そこまでの事をしてしまったのだろうか……僕は両親に気づかれないよう、声を漏らさずに泣いた。


 僕は昨日、確かに赤ちゃんを誘拐した。

 昨日の夕暮れ時、たまたま通りかかった、狭く人気ひとけの無い公園の隅っこにある砂場で、まるで物のように放置されていた赤ちゃんを僕は抱き上げ、お母さんらしき人を探した。

 しかしベビーカーが近くにある訳でも無く、子供用品がベンチにある訳でも無く、当の赤ん坊は、汚いタオルに包まれてはいたが、裸だった。僕はこの子は、捨て子なんだろうなと、思った。

 それでも僕は一生懸命に母親を探した。しかし、寂れた町にある寂れた公園の周りに大人はおらず、太陽はどんどんと沈んで行き、次第に真っ暗になってしまった。人気ひとけの無い、ほとんど山の中にあるような公園だから、捨てていったんだ……と僕は察し、赤ちゃんが可哀想になり、僕は泣きながら秘密基地に、赤ちゃんを連れて行った。僕が愛情を込めて、育てよう……そう決心した。

 ……確かに、ここで警察に届ければ良かったのだろうとは、思う。しかし僕は、愛情を与えられなかったあの子を、可哀想に思った……僕にソックリだなと思って、悲しくなってしまった……。

 その子にチャキマルという名前を付けて、その日は帰った。心にはソワソワした気持ちと、多少の罪悪感が産まれていた事は認めざるを得ない。

 今日の学校終わり、僕はその気持ちに耐えられず、チャキマルにまつわる事を、誰かと共有しようと決意した。そこで白羽の矢が止まったのが、クラスメイトのサエちゃんだ。

 サエちゃんとは特別仲が良かった訳では無いのだが、家が近所だという事と、おとなしく、誰かに秘密を話すような子では無いと思い、僕だけの秘密基地へと招待した。しかしそれは、大きな誤算だった。

 恐らくサエちゃんは、罪の意識に耐えられなかったのだろう。僕達が解散した後に、両親にでも話してしまったのだろう。それが警察に伝わり、今、このような事になっているのだろう。

 ……きっと、それがマトモな人間のする事なのだろう。これだけ僕が、色々な人から責められているのだ、僕が間違っているのは、間違いない。

「ううぅっ……」

 僕はついに、声を漏らしてしまう。

 悲しみが涙となり、目から流れ、苦しみが嗚咽となり、口から漏れてきた。


 目を閉じて布団にくるまり、涙を流していると、リビングのほうから父親の怒鳴り声が聞こえてきた。

「あいつは俺の子じゃねぇんだろ! ちっとも似てねぇじゃねぇか!」

「貴方の子だって言ってるじゃないっ! 貴方がいつまで経ってもそんなだから、あの子があんな風に育っちゃったんでしょっ!」

 ……僕は、あいつの子じゃないのか……。

 そうなのか……だから愛情を、与えてくれないのか……。

「ううううぅぅっ……!」

 別に、それならそれで、構わないと、思っていた。

 思っていた筈なのに、僕の涙は更に流れる。

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