第2話 小六の犯罪者

 車に揺られて数分後、あっという間に目的地へと到着した。

 僕は父親の「早く出ろ!」という声に気圧され、浮かない心を抱いたまま、仕方なく車のドアを開けて、外に出る。

 到着した場所は、僕の家から少しだけ離れた場所にある、街頭が等間隔に設置されているような、閑静な住宅街にある一軒家だった。僕の家も一軒家ではあるが、その風貌はまるで別物。この家はとても立派で、お金持ちが住んでいるという印象を与えられる。

 そんな事を考えながら家を見上げていると、父親が僕の髪の毛を掴み、グイッと引っ張った。そして「何ボサっとしてるんだ!」と大きな声で僕を叱咤し、髪の毛を掴んでいる手で僕の頭を何度もゴンゴンと叩く。

 痛い……そんな事をする必要なんて無いのに、なんでそんな事を、するのだろう。

「痛いっ……! 痛いってばっ!」

 僕は父親の腕を引き離そうと、髪の毛を掴まれている腕へと手を伸ばす。すると父親はその行為が気に食わなかったのか、掴んでいる腕をブンブンと振り、僕の頭を揺さぶった。

「あがぁっ……!」

「口答えすんな犯罪者がっ!」

 父親の怒鳴り声とその内容が、僕の心に鋭い針となって、突き刺さるのを感じた。

 グサリグサリと、何本も何本も、僕の心を突き刺している。

 痛い……痛い……髪の毛もそうだが、胸も、痛い。

 父親から、犯罪者呼ばわりされた……まさかこんな日が来るなんて、思ってもみなかった。

「お父さん、落ち着いてくださいよ。娘さんは犯罪者ではありませんから」

 警察のたしなめるような声を聞き、父親はようやく私の髪の毛から手を離し、またペコペコと警察に向かって頭を下げる。

 ……一体父親は、何のために、頭を下げているんだろう。

 普通に考えれば僕のためなのだろうが、僕のためとは、どうしても思えない。


 立派な一軒家のチャイムが警察の人の手で押され、玄関の光がパッと灯り、ガチャリという重たい音を立てて扉が開かれ、そこから三十代前半だと思える男女が出てきた。彼らは何故か、笑顔を見せている。

「あっ、宮田さんですよね? 夜分遅くにわざわざご足労頂いて申し訳ありません」

 笑顔を見せている男性が僕達の苗字を呼び、さらに笑顔を深めた。それを受けて父親は、また頭を下げる。

「いえっ! うちの娘が、多大なご迷惑をお掛けしてしまい、どうお詫びをすれば良いか」

 父親はそう言い、隣に居た私の後頭部をガッと掴み、とても乱暴に僕の頭を下げさせる。

 その時の父親の尋常では無いちからに、僕の首に痛みが走った。

「いえ。目を離した私も悪いんです」

 そう言いながら女性の方が頭をペコリと下げ、私の顔を覗き込むような仕草をして「エイコちゃんって、言うんだよね?」と、僕に話しかけてきた。僕はその言葉になんとか「はい」とだけ、返事を返す。

「エイコちゃん、人の赤ちゃんを連れて行ったら駄目だっていう事は、わかるわよね?」

 彼女は優しい声で、まるで僕を諭すかのように、話し始めた。

 ……そんな事、分かっているに決まっているではないか。

「どんな理由があっても、もうこんな事しちゃ駄目よ? おばさんと約束して?」

「……赤ちゃんは、砂場で一人で居たんです……僕は心配になって、赤ちゃんのお母さんを探したんですっ」

 僕の口から、言い訳が溢れてきた。

「探しても探しても見つからないからっ……僕、仕方なく秘密基地に連れてったんですっ……僕が育てよ」

 僕の言い訳を聞き終わる前に、父親は僕の髪の毛を掴み、僕の頭をまるで振り回すかのように、動かした。

「お前馬鹿かっ! そういう時は警察に連れてくんだよっ! どうしてそんな当たり前の事がわかんねぇんだっ!」

 痛いっ……痛いっ……。

「当たり前をっ……教えてく」

「黙れっ! お前はとにかく反省しろ! 謝罪しろっ!」

 当たり前を教えてくれなかったのは、お前じゃないかっ……。

 お前じゃないかっ……。

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