エイコ 九月末
第1話 傷付いた心
眠っていた僕を起こしたものは、頭皮を引っ張られる痛みの感覚と、父親の「てめぇ起きろっ!」という怒声だった。
僕は状況を全く理解する事が出来ないまま、父親に髪の毛を掴まれた状態で引っ張り回され、何故か玄関のほうへと連れて行かれる。するとそこには、紺色のスーツを纏った、とても大柄な男の人が二人、立っていた。
二人は笑顔ではあるのだが、どこか視線が、冷たい。瞬時に普通の人たちでは無いと、僕は悟った。
「おらっ! 頭下げるんだよっ!」
父親は僕の足を思いきり蹴り、髪の毛を地面に向けて引っ張る。僕は父親の
一体、何が起きているんだ……? どうして父親は、僕にこんな仕打ちをするんだ……? こんな事をされては、声のひとつだって、上げられない。
「まぁまぁお父さん。やりすぎですよ」
スーツを着た男性が、父親を止めに入った。すると父親はようやく僕の髪の毛を手放して、深く深く、頭を下げる。
父親の隣に居る母親も、目から涙を流しながら、必死な表情で頭を下げ、ほんの一瞬だけ、とても鋭い視線で僕の顔を睨みつけた。
何で、そんな目で、僕を見るんだ……?
「本当にすみませんっ……なんてお詫びすれば良いのやらっ」
「いえね、子供のした事ですし、命に別状は無いとの事ですので、向こうの親御さんも穏便にと申されております。エイコちゃんが謝りに来てくれさえすれば、被害届は出さないとの事なんで」
僕が、謝りに行く……? 何故、僕が謝りに行かなければならないんだ?
この人達は、一体、何の話をしていると言うのだ?
「はいっ! 直ぐにでも謝りに行きますので! ほらエイコッ! さっさと着替えろっ!」
父親は僕の横っ腹を蹴飛ばした。その際に僕の口から思わず「あがっ」という声が漏れる。
何故、母親や知らない人の前で、父親にこんな扱いをされなければいけないんだ……? 父親が僕の事をあまり良く思っていなかったのは知っているし、その雰囲気を感じて、僕もあまり父親とは口を利きたくないと思っていて、仲は決して良くなかったのは認めるが、こんな惨めな思いをさせられる覚えは、無い……。
「痛いっ……父さん何……? 僕が何か、した……?」
僕は地面に膝を付いた状態のまま、父親に蹴られた脇腹をおさえ、少し強い口調でそう言い、父親の顔を睨んだ。
すると、僕のその態度が気に食わないのか、父親は眉間に深い深いしわを作り、僕の顔を、思いきり平手で叩く。
玄関の景色がグルリと回り、僕の頭は壁に当たる。
……痛い……。
「てめぇっ! 子供誘拐しといてシラ切るつもりかっ!」
父親の大きな大きな怒鳴り声が、僕の鼓膜に届く。
子供……誘拐……その単語で、玄関先に居る二人の大柄な男性が、警察である事を、悟った。
それと同時に、僕の胸がズキンと痛み、軽い吐き気を感じた。
僕は少し厚手の白いワイシャツと濃紺のスカートに着替えさせられ、父親が運転する自動車の後部座席に座らされた。
助手席には警察の人が座っており「先導する車に付いて行って下さい」と父親に説明して、後は良く分からない会話を父親としている。
僕はと言うと、今日の昼間の事を思い出していた。そして、思い出す度に、胸がズキズキと痛むのを、感じていた。
サエちゃんの裏切りに心を痛めているのか。罪を感じて、いたたまれなくなっているのか。またもチャキマルを失った事による喪失感なのか。分からない。
分からないけど、僕の心が、傷ついている事は、確かだった。
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