二話 跳弾

 タクミさんと体を重ねてから…いや、付き合いだしてからもう三日が経っていた。

 憧れていた先輩との職場恋愛。

 サツキとの微妙な関係に疲れていた僕は、タクミさんと体を重ねることが多くなり、段々とサツキのメールも電話もなんとなく返せない日々が続いている。

 一方的に延々と送り付けられる言葉に焦りを感じるような、でもなんだか求められてうれしいようなそんな奇妙な気持ちの板挟みになる。


 でも、もう彼女も出来たことだし、きっぱり元カノとの縁を切ろうとも思って、僕はタクミさんに正直に相談してみた。

 タクミさんは、僕の携帯端末を手に取って、サツキからのメッセージに目を通す。

 付き合う前のものがほとんどだし、僕はなんだかんだ言い訳をして変身を極力減らしていたし、「好き」って言葉も言わないようにしていた。だから何もやましくない。

 サツキさんは口角を少し持ち上げながらサツキと僕のやりとりを眺め終わると、隣で座っていた僕のことをぎゅっと抱き寄せてくれた。

 年上の余裕っていうのかな…タクミさんはそのまま俺の頭を撫でながら「元カノさんも今は頼る人がみーくんしかいないんだし、私とのことを内緒にして今まで通りにしてあげて」って言ってくれた。

 なんだろう。これが余裕とか、病んでいないって状態なのかななんて思いながらも、内心ラッキーと思ってしまう自分もいた。

 何故ラッキーかって?それは二人の女の子から体を求められるってなんかロマンじゃない?うん。


 久しぶりにデートのない夜。携帯端末を開くと相変わらず大量の未読メッセージが貯まっている。

 内容も見ずにメッセージをスクロールする。僕を罵る言葉と謝罪と好意を示す言葉が激しく入れ替わる様子をちらっと見ても、もう胸を痛めたりすることはなくなった。

 今まで通りにしてあげてというタクミさんの言葉があったので、僕は久しぶりにサツキのメッセージを返信して、少し安心させてあげようと思った。

 前までは苦痛で義務でしかなかったのに、今は自然と弱って怖がっている彼女に優しくしようと思える。

 やっぱり僕に必要だったのは、安らげる場所だとか、愛情をくれる人だったんだ…。サツキは僕に求めるだけで、愛情も安らぎも与えてくれなかった。顔はタイプだったけど、そして体の相性も悪くはなかったけど、でも求められてうんざりしていたんだ。

 こうして、僕がタクミさんで満たされると、サツキにも優しくできる。そして、タクミさんからも貰っている分の愛情を返せる。

 これで、サツキが元気になって新しい彼氏でも見つければ、僕も安心してタクミさんと付き合える。そう思えた。


『久しぶり。最近仕事が忙しくてさ…』


 すぐ僕のメッセージの横に既読という文字が表示される。こわ。

 サツキ、そういえば実家で暮らしてて今仕事してないんだよな。そうか。そりゃあんなに時間関係なくどんどん僕にメッセージを連打してくるはずだ。


―ピロン

『嫌われたのかと思った。たくさんメッセージをおくっちゃってごめんね』

―ピロン

『わたし…こんなダメな子だから…ミサキに嫌われちゃうと思うと怖くて』

―ピロン

『ね…わたしのこと捨てないよね?嫌いにならないよね?』


 三倍返しってやつかな?

 嫌いになってはないけど、彼女はいるんだよなーなんて思いながら、でもタクミさんからの「今まで通りにしてあげて」という言葉に甘えて僕はサツキに返すメッセージを考える。


『うん、大丈夫だよ。 ちゃんと好きでいるからね』


 何が大丈夫なのかも、ちゃんと好きでいるってなんなのかもよくわからないけど、とりあえずそう返信する。

 意味を考えたり、整合性を考えてはいけない。サツキが欲しそうな言葉を、僕はただ心と頭を無にして返せばいいだけなんだ。

 サツキとのやりとりを重ねて、タクミさんのことをつい考える。

 僕のことを大切にしてくれるタクミさん。俺のことを責めたりしないし、謎の連続メッセージもしてこない。

 働いているから、夜中に何時間も電話に付き合わせたりもしない。

 いい感じにサツキとはフェードアウトして、彼氏でも作ってもらって、僕はタクミさんと幸せになりたい。

 そんなことを考えながら「ああ…やっぱり僕はタクミさんのことが本当に好きなんだなー」って実感する。


 いつの間にか電話がかかってきて、泣き喚くサツキをなだめていたら夜中の2時だった。

 久しぶりの感情労働にやっぱりうんざりしながら携帯端末に目を落とす。


【着信三件】

【未読メッセージ200件】


「は?」


 予想外の通知に思わず声を出してしまった僕は慌てて着信と未読メッセージを確認した。

 タクミさんから?何か急用でもあったんだろうか?

 焦りながら僕はSNSアプリを起動してメッセージを確認する。


「なーんだ。スタンプか…。焦った…。暇だったのかな…」


 画面に並んでいたのは、おどろおどろしい文章や、ヒステリックな文面ではなく、かわいらしいペンギンやうさぎが躍っているスタンプだった。


『ごめん、友達と長電話してた。構えなくてごめんね。おやすみなさい』


 僕は胸をなで下ろし、もう寝ているであろうタクミさんにメッセージを返して、翌日またあの笑顔の素敵な先輩で僕の恋人と会社で会えることを楽しみにしながら眠りについた。

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