メンヘラ牧場
小紫-こむらさきー
一話 連弾
-ピロン
-ピロン
-ピロン
メッセージが届いたことを知らせる軽快な音が連続で響く。
僕はメッセージを確認するために小型の携帯端末を取り出した。
【未読メッセージ35件】
はぁ…と溜息が出る。
胃が重くなるのを感じながら僕は、メッセージを、確認するために緑色のSNSアプリをタップした。
なんの意味があるとも思えないのだけど、メッセージからネガティヴな空気というか瘴気みたいなものを感じる気がして、それをいきなり受け取るのが怖くて、最近僕はメッセージを確認する前に目を閉じるようになった。
今日も、僕はメッセージを確認する前に目を閉じて深呼吸をする。
『寂しい』
『今お仕事?お仕事中にこんな連絡してごめんね、でも寂しくて不安で』
『実は仕事って嘘で他の子と遊んでるとかじゃないよね?』
『ごめんね、大好き。休憩時間に返事してくれたりしないかな?迷惑だよねごめんね』
『こんなにたくさん送って迷惑かな、ごめんね、ダメなわたしでごめんね嫌われちゃうよね』
『嫌いだから返信してくれないのかな』
読み進めているうちに胃の底から込み上げてくる胃液を飲み込んで、僕は画面をスクロールして最新のメッセージだけを目に入れた。
『どうせダメなわたしなんて嫌いだよねごめんねさようなら』
「あああ!またか!またかよ!」
思わず漏れる怒りの声。毎日仕事中に勝手に嫌われてると勘違いして勝手に去っていこうとするのをやめろ。
帰宅前に寄った喫煙所でつけたばかりの煙草をもみ消しながら思わず声に出す。
昨日だってサツキのために僕は遊びにも行かずにまっすぐ帰宅して日付が変わるまで「嫌いにならないよ大丈夫だよ」って心と頭を無にしてひたすら電話をしながら慰め続けたんだ。
一昨日も、そのまた前の日も、それどころかここ一週間くらい僕はずっと仕事とサツキと通話しかしてない気がする。
それくらい僕の時間はサツキに圧迫されていた。それだけ僕はサツキに時間を割いて、大好きだよって伝えて、時間が空けばメッセージを返していたんだ。
それなのに、それなのになんでこんなことになってるんだよ穴の開いたバケツかよ。
好きだよって言っても大丈夫だよって言っても安心するどころか彼女は益々不安定になるばかりだった。
僕と彼女…サツキは付き合ってるわけじゃない。
嫌いにならないで、終わりになるのが怖いって言って付き合うことを終わりにしたのはサツキだった。
付き合い始めて三日。僕にとってはなかなか衝撃的な理由での失恋を経験したのだ。
「それでもいいよ。僕はサツキが好きだから、友達でもいい。
いつでも君のことを好きっていうし、甘えていいんだよ」
こんなことを言ってしまった僕が悪いのかもしれない。
でも、サツキのこと好きだし、体の関係も続けてくれたし、というか、中途半端な関係になってからのほうがサツキから毎日のように求められて、人に見せられないような写真などが一方的に送られてくるのもつらかった。
求められるけど、僕にも仕事や生活がある。だから会うわけにはいかないと断ると「こんな写真まで送ったのに!」と激昂されるのだ。そしてまた「ごめんなさい」「嫌いになったよね」の繰り返し。
まるでサツキの感情はジェットコースターみたいだった。そしてその感情のジェットコースターに僕を無理矢理付き合わせてくる。
正直限界…もう無理…。
まだろくに吸ってもいない煙草を消してしまったことも少しショックで僕は喫煙所のベンチで頭を抱えて動けなくなっていた。
「ミサキくんお疲れさま。どうしたの?彼女とケンカでもした?」
「あ、タクミさんお疲れ様です。いやあ…まあ…」
優しい笑みを浮かべながら僕の隣に座ったタクミさんは、冷たいコーヒーの缶を僕の頬に当てながら微笑んだ。
会社の先輩のタクミさん。正直いいなと思ってる。最高。
優しそうだし、人生経験豊富そうだし、なにより穏やかで巨乳。最高。どうせ彼氏いるんだろうなーこんな人の彼氏だったら最高なんだろうなーとサツキからのメッセージからの現実逃避をする。
「最近ミサキくんすぐに帰っちゃうから私寂しいのよ?
今は彼女がいるから遠慮してるけど、本当はいいなーって思ってたんだから」
タクミさんから受け取ったコーヒーを飲んでいた僕は、それを聞いて喉に流し込もうとしていた甘苦い液体を変な場所に入れて咽てしまった。
そんな僕の背中をさすりながら、タクミさんは小悪魔的というか、何か含みのある感じで唇の両端を釣り上げた。
薄いピンクの口紅が塗られた、タクミさんの柔らかそうな唇に思わず目が向いてしまう。
「いやー…実は彼女に振られたというか…別れるのが嫌だから友達になろって言われちゃってですね…今は彼女がいるか微妙なんですよね…」
考えるより先にそんな言葉が口から出ていた。
そう。僕は実質フリー。
サツキのことは確かに好きなんだけど、でも正直毎日毎日相手にしてて、僕のメンタルはギリギリで、癒しが欲しい。よちよちされたい。
気が付くと僕は、サツキと別れてから今日までの顛末をタクミさんに話していた。
「ミサキくんがんばってるのね」
ふわっといい香りに包まれたと思ったら、僕はタクミさんに抱きしめられていた。
タクミさんの柔らかい胸が僕の顔に押し付けられて少しだけ息苦しい。
サツキから送られてきていた刺激的な写真で悶々としていたのもあって、僕はいつもよりガードが下がっていたのかもしれない。
-ピロン
-ピロン
-ピロン
メッセージが届いたことを知らせる軽快な音が連続で響く。
きっとサツキからのメッセージだ。既読になったのに返信がないということに気が付いたんだろう。
タクミさんの抱擁を一度解き、ベンチの横に置いていた携帯端末に手を伸ばす。
すると、タクミさんが微笑みながら伸ばそうとした僕の手を絡め取った。
急なことで何かと思ってタクミさんの顔を見ると、目があった彼女はニコッと微笑み、僕に唇を重ねて来る。
柔らかい感触と、香水?シャンプー?の甘い香りで頭の奥が痺れるような感覚に襲われる。
「ね…私と付き合おうよ。
サツキちゃんとは良いお友達でいればいいでしょ?」
なんども唇を重ねられながらそっとささやかれて、正直気持ちが揺らぐ。
憧れの優しそうな先輩と、勝手に僕を振り回すサツキ…。
「ねえ…私ならミサキくんを大切にするよ?」
-ピロン
-ピロン
-ピロン
相変わらず鳴り響く通知音。
僕は携帯端末に手を伸ばすと、マナーモードをオンにした。
それを見たタクミさんは「クスッ」と笑う。
僕たちは見つめ合って、改めて唇を深く重ねると、手をつないで夜の街のネオンの中に足を進めた。
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