第9話 桁違い

エヴァンやスタッフたちが準備してくれた東京支社がオープンしてからは挨拶回りをして.

業務をこなしマンションに戻ると倒れ込みたいほど疲れ切っていたが、シャルが笑顔で出迎えてくれてサラが眠そうに目を擦りながら待ってくれると疲れなんて吹き飛んだ。

そんな東京支社も何とか軌道に乗り始め少しは俺も支社長に見えてきただろうか。

まだまだ支社長だと言う実感がないが俺が迷えばスタッフが迷ってしまうと言う責任感はヒシヒシと感じている。

優秀なスタッフにフォローされることも多く、困ったことがあればエヴァンが助言をくれ助けられていると言うのが現状だが上下関係に縛られず信頼関係の上に成り立っている。

これがユーリの言っていたカンパニーと言うものなのだろう。

「ボス、本社から電話です」

「分った、回して」

ボスと言われるとまだむず痒いが仕方が無く、受話器を取るとユーリの豪快な声がする。

「フミヤ、軌道に乗ったらしいじゃないか」

「優秀なスタッフのおかげとエヴァンの助言のおかげで何となっているだけですよ」

「そう謙遜するな。俺はフミヤだから任せたんだ、俺の目には狂いはなかったという事だ」

木刀で襲撃させておいて何を言っているのかこの人だけは。

でも、あの事があったからこそ俺にも守るものが出来て踏み出せなかった一歩を踏み出せたのも事実だ。

「それで今回は何の用ですか? サラの顔を見に来るとかですか?」

「アメリカに来い」

それだけで十分だった。最終試験に何とか滑り込み最終面接をしに本社に来い言うところだろう。

シャルとサラと共にアメリカに向かった。


忙しいと言うか移動距離が半端じゃない流石アメリカ大陸と言うべきか。

本社での挨拶はシャルとサラも同席でシャルの婚約者と言う感じで支社長はおまけみたいな感じだったが、本社の取引先では東京支社長という事で一目置かれ若いのもあって驚かれることが多かった。

「大したもんだよ、お前は。物怖じしないと言うか肝が据わっている」

「どん底から這い上がれたのは守るべきものを教えてくれたユーリのおかげです」

「シャルからお前の事を聞いて不安になり手を尽くしてお前の事を調べさせた。するとエヴァンが知っていると言うじゃないか。話を聞いてあの会社に不信感を抱いたよ。信頼を置けるエヴァンがお前に一目を置いていたのにフロントから外された理由が分らないと言うじゃないか。だから試してみたかったんだ。すまなかったな」

あのユーリが俺に頭を下げているのを見て恐縮してしまう。でも、それ以上に俺を信頼してくれたからシャルやサラを任せてくれたのだろう。

「頭を上げてください、ボス。シャルとサラが居てくれなければ今の僕はありません。これからも宜しくお願いします」

「そうだな。結婚式は盛大にあげるからな。覚悟をしておけよ」

悪戯っ子のようなユーリの笑顔が少し怖い。

結婚式か……まだきちんとプロポーズさえしていないしキスすらまだだと言ったらユーリに笑われるだろうか。

帰りの日まで少しゆっくりしろと言われシャルの生まれ故郷に来ていた。

シャルによく似ていて小柄なお母さんだけどユーリよりも豪快でユーリでも頭が上がらないらしい。


「本当に何もないんだな」

「うん、素敵でしょ」

「そうだな」

周りに数件の家があるだけで近くのスーパーまで車を飛ばして1時間くらい掛かるらしい。

今日の夕食は庭でBBQだった。庭と言ってもどこまでが庭か分らない。これをワイルドと言うのだろうと思う。

焚き火をしながら夕食後の時間を楽しんでいる。

傍らの音楽プレーヤーからスキマスイッチの曲が流れていた。サラははしゃぎすぎてシャルのお母さんが用意してくれたシートの上で寝てしまったようだ。

手馴れた手つきでシャルが木の棒を使って焚き火を突っ突くと火が小さくなり暗くなる。

「ほら、凄い星でしょ」

360°の地平線の中心で宇宙を見ていると言えばいいだろうか。

言葉を絶するとはこのことを言うのだろう言葉が出てこない代わりに頬を伝うものがあった。

「フミヤ、どうしたの? 泣いているの?」

「シャルには話したよね。神奈のラストメッセージが『文哉は大丈夫』だって。そのメッセージには本当は続きがあるんだ」

「どんなメッセージだったの?」

神奈の名を口にした所為でシャルの瞳が揺れている。

不安にさせるつもりはないがまだ何も始まっていないからだろう。

「文哉は大丈夫。星が降る夜に天使が舞い降りてくるから」

「星は降っているけれど天使なんて居ないじゃない」

「神奈が何を言っているのか分らなったけれど今分かった気がするよ。俺の所にシャルロットとサラと言う名の天使が舞い降りてきたんだ」

シャルの瞳から大粒の涙が零れ落ちる。

そっと指で涙を拭いながらシャルを引き寄せて柔らかい唇に重ねる。

「結婚式を挙げて皆に祝福してもらおう」

「うん。もう一度」

再び唇を重ねる。今度はより深くよりしっかりと繋がるように。

そしてスマホをスクロールして保護してあったメッセージを消去する。

すると一斉に星が流れ始め。

天に昇った神奈が笑顔で祝福して手を振っている気がした。


          『星が降る夜に』 完

     最後までお付き合い頂きありがとうございました。

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星が降る夜に 仲村 歩 @ayumu-nakamura

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