第8話 違いない


善は急げと言うか1週間で身の回りの準備をしろという事はそう言う事なのだろう。

シャルは和希に無理を言って休みを取った。まぁ、和希の所為でこうなったとも言えないので自業自得だろう。

朝が早かった為にサラが俺とシャルの間の席で寝息を立てている。

小さな窓の外には澄み切った青空がその下には雲が広がっていて俺達は機上の人と言うところだろうか。

一時間半で千歳空港に到着した。

空港内にあるレンタカーのカウンターにて予約したことを告げると空港前に止めたレンタカーまで案内してくれた。

空港を出ると空気がサラサラで少しひんやりする。

旭川空港という選択肢もあったが早朝の便数が少なく車の運転をするのは俺だけで帰りに札幌に寄りたいと言うシャルの提案もあり新千歳を選んだ。

途中で朝食を摂り目的地に向け運転を続けるがシャルが大人しい。

まぁ、仕方がないだろう。

「シャルも少し寝ておけよ」

「う、うん」

朝ごはんを食べてお腹が一杯になったサラは車に乗っても眠そうでしばらくするとシャルと一緒に寝てしまった。

千歳から2時間ほど走ると案内看板が見え車を脇道にすすめる。車を駐車場にいれ車を降りると東京ドーム5個分は伊達じゃなく圧巻だった。


「シャル、サラ。起きて」

「う、う~ん」

「サラ、おいで。すごく綺麗だよ」

サラを抱き上げると眠そうに目を擦っている。

「見てごらん、サラ」

「ん~ ん! サンフラワー!」

大きな瞳を更に見開いて黄色い絨毯を指さしてキラキラ光る不思議な色をした瞳が俺とひまわりの間を行き来している。

「ダディ! 早く! 早く!」

「シャルはどうするんだ?」

「ブゥー マミィ、遅い」

「もう、サラは慌てな……凄い!」

シャルのサラと同じ不思議な色の瞳に黄色い絨毯が映り込んだ瞬間にシャルが走り出してしまった。

サラに急かされてゆっくりとシャルの後を追う。


ドイツのテディーベアーは八重咲でオランダのルビーエクリプスは褐色のひまわりで花弁の先がレモンイエローになっている。

アメリカのクラレットはワインレッドの花で茎まで黒っぽい珍しい品種らしいフランスのイタリアンホワイトはクリーム色の花弁とチョコレート色の花芯のコントラストが綺麗だ。

「フミヤ、何種類くらいあるの?」

「世界中のひまわりが30種類くらい咲いているらしい。なんでも隣の中学校の生徒が面倒を見て育てているんだ」

「マミィ、嫌い」

「サラ、本当にごめんね」

ひまわりを見た瞬間に走り出したシャルの所為でサラがへそを曲げてしまったが直ぐに治るだろう。

ひまわり畑の中に作られたジャンボ迷路に向かう。

「フミ、こっち!」

「走ったら危ないぞ」

「フミ、あのね」

「OK!」

サラが繋いでいた手を引っ張るのでしゃがみこむと内緒話をし始めた。

シャルがひまわりに見蕩れているのでやるのならまさに今でしょ。脇にサラを抱えて走り出すとシャルが呆気にとられえて立ち尽くしていた。

ここのひまわり迷路は毎年違うメッセージになっていてヒントを集めて総延長を当てると抽選でプレゼントがもらえる。

「サラ! フミヤ、どこなの?」

「シィー」

すぐ後ろから声がするがしゃがみ込んでいるので姿が見えないのだろう。

サラが嬉しそうに笑ってしてやったりと思っている。

「ワァ!」

「もう驚かせないでよ」

「お相子だよな、サラ」

「うん!」

いきなり立ち上がるとシャルが驚いたような呆れた顔をしている。迷路の後はゆっくりとひまわりの中を散歩する事になった。

夏らしい淡い色のワンピースを着たシャルとサラは周りから注目を浴びている。

そして時には一緒に写真をなんてモデルさんみたいな事を言われるくらい絵になっていて思わず目を細めて手を翳した。

「フミヤ、どうしたの?」

「眩しいなと思って」

「北海道の空気って澄んでるからかな」

「ん、そうか。少し違うと思うけど」

意味深な目でシャルを優しく見つめると途端に真っ赤になった。

シャルが拗ねるとサラより手ごわいのでこの辺にしておこう。 ひまわり畑から少し札幌方面に戻る。


「フミヤ、どこに行くの?」

「小腹が空いたからスイーツロードに行こうかなって」

「スイーツロード?」

「うん、アップルパイ・バームクーヘン・シュークリーム・メロンパン・夕張メロンのゼリーに和菓子やジェラートなんかもあったかな」

味見と言いながら色々な店に立ち寄りシャルが買い捲り車内が甘い匂いに包まれている。

「美味しい!」

「フミ、甘いよ」

「あんまり食べると昼ご飯が入らないぞ」

「「大丈夫!」」

甘いものが苦手な俺の方が気持ち悪くなってきそうだ。昼飯は軽い物の方が良いかもしれないと思いながら車を走らせる。


で、立ち寄ったのが旭川ラーメンでかなり名の知れたラーメン屋で……

「こんなラーメン初めて食べた。サラ、美味しいね」

「うん!」

「シャルとサラの食べっぷりを見ているだけでお腹が一杯になりそうだよ」

旭川ラーメンは豚骨系と魚介系のWスープで醤油ダレの店が多いが最近では塩ラーメンやみそラーメンを出す店もあり種類が豊富になっている。

麺は中細の縮れ麺で具も観光客が多い場所ではコーンやホタテが入っている店もあるがシンプルな店の方が多いかもしれない。

今日は野菜の気分だったので野菜炒めが乗っている醤油ラーメンにした。

「すいません、ライスください」

「はーい」

シャルがライスを追加してサラと一緒に食べていると言えあれだけ甘い物を食べて小さな体のどこに入るのだろう。

別腹と言う女の子の秘密を垣間見た気がする。


旭川を通り過ぎて車は1時間以上走っている。

北海道は広いので直線道路も多い、しかし油断は禁物でスピードの出し過ぎで事故を起こす傾向がある。

それに全国の中でも交通事故は多い方だ。

周りは山間の景色になり少しすると木々に囲まれた大きなログハウスが見えてくる。

駐車場にはレンタカーが沢山止まっていて平日なのにそれなりに混んでいるようだ。

「シャル、着いたよ」

「う、うん。フミヤ、どうしよう」

「ここまで来て帰るの?」

「ブゥ~ フミヤの意地悪」

バッグを肩にかけて歩き出しロッジの入り口に向かうとシャルが数歩後ろで顔を強張らせて覚束ない足取りで着いてくる。

ロッジのドアを開けるとフロントからお袋が眉間に皺を寄せて出てきた。

「帰ったよ。ただいま」

「文哉、あんたね。帰るって言ってから何時間経ってるの。朝の便で来たんでしょ。昔からフラフラは変わらないね。本当にはんかくさいでないの?」

「フミ、誰なの?」

俺の足の後ろから少しだけ不思議そうに顔を出し俺を見上げているサラを見てお袋の顔が固まった。

「サラ、俺のママだよ」

「フミのママ? じゃ、グランマなの?」

「ん、バァバかな」

「ふ、文哉。あんたまさか東京で……こ、 子ども」

この辺で種明かしをしないと大変なことになって他のホテルを探す羽目になるかもしれない。

地声の大きいお袋の所為でバイトのスタッフやキッチンに居る筈の親父まで現れた。

「俺の子どもじゃないよ。シャルロットの娘だよ。シャルロット、おいで」

「は、初めまして。フミヤさんとお付き合いさせていただいている。シャルロット・ブランと申します」

「疲れたでしょ。このバカ息子、早く中に案内して。サラちゃんは喉乾いてない」

シャルが綺麗な髪の毛が地面に付くくらい頭を下げている姿を見たお袋が慌ててシャルとサラを招き入れ。

シャルが申し訳なさそうにサラの手を引いている。

母屋の方に向かおうとすると首根っこを掴まれてしまった。


「見世物じゃないんだからこんな所で話さないでもいいだろ」

「仕方ないでしょ。あんたがこんな時間に帰ってくるからよ」

「そんな言い方したらシャルとサラが困るだろうが」

「ず、ズルい言い方しないの。本当にはんかくさいんでないの?」

はんかくさいは関西弁で『アホちゃう』と同意語だ。

ニュアンスも東京の馬鹿よりは関西の『アホちゃう』の方が似ていて親が子どもに言う事が多く、ごく親しい間柄ではないと大人同士で使う事はあまりない。

何故かロッジのロビーにあるソファーに座らされて話をしているがお袋が言っている事にも一理あるので仕方がないとしよう。

「そのシャルロットさんはこんな馬鹿息子で良いの?」

「私はフミヤさん以外に考えられないです。でも、私はシングルマザーでサラがいますので。もし反対されるのでしたら」

シャルロットの語尾が沈んでいく。

両親が営んでいるロッジ兼実家が近づくにつれシャルは落ち着きが無くなり落ち込んでいた。

それはサラの事があるのだろうが俺は反対されても押し切るつもりだったがシャルに駄目出しされてしまった。

もし反対されても何度も挨拶に来ると言ってくれた事が一番嬉しい。

「こんな事を言ったら失礼かもしれないけれど気にならないと言えば嘘になるわ。ただでさえあなたは外国の人だし子どもが居るんだから。それよりも無職になったのに恥ずかしげもなく彼女を紹介しにくる馬鹿息子の方が気はしれないわ」

「無職だったら実家に引き上げてきたよ。仕事が決まったからシャルを連れて来たんじゃないか。それに外国人でも日本人でもなんら変わらないだろう」

「そう言う事を言っているんじゃないの。お付き合いは長いの?」

「…………」

痛い所を突かれ言葉に詰まってしまうが引く気なんて毛頭なく違う方から攻めてみる。

「神奈の事もシャルには話したし、神奈の所にシャルとサラを連れて行ったよ」

「そうだったの。母さんが心配したのはあんたが何もかも諦めて逃げ帰ってくるのかと思っていたの」

神奈と一緒に何度も実家に来たことがあるし神奈はお袋の大のお気に入りだった。

そして事故を知った時は俺以上に狼狽えて取り乱した。そんな神奈が眠る場所にシャルとサラを連れて行った意味が分らないほどお袋は堅物じゃない。

「文哉は仕事が決まったと言うけど前の会社はどうしたの」

「事情があって辞めたんだ。でも縁があって東京支社長として迎え入れてくれる会社があったんだ」

「本当にお前には呆れて何も言えないよ。あんたを東京支社長にする会社なんて名前だけ立派で小さな会社なんだろ」

「そんな訳ないだろう」

世界的にもと言って過言でない親会社の名前を馬鹿息子の口から聞いたお袋が石像の様になっている。

まぁ、俺自身でもそんな会社の東京支社長になったなんて未だに実感がないのは現場で仕事をしてないからだけではないだろう。

畳み掛ける訳ではないが言わない訳に行かない事を口にした。

「実はさ。その親会社の代表はシャルロットの父親なんだ。それでシャルの父親にはテストされて一応認められたと言うか。最終テストでシャルと付き合うのなら東京支社長をやってみろと言われたんだ」

「あんた駄目だった時はどうするの」

「俺はシャルとサラと別れる気はない。だからどんな事をしても東京支社を盛り上げて認めてもらう」

「諦めたりしないんだね」

大きく頷くとお袋が口を噤んで黙り込んでしまい沈黙が流れる。

「シャルロットさんにもう一度だけ聞くよ。文哉で良いんだね」

「はい!」

シャルが何処までも澄んだ真っ直ぐな瞳をして答え、やっと笑顔を浮かべ安心したのか光るものを指で拭っている。

「父さんがあんなじゃ認めない訳に行かないだろ」

「サラちゃんは日本語がお上手でちゅね」

サラは親父に抱かれてお客さんやバイトの子たちに遊んでもらい大はしゃぎしている。

で、親父はサラに骨抜きにされデレデレになっていた。

「で、バカ息子はシャルちゃんとサラちゃんは何処に泊めるつもりなの?」

「俺の部屋で良いだろ」

「本当に馬鹿だね、良い訳ないでしょうが。あんただけなら駐車場の片隅で良いんだよ」

「いくら夏だとはいえ北海道で野宿なんてしたら凍えるわ。馬鹿息子を殺す気か」


お袋がバイト頭の綾ちゃんに声をかけて空いていた部屋を用意してくれた。

食事はサラにデレデレにされた親父がご機嫌で作ってくれて有り難く頂き、このロッジ自慢の源泉かけ流しの露天風呂に浸かっていた。

内風呂も源泉かけ流しで24時間入浴する事が出来るが露天風呂は時間制になっている。

実家に居る時もロッジの内風呂を使ったりしたが、時々、時間外の誰もいない時に露天風呂でゆっくりしていた。

木々に囲まれているので星空はそんなに見えないが近くを流れる沢の水音が聞こえ癒される。

ここの温泉は単純泉で刺激が少なく子どもも高齢者も安心して楽しめる家族の湯で、効能は病後回復・疲労回復・ストレス解消などらしい。

シャルほどでは無いにしろ胸のつかえが取れた気がして大きく息を吐く。

「ダディ!」

「走ると危な……」

不意に寝ている筈のサラの声がして驚いて振り返ると生まれたままの姿でサラが駆けてきて。

サラの後方に見てはいけないものが見えた気がして前を向くと水柱が上がった。

「サラ、お風呂で飛び込むな」

「はーい」

「ほら、フミヤに怒られたでしょ。走っちゃ駄目って言ったのに」

心の中で『駄目ェェェェェェェェェ!』と絶叫した。ポチャンと水音まで可愛らしい音がしてシャルがすぐ横に居る。

場所柄と言うべきか俺は露天風呂に居るので当然裸で、シャルも露天風呂に居るので当然裸でだ。

「し、シャルは何をしていらっしゃるのかな?」

「お風呂だよ。サラが目を覚ましたらフミヤがいないって探し出してフミヤのママに会ったら露天風呂に居るから一緒に入っておいでって。フミヤのママとパパも一緒にお風呂に入るんでしょ」

「まぁね。そうだけど」

シャルが言う通りお袋と親父は有り得ないほど仲が良く近所では鴛鴦夫婦で通っている。

そして風呂にも俺が子どもの頃から一緒に入っていて今でも入っているのだろう。だからと言ってまだ結婚もしていないシャルと一緒になんて。

お袋はまさか夫婦が一緒に風呂に入るものだと思っているんじゃないかと言う疑問が浮かんできた。

そんな事を考えていないと透き通るような隣人の素肌やふくらみが気になって仕方がない。

「露天風呂って気持ち良いね」

「そうだにゃ」

「にゃ? フミヤどうしたの? フミヤ!」

情けないことに温泉ロッジの一人息子がのぼせてしまった。

俺の名誉のために言っとくが温泉にだ、間違わない様に。


久しぶりに本当に久しぶりに惰眠を貪ろうとしていたのに。

「バカ息子! 起きろ。本当にはんかくさいんでないの。シャルちゃんは朝早くから手伝いをしているというのに」

「わぁったから。起きるよ」

目を開けると実家の部屋と違うので体が止まりロッジの客室だったんだと思い出し再起動する。

ダイニングに行くとシャルがエプロン姿で料理を運んでいた。ログハウスとエプロン姿のシャルが似合いすぎて見蕩れてしまう。

「フミ! グッモーニン」

「サラ、おはよう。サラもお手伝いか?」

「うん、マミィのおてつだい」

サラが走り寄ってきたので抱き上げると周りの視線が集中し、料理を運んでいるシャルが俺に気づいて笑顔で手を振るとさらに視線が突き刺さる。

「お袋、あれはどこだ」

「はいよ、お願いね」

「サラはママのお手伝いを頼んだよ」

「うん」

お袋からメモを受け取り、サラを下ろすとサラが嬉しそうに走っていく。早く片付けないと一日が手伝いで終わってしまうだろう。

メモには両親ではできない電球の交換や直して欲しいところが書かれている。

物置から脚立を取り出して作業に取り掛かった。 

しばらく作業をしているとロッジの女性客に声をかけられた。

どうやら北海道を一人旅しているらしくこの近辺の見どころを聞いてきたので持っていた地図を見ながら詳しく教えているとサラの声がした。

「フミ、終わった?」

「有難うございました。行ってみます」

「気を付けてね」

「はい」

いつもの様に足にサラがしがみ付いてきて女性客が笑顔で頭を下げて足早にロビーに向かい入れ違いでシャルがロビーから歩いてくる。

「フミヤ、ママが手伝いに来たんじゃないからフミヤにどこかに連れて行ってもらえって」

「それじゃ、サラ。動物園に行こうか」

「うん、行く。フミ、早く」

手伝いも予定通りで午前中は仕方が無いだろうと思っていたが少し早目に動けそうなので出掛けることにした。


車を旭川に向けて走らせていると飽きてしまったのかサラが愚図り始めた。

「フミ、お腹空いた」

「もう少し我慢できるかな?」

「嫌! お腹ペコペコ」

サラの我が儘が情け容赦なくなってきたのは心を開いてくれているからだろう。

そんな事を考えているとシャルに怒られた。

「サラはフミヤを困らせないの。フミヤもサラを甘やかさないで駄目なものは駄目って言って。2人とも分かった?」

「「ブゥ~」」

拗ねた時にするサラの真似をするとシャルに睨まれシャルがへそを曲げてしまった。

「サラもフミヤも知らない。好きなようにしなさい」

「マミィ」

「シャル」

「知りません」

サラが泣きそうな顔をして口をへの字にしているが運転中なので相手をしてやる事が出来ない。

シャルもお腹が一杯になれば機嫌を直すだろうと思い、昼にはまだ少し早いが旭川で人気のお店に向かう。


目の前では熱々のハンバーグが美味しそうな匂いと湯気を上げている。

北海道でのんびりと育った牛の赤身肉が美味しいと評判のお店でハンバーグも赤身肉が使われている物を選んだ。

「私は食べ物で誤魔化されたりしません。でも、美味しい物は美味しくいただきます」

横に座っているサラと顔を合わすと下唇を少し出して怒っているようだ。

熱々の料理が冷めてしまっては美味しさも半減すると思いハンバーグを小さく切り分けてサラの口に運ぶ。

口数少なく食事をしているがシャルの口元が緩んでいるのが良く分かる。

ハンバーグを殆どサラに食べられてしまいモッツアレラチーズのピザを追加注文すると思いのほか大きかったがシャルが何食わぬ顔をしてピザにも手を伸ばした。

会計時に美味しいと評判のソフトクリームを注文する。

「すいません。ミニサイズと普通のソフトクリームをください」

「はい、ソフトクリームですね」

ここのソフトクリームは生乳100%でとてもクリーミーでさっぱりしているらしい。

ミニサイズをサラに渡すと少し舐めて目を真ん丸にしている。

かなり美味しいのだろう少しだけ舐めてみると確かに人気だけの事はあると思う。

「フミ、美味しい」

「「ねぇ」」

サラと顔を見合わせると服が引っ張られた。

「フミヤは甘いものが苦手なんでしょ」

「これはさっぱりしているから大丈夫かな。シャルは食べ物で誤魔化されたりしないんでしょ」

「「ねぇ」」

「フミヤもサラもズルい。美味しそうだから食べたいんだもん」

子どもの様に無邪気な笑顔でシャルがソフトクリームを必死に食べている。

必死にと言うのは北海道でも夏は暑い時がありソフトクリームが解けるのが早いからだ。

「ほら、付いてるぞ」

「えっ、どこ?」

ハンカチで口元のソフトクリームをふき取るとすっかりシャルの機嫌も直っている。

今日の目的地はここから直ぐなのでサラの機嫌が悪くなる事もないだろう。


正門に近い駐車場に何とか車を止めてチケットを買い中に入ると先ず目につくのが巨大な鳥籠の様な施設だろう。

ととりの村と呼ばれていてハクチョウやサギにカモなど24種類の鳥たちが楽園で暮らしているのが見える。

次のペンギン館ではサラと行った品川プリンスの水族館の様にトンネル水槽になっていて、自由自在に泳ぐペンギンの姿が観察できシャルとサラが上を向いてペンギンを目で追っている。

旭山動物園のペンギンは冬限定でペンギンの散歩が見られることで有名だ。

猛獣館ではアムールトラ・ライオン・ユキヒョウにクロヒョウやヒグマを見る事が出来るがサラはあまり興味を示さなかった。

オランウータン館では17mの塔で遊ぶ姿や空中散歩が見られ、総合動物舎ではキリンやサイにカバを見る事が出来る。

猿山やチンパンジーの森でも動物を間近で観察ができる行動展示されているのが旭川動物園の売りで最近では行動展示に切り替える動物園が増えている。

そしてメインはホッキョクグマとアザラシだろう。

「フミ、動かないね」

「あはは、暑いのかな」

名を示す通りホッキョクグマは極寒の北極圏に住む陸上で最大の肉食獣だが暑さには弱いらしい。

冬場に活発に動く姿はニュースなどで何度か見たことがあるが疲れ切った中年のサラリーマンの様にぐったりしている。

時々動いて水浴びをしているようだが…… 確かに人気がある事だけは付け加えておこう。

アザラシ館に入り目に飛び込んでくるのは円筒型の水槽でマリンウェイと言うらしい。それと大水槽で泳ぐアザラシが見える。

マリンウェイの周りには家族連れが集まっていて仲間に加わると可愛い顔をしたアザラシが顔を出して歓声が上がりサラとシャルもはしゃいでいる。

時々河川に迷い込んだアザラシのニュースを目にするがこんなに愛嬌があってユーモラスなら人気が出るのも頷けた。

館内を進むとあべ弘士さんの壁画がある。

元は旭川動物園の飼育係をしていて仲間内で話し合った行動展示を絵に残し動物園の復活の鍵となった人で、あの『あらしのよるに』を描いた絵本作家さんだ。

館内から出るとちょうどもぐもぐタイムになっていた。もぐもぐタイムは動物の説明や飼育係から直接エサを食べる姿を見る事が出来て各門の看板で確認する事が出来る。

アザラシ達が飼育員さんからホッケを貰っていてシャルが俺の背中を突いてきた。

「ここにも美味しそうなエサがあるけど」

「ご馳走様でした」

丁重に遠慮するとシャルが盛大に頬を膨らませている。突っ込むと地雷を踏みそうだし露天風呂に入るシャルの姿が脳裏に浮かんでしまう。

そんなシャルと俺に構わずにサラが目敏く何かを見つけた。

「フミ、あれはなに?」

「ガチャポンだな。お金を入れてガチャガチャって回すとおもちゃが出てくるんだよ。やってみる?」

「うん! やりたい」

フィギュアもあるがサラには早いと思いスノードームが出てくる奴にした。夏にスノードームとも思ったが冬季は凍結して破裂の恐れがあるので夏季限定らしい。

「お金を入れたから回してごらん」

「うん」

サラがレバーを回すとガチャポンの下の透明な螺旋のスロープを転がりながら出てきた。

カプセルを開けてみるとペンギンが泳いでるタイプでサラの瞳が輝いているので気に入ったようだ。

帰りの車でサラは動物園のショップで購入したアザラシのハンドパペットとお話しながら遊んでいる。

「もう、フミヤは甘やかさないでって言ったのにサラが欲しいと言えば何でも買い与えるんだから」

「気を付けるよ。だけど甘いのはサラだけにじゃなくシャルにも甘いけどな」

「だって可愛かったんだから仕方ないじゃない。それにフミヤに似ているし」

「俺はホッキョクグマなの?」

シャルが一目ぼれしたのが雪の結晶が刺しゅうされたパウダーベアーのぬいぐるみで仰向けに寝ているホッキョクグマの姿をしている。

手触りが良くお腹にポプリが入っていてラベンダーの良い香りがした。


実家のロッジに帰ると親父が手薬煉を引いて待ち構えていた。

「文哉、分るよな」

「何が言いたいのか分らないけどな」

「手伝え、良いな」

問答無用で親父に首根っこを掴まれキッチンに引き擦り込まれた。そんな俺と親父をシャルが心配そうに見ている。

「シャルちゃんもサラちゃんも心配ないよ。文哉が美味しい晩御飯を作ってくれるからね」

「えっ、フミヤは料理が出来るんですか?」

「知らなかったみたいだね。そこら辺の下手な板前より腕は良いよ。文哉、不味い物を出したら承知しないからね」

生まれた家がロッジをしていただけで学校から帰ると宿題を済ませ手伝いをさせられ、大きくなるにつれて手伝いのレベルも上がっていく。

ロッジの掃除から食事の配膳、洗い場から調理の手伝い。

そして親父に食材の目利きから叩き込まれ魚の捌き方に最終的には長期の夏休みなどはキッチンを任されたこともある。

それが嫌で大学を出ると東京の商社に入社した。

お袋が不味かったら承知しないと言っていたが親父がシャルとサラの為に用意した食材は良い物ばかりで不味い物が出来上がるはずがない。

それにシャルとサラの為なら料理を作るのも満更じゃないと思える。

「このサーモン凄く美味しい」

「時知らずと言われている鮭のルイベをカルパッチョ風にしたんだ。身肉に栄養が乗っているから美味しいんだよ」

サラはお袋が剥き出した花咲ガニにかぶり付いて口の周りをベトベトにしながら味わっている。カニを食べると静かになるのは万国共通らしい。

「ほら、口を拭いて。サラの好きなホッケもあるぞ」

「フミ、ホッケ食べる!」

ホッケと聞いた瞬間にサラが全身で喜びを表して飛び跳ねた。

「サラには私が食べさせるからフミヤもご飯を食べて」

「わかった」

シャルがホッケの身を解してサラの口に運んだ瞬間にサラの表情が変わった。

「フミ、ホッケ違う」

「良く分かったね。これは羅臼産でアカホッケと呼ばれているホッケだよ。前に食べたのは縞ホッケと言ってロシア産が殆どなんだよ。見分け方は頭が付いているのが北海道産のホッケで縞ホッケは殆ど頭を切り落とされているんだよ」

少しさらには難しかったかもしれないけれどサラの顔を見ればどちらが美味しいか一目瞭然だ。

シャルがホッケに箸をのばして驚いた顔をしている。

「本当だ、こっちの方が美味しい」

「地物は地元で食べるのが一番美味しいんだよ」

北海道を食べつくした感がありシャルもサラも満足そうだ。

こんばんは風呂に襲撃されない様に気を付けようと思ったがシャルが許してくれなかった。

最終日はお袋と親父が引き止めるのを振り払って札幌に向かいショッピングと食べ歩き三昧だった。


北海道から帰ってからが大変で。

実家から送った自分の荷物の整理に東京支社とのやり取りetc 目の回るような忙しさが逆に嬉しかった。







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