第7話 食い違い


課長が言っていた縁の力が怖くなった。

あの後、気が付くとSPの様な男達は姿を消して何事も無かったか公園になっていて、色々な意味を込めてシャルが大泣きして宥めすかすのが大変だった。

「フミヤ、パパがついて来いって」

「何処に連れていかれるんだ?」

「分らないけれどフミヤが田舎に帰るって言ったらパパに泣きつくからね」

シャルが涙目で笑いながらとても怖い事を言っている。あの父親にしてこの子ありだとしみじみ思う。

両親には帰れなくなったと連絡し荷物は後で取りに行くことを伝えるしかなさそうだ。

そして連れていかれたのは……


何処のホテルも泥だらけの男なんて断られるだろうが日本でも有数の格式があるミッドタウンのホテルだった。

シャルの父親が先陣を切っているからだろうか流石と言うべきか笑顔で迎えてくれた。

ユーリにこの部屋でシャワーを浴びて着替えを済ませラウンジに来いと言われ指示に従う。部屋の窓からは東京タワーが見渡せキングサイズのベッドが鎮座していた。

泥まみれの服を脱ぎシャワーを浴びて気持ちの整理をつける。

部屋のクローゼットを開けてため息が零れた。

今まで一度も着たことが無いブランドの服が整然と掛けられていたが待たせる訳にいかないので直感で選びラフな格好でロビーに降りる。

エレベーターを降りると中国語でスタッフに何かを聞いている男性がいてスタッフが英語で受け答えをすると中国語を口にしていた男性は片言の英語で何かを必死に伝えようとしていた。

「你怎么了?」

中国語で声をかけると驚いたような顔をして答えてくれ、スタッフに日本語で伝えると即答してくれたので中国語で教えるとお客とスタッフからも感謝されてしまった。

そしてロビーに向かうと今度はフロントスタッフにスペイン語で捲し立てている中年の女性客がいた。

何故か意図的なものを感じるが有名なホテルなので世界各国のお客が滞在しているのだろう。

スペイン語で女性客の気を静めて問題を解決すると盛大にハグされてしまった。

遅れてはいけないと思いロビーラウンジに向かおうとするとシャルが仁王立ちしている。

「フミヤは遅い。それに誰にでも優しいんだね」

「友達から恋人同士になって初めての喧嘩をするつもりか? ユーリさんを待たせると悪いから行くよ」

「うん」

頬を僅かに朱に染めたシャルとロビーラウンジに向かうとシャルの父親のユーリがサラをあやしながら座っていた。

シャルと共に席に着くと直ぐにグラスにワインが注がれる。

「単刀直入に聞く。フミヤ、仕事は何をしている」

「事情があって解雇され無職です」

「そうか」

俺が正直に話すとシャルに睨まれてしまうが、それでもシャルの父親に嘘をつくことをしたくなかった。

「馬鹿正直な男だな。フミヤの経歴とスキルは全てエヴァンから報告を受けている。まずは子会社からになるが私の下で働け」

「懲戒解雇された僕で良いんですか?」

「問題ないが断ればシャルロットとの事は認めん」

「文哉をテストしたくせにパパはズルい」

シャルの言葉ではっきりしたがそれは親とすれば仕方がないのかもしれない。

何故ならサラの父親である男と同じ日本人だから心配だったのだと思う。これ以上シャルの泣き顔なんて見たくないので目の前にある契約書にサインをする。

するとユーリが人懐っこい笑顔で差し出した俺の名前の社員証と名刺の束を見て全身から力が抜けた。

いくら親会社の代表だからと言って契約書なんてすっ飛ばして子会社で働かせる気満々で準備万端なんてありえないだろう。

「フミヤ。明日、取引先に挨拶に行くから遅れるなよ。迎えをよこすからな」

俺の肩を軽く叩きユーリがそう言い残して嬉しそうに颯爽とラウンジを出て行ってしまった。


「フミヤ、ご飯にしよう。ホテルで食べるのならチャージで大丈夫だから」

「出掛けよう」

「ええ、どこに行くの?」

俺の気を知ってか知らないでかシャルがお気楽な事を言っている。

たとえ支払いが関係ないとしてもこんなに格式が高いホテルでの食事なんて肩が凝るだけだ。

ホテルを出てスマホで検索をする。

「フミヤ、どこで食べるの?」

「美味い、早い、安いの3拍子の店だよ」

「牛丼はもう嫌だけど」

お嬢様が何を言っているのかと思ったらサラの病院代以外は殆ど援助を受けていなかったらしい。

それで牛丼は体に悪い気がするが仕方がなかったのだろう。六本木交差点の近くにある和食のチェーン店を選んだ。

縞ホッケの炭火焼定食をチョイスしシャルは迷った挙句にお勧めの豆腐ハンバーグの野菜餡かけをチョイスした。

その他にサイドメニューからサラダと冷奴を頼む。

「フミヤのご飯は何んで色が着いてるの?」

「大麦・トウモロコシ・黒米に白ゴマと黒ゴマが入っている五穀ご飯だからだよ」

サラは俺の横に座っていてホッケの身をほぐして口に運んでやると目を真ん丸にしてテーブルに身を乗り出した。

「フミ、お魚?」

「シマホッケと言う魚だよ」

「美味しい! フミ、ホッケ」

体を揺すって催促をしているので余程気に入ったのだろう。俺が注文したご飯や冷奴も喜んで殆ど食べられてしまい追加注文をした。


一日がやっと終わった気がする。

引っ越しを済ませ和希と居酒屋で酒でも飲んで安宿で寝ている筈なのに。

俺が寝ているのはミッドタウンにある格式のある高級ホテルで、それもキングサイズのベッドだ。

予定が大幅に変わってしまい解決しなければならない問題を考えていた。

アパートは引き払ってしまったのに仕事は決まってしまったので直ぐにでも住む場所を探さなければいけない。

実家に戻ることを告げると母親は大喜びしていたのにどう説明すれば良いのだろうか。

帰らない事は決まってしまったので言わない選択肢はないが、俺の我がままでまた落胆させてしまうだろう。

そんな事を考えるうちに眠ってしまっていたのかノックする音が聞こえた気がして目が覚めた。

起き上がりドアを開けると隣の部屋に居る筈のシャルがサラを抱いて立っている。

「シャル、どうしたんだ?」

「ごめんなさい。サラがフミヤの所に行くって聞かなくて」

「仕方がないな。サラは」

不機嫌の権化のような顔をしたサラの顔を覗き込むとそっぽを向かれてしまった。

少し遊んでやれば眠くなり寝たらシャルの部屋に連れていけばいいと思い部屋に入れた。

「サラは何で機嫌が悪いんだ?」

「マミィが嘘ついた」

「シャルがサラに嘘をつく訳ないじゃないか」

「サラ、フミの部屋に行く言ってない」

サラが嘘をついているとは思えずシャルの顔を見ると俯いて真っ赤になってしまった。

どちらが子どもなんだか分らないが仕方がないのかもしれない。俺はシャルに嘘をついて田舎に帰ろうとしたのだから。

「まだ、俺の事を信用できないのかな。やっぱり」

「違うの。フミヤを信じてる。でも、サラと2人になったら不安で」

ここはシャルと同じようにサラをだしに使おう。

「サラ、一緒に寝ようか」

「フミと? マミィは?」

「もちろん一緒だよ」

「うん!」

不機嫌なサラが一気に機嫌を取りなおし。

片や思い描いていた事が現実になりシャルがどうして良いのか分らずモジモジしているとサラがシャルに声をかけた。

「マミィ、ナイティナイト」

「サラはズルい」

サラが俺に寄り添うように目を瞑るとシャルが慌ててベッドに潜り込んできてサラが可愛らしいウインクをした。

あの父親にしてのシャルでサラまで悪戯好きの様だ。

しばらくするとサラの小さな寝息が聞こえてくるのを見計らっていたのかシャルが静かに口を開いた。

「フミヤはアパートをどうするの? 本当は私とサラの所でも良かったのにパパがマンションを用意したから直ぐに移動しろって聞かなくって」

「取り敢えず何とかするよ。両親にも帰れなくなった事情やシャルとサラの事を話さないといけないし」

「そ、それってフミヤのパパとママを紹介してくれるの?」

「当たり前だろ。俺はシャルとサラから離れる気はないよ」

日本語を自在に操るシャルには分ると思い遠まわしに言ったのにシャルが不思議そうな顔で俺を見ている。

どうやら直球ではないといけないらしい。

「俺はシャルが好きだ。一生俺の横にいて欲しんだけど」

「うん、ありがとう」

シャルが静かに目を閉じてサラを起こさない様に静かにデコチューした。

「ごめんな。きちんとけじめを付けるまでは」

「うん、分ってる。私はフミヤが傍に居てくれれば十分だから」


無粋なウエィクアップコールで目を覚まし受話器を取る。

「ありがとう」

「澤井様。ブラン様からメッセージをお預かりしておりますが」

ユーリからのメッセージは9時に迎えに行くと言うもので時計を見ると7時過ぎを指している。

静かに起き上がったのにサラが目を覚ましてしまい唇に指をあてた。

「仕事に行ってくるからね。サラはママとお留守番をしていてね」

「うん。ダディ、いってらっしゃい」

サラの頬にキスをすると笑顔を浮かべ目を閉じた。

その横でぐっすり眠っているシャルの頬にも軽くキスをして着替えを済ませ朝食を摂りにレストランに向かう。

時間通りにエヴァンが迎えに来て車に案内されると後部座席でユーリが満面の笑顔で手を振っていた。


そして連れていかれたのは……2度と踏み込むことが無いと思った諸住商事のビルの前で車が止まった。

ユーリの笑顔に悪意の様なものを感じさえするが今更ジタバタしても仕方がない。俺がロビーに踏み込むと周りがざわつくのは当然と言えば当然だろう。

しかし、俺は必要とされるからここに居て周りを気にする必要は無く背筋を伸ばしユーリとエヴァンの後に続く。

取引先の親会社の代表がアポを取ってきたという事で案内された応接室では社長と重役が勢ぞろいし部長が末席で何食わぬ顔をしていた。

ユーリと社長が握手を交わし重役が代わる代わる名刺交換をしている。

「今度、貴社の担当をする事になった東京支社長のサワイ フミヤだ。可愛がってやってくれ」

「東京支社長の澤井文哉と申します。若輩者ですがどうか宜しくお願いいたします」

ユーリに紹介され頭を深々と下げて名刺交換をすると社長が怪訝そうな顔をした。

「君は確かサポート課にいた澤井君じゃないか」

「はい、お世話になっておりました。今後とも宜しくお願いいたします」

取引きをしていた子会社であるエヴァンのクオンコーポレーションは確かに存在するが本社直属の東京支社は存在しないはずだ。

ユーリの意図が汲み取れないがここは余計なことは言わず流されるべきだろう。

「エヴァンさん。これはどういう意味かね。彼は当社を解雇になったと報告を受けているが」

「その事なのですが我々は貴社に対し常々不信の念を抱いておりました。プロジェクトを成功させた本人がフロントから外され、トラブルを起こした本人が何故フロントに残っているのか。ここでご説明願いませんでしょうか」

社長が部長に真意を問いただすと顔面蒼白になり必死に場を取り繕うと汗を拭きながらしどろもどろになっている。

重役にも動揺が広がりそれを見た社長が即座にユーリに向けて頭を下げた。

「大変申し訳ない。きちんと調べて後日報告をさせて欲しい。しかし彼が解雇になったのは警察沙汰をおこしてと報告を受けていまして」

「フミヤは孫娘のサラの命の恩人でその際に訳があって事情を聞かれただけだと娘に直接聞いたが警察には確認したのかね」

「いやそこまでは部下に任せてあるので本当に申し訳ない」

「彼は私が認めた唯一の娘の婚約者候補だ。変な噂は困るのだよ。これからも貴社とは良好な関係を築きたいと思っている。良い報告を待っているよ。この後、東京支社にも顔を出さないといけないのでこれで失礼させてもらうよ」

ユーリがゆっくり立ち上がると社長や重役が一斉に立ち上がり頭を深々と下げている。

こちらも頭を下げ応接室を出ると重々しいドアが閉まった。

「Yes!!!」

拳を振り下ろしてから正拳突きの様なジェスチャーをしてユーリがはしゃいでいる意味がわからない。

となりではエヴァンが気に止めることもなく歩いている。

「ご機嫌ですね」

「そう見えるかい? 痛快じゃないか悪者を懲らしめるのは。悪 即 斬だよ」

「誰の言葉ですか?」

「新選組 副長助勤。三番隊組長で撃剣師範を務めた斎藤一の言葉だよ。明治剣客浪曼の話だがね」

悪人を成敗したヒーローの様に大笑いするユーリの声が廊下中に響き渡る。斎藤一は実在した人物だが『悪 即 斬』とは言わないだろう。

明治剣客浪漫ってどれだけ漫画やアニメが好きなんだ? 取引きを続けるのなら今後もこの会社に来ることになるだろう。

それでも今この場ですべき事をするためにロビーでユーリに声をかけた。

「ミスター ユーリ。少し時間を頂けませんか」

「それは今じゃなければならないのか?」

「はい、どうしても挨拶したい人がいます」

ユーリに許可をもらい受付で呼び出してもらう。本来ならこちらから伺うべきだが立場上こうするしかないのが心苦しい。

しばらくすると背筋を伸ばした課長の姿が見え直ぐに歩み寄ると笑顔を向けてくれた。

「小津課長、この度はご迷惑をお掛けして大変申し訳ございませんでした」

「澤井君は頭を上げなさい。東京支社長だって、大抜擢じゃないか社長から聞いたよ」

「社長からですか?」

「社長と僕は同期だからね。その社長から直々に後釜が決まったので退職金を上乗せするから退職を早めないかと連絡があってね。理由を聞いて即決したところだよ」

課長が社長と同期だったなんて知らなかったが課長の口ぶりから公私共に社長と付き合いがあるのだろう事が窺える。

課長の後釜は恐らく降格人事を受ける部長に違いない。部長の年齢では再就職は困難で解雇しないのは温情かどうか俺にはわからない。

「ほら、上司を待たせるものじゃない。あちらに移っても頑張るんだよ」

「はい。短いあいだでしたが大変お世話になりました。失礼します」

ロビーに響き渡るような声で挨拶し小津課長に向かい深々と頭を下げて最敬礼した。

拍手が聞こえ顔を上げるとユーリが拍手をしていて周りからも拍手が上がり始め。背中を課長に押され背筋を伸ばし拍手の中を歩き出した。


諸住商事の後でユーリとエヴァンに連れられて丸の内にあるオフィスビルに来ていた。

日本の企業のオフィスは机が整然と並び作業場的だがここのフロアーは対照的だ。シンプルだが斬新で一見したらオフィスに見えないのは外資系だからだろう。

「手を休めて集まってくれないか」

エヴァンが声をかけると作業をしていた人達が集まった。

外国人も日本人もいるがこれから楽しいイベントが始まるようなワクワク感が感じられ、皆の瞳はどれも活き活きしている。

「紹介しておこう。東京支社を統括する澤井君だ」

「初めまして。支社長の任を受けた澤井です。若輩者で至らない事も多々あると思いますが皆さんと一緒に東京支社を盛り上げていきたいと思いますので宜しくお願いいたします」

俺に支社長なんて務まるか分らないが何故かここに居るスタッフとならやれるという自信が湧いてくる。

今日2度目の喝采を受け照れくさくてしょうがない。

オフィスの一角で缶コーヒーを飲みながら今後の事について話をすることになった。

「東京支社のオープンまで1週間掛かり支社の基盤はエヴァンが立ち上げをする。フミヤはそれまでに身の回りの準備をしてくれ。取り敢えず住まいは社宅を用意したのでこの後で案内する。良いかな」

「はい、畏まりました」

「フミヤ。これは忠告だ。君は良い意味でも悪い意味でも上下関係を重んじる日本のサラリーマンだ。カンパニーの語源は共にパンを食べる仲間つまりファミリーの様なものだと私は思っている。仲間に畏まりましたと言うか? 言わないだろ」

外資系の会社が全てそうだとは言わないがフレンドリーな会社が多い。

もっと心を開いて裏表なく家族の様に接しろとユーリは言っているのだろう。

新しい会社で働くにあたり少しずつ考え方を改めなければならないし、新しい会社だから出来る事もあるだろう。

昼後に社宅を案内すると言われ車で移動する。


ユーリの事なのでどんな社宅かと身構えていたが車が止まったのは至って普通のマンションの前だった。

駅からも程よい距離で都内なので不便なことは無いだろうが家賃が気になりユーリに直接聞くと経費で落とすから好きなように使えと言われてしまった。

そして何故かエヴァンは車で待機しユーリ自身が部屋を案内してくれるらしい。

高層マンションだったので上の方かと思ったら3階だった。地震大国の日本なので万が一の時に楽に上り下りが出来る3階程度の方が良いだろう。

そんな事を考えているとユーリが何故かインターフォンを押した。

「おかえり」

聞き覚えのある声がしてドアが開いた。

「あれ、パパ。フミヤは?」

「フミヤ、こういう事だ。後は任せても大丈夫だな」

けじめを着けるまではこうなる事が嫌だったのにユーリに社宅を用意していると言われれば断れる筈がなく。

シャルはこうなる事を知っていて黙っていた節がある。

「サラ、電車に乗って遊びに行くよ」

「フミ! 本当に?」

「本当だよ。シャルも出かけるよ」

「ちょっと、待って」

サラが部屋から飛び出してきて手を出すと胸に飛び込んできた。抱き上げると満面の笑顔を向けてくれる。

シャルが慌てて部屋に駆け込むとユーリが俺の肩を叩いて何も言わず立ち去った。


小一時間の電車の旅だがサラは窓の外を見て大はしゃぎだった。

武蔵野台地の真ん中にあるコメディアンの歌で有名になった東村山に来ている。駅前の花屋に寄るとサラとシャルの目が輝きだした。

色鮮やかなバラや定番のカサブランカ。カスミソウにスターチスや名前も知らない花が沢山ある。

「サラが選んで」

「うん!」

店員のお姉さんが微笑ましそうに見ているとサラが指さした。

「フミ、あれが良い」

「こちらで御座いますか?」

「ホワイトとピンクの」

サラがチョイスしたのは花弁の淵がピンク色で白とのバイカラーになっているトルコキキョウだった。

「トルコキキョウの織姫ですね」

「それじゃ。隣の紫のもください」

「畏まりました」

俺が選んだのは花弁の淵が紫で白とのバイカラーになっているトルコキキョウで、店員のお姉さんが目を細めている。

「織姫に彦星なんてロマンチックですね。こんな花束を貰える方が羨ましいです」

「ありがとう。別々の花束にしてください」

「はい」

アメリカの7月の行事と言えば4日の独立記念日なのでシャルは知らないだろうと思っていたが星が好きなシャルは知っていたようで今にも目が蕩けそうだ。


駅前から続くケヤキ並木を歩いていくと正門が見えてきてシャルの顔が強張っているのが分かる。

管理棟に寄り桶に水を汲んでもらい中央参道から神奈が眠る場所に向かう。

藤井と彫り込まれた墓石の前まで行くとサラが不思議そうな顔をしている。

「フミ、誰が眠っているの?」

「僕の大切な友達だよ」

墓石に水を掛けサラが選んだ織姫と俺が選んだ彦星を供えるとサラが手を合わせてくれた。

俺がしゃがむとシャルも同じようにしゃがんで手を合わせてくれる。

「フミ、お友達とバイバイ?」

「違うよ。いつもここに居るよ」

サラに分かるか分らないが左胸に手を当てると頬にキスしてくれ。そしてシャルに真っ直ぐに向き合う。

「神奈が俺とシャルを巡り合わせてくれた気がするんだ」

「だから織姫と彦星なの?」

「そうだよ。織姫と彦星は年に一度しか会えないけれど僕とシャルは違うよね。いつまでもどこまでも一緒だよ」

「サラも!」

「そうだね、サラも一緒だ」

シャルが少し笑って泣いた。そして俺は優しくサラとシャルを抱きしめた。






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