第5話 見当違い
流石と言うべくアパートには会社から書面で解雇通告と数枚の書類が既に届いていた。
解雇に対して異議を唱えるつもりは毛頭ないがこんな形でサポート課を辞める事に対して背中を押してくれた小津課長に申し訳ない気持ちで一杯だ。
それでも2度とあの会社に足を踏み入れる事は無いだろう。
無駄に雇用保険などを支払い続けてきた訳ではないので失業保険の手続きをして給付金をもらう事にしよう。
翌日の午前中ハローワークに手続きに行き説明を聞くと会社都合の為に少し早目から給付されるらしい。
自宅に帰りながらサラに何を持っていけば喜ぶか考えてしまう。
俺の周りには小さな子どもなんて居ない、そんな独り身には小さな女の子は何が好きかなんて大問題だ。
考えあぐねた結果、エプソン品川アクアスタジアムのホームページの中にあった俺にでも出来そうな物をプリントアウトした。
必要な物を帆布のリュックサックに入れて自宅を飛び出す。
サラの病室の前まで行くと中からシャルと女性の看護師さんがサラを宥めすかしている声が聞こえる。
どうやらサラが検査に行くのを嫌がっているらしい。
「サラ、ハロー」
「ブゥー」
引き戸を開けて顔を出すと不機嫌なサラが下唇を突き出した。
「フミヤ、ごめんなさい。フミヤは忙しいのって言い聞かせても聞かなくって」
「俺が遅いからいけなかったんだよね、サラ。ごめんね」
「ほら、サラ。フミヤに挨拶は?」
「ブゥー!」
俺が早く来ない事に対して盛大にヘソを曲げているらしい、可愛らしい頬をふくらませてぷいっと背を向けてしまった。
看護師さんが困惑の表情を浮かべて俺の顔を見て助けを求めている。
「サラにプレゼントがあるんだけどな。検査に行かない子にはあげられないなぁ」
「ダディ……抱っこ」
拗ねた顔が半べそになり両腕を突き出している。
ダディとサラに言われ看護師さんにあらぬ誤解を受けそうだが、ここは流しておくべきだろう。
優しく抱き上げるとサラが頬にキスをしてきた。
「サラはママと検査に行くよね」
「うん!」
満面の笑顔になりシャルが手を差し出すとサラが身を乗り出しシャルに抱かれた。
「本当にごめんなさい、フミヤ。きちんと説明しておくから」
「構わないよ」
俺が笑顔で答えるとシャルの表情が硬くなり看護師に分らない英語で『それはダメ。フミヤはサラの父親ではないのだから』と言われてしまった。
片言の日本語しか喋れないサラがシュンとしてシャルに抱きかかえらえたまま看護師さんに連れ添われて病室を出ていった。
当然と言えば当然なのだろう。俺はシャルのフレンドの中の一人であって恋人でもましてや夫ではないのだから。それに踏み込み過ぎれば必ず傷つけることになるはっきりさせておいた方が得策かもしれない。
リュックから持って来た物を取り出して作業に入った。
30分程すると病室のドアが開き神妙な面持ちでサラがシャルに抱かれながら戻ってきた。
「検査、どうだった?」
「明日、結果が出るって。まだ検査が残っているから少し入院が長引くかも」
「そうか。でも大丈夫だよ。手術は成功したんだろ」
「うん。ほら、サラはフミヤに言う事があるでしょ」
シャルに促されたサラは今にも泣きだしそうな顔になってモジモジしている。
看護師にもサラにもシャルは俺が友達だという事を説明したのだろう。
「フミヤ、ソーリー」
「大丈夫だよ。ほら、約束のプレゼントだ」
「ドルフィン!」
俺が差し出したイルカの帽子になっているペーパークラフトを見てサラが嬉しさを全身で表して帽子を被りドヤ顔でシャルに自慢している。
「フミヤが作ってくれたの?」
「パソコンでプリントアウトして切って貼るだけだから簡単に出来るんだよ」
「本当にありがとう」
シャルの顔がくしゃくしゃになり大粒の涙が零れている。どれだけ不安で心細かったのだろう。
サラが検査中にいなくなり保護され息を付く間もなく手術が行われ、手術は成功したがサラは目を覚まさず。
頼る人が誰もいない日本でシャルは独りで頑張り続けていた。
俺なんかと比べようのないくらい強いと思うシャルが安堵感や色々な事を乗り越えて感情を露わにしている。
シャルの頭を軽くなでると感情が爆発したように声を上げ泣きだし、無力な俺は優しく抱きしめるしか出来ない。
「マミィ?」
「ごめんね、サラ」
一頻り泣いたシャルが俺の胸に手を当てて離れた。
その瞳には出会った時の直向きさが宿っている、もう俺が心配する事もなく大丈夫だろう。
明日も顔を出すことを告げて病室を後にした。
数日が過ぎサラの病室は水族館か動物園かの様にペーパークラフトで作られたイルカや魚に色々な動物で彩られ、壁には動物や魚のポストカードで埋め尽くされている。
完全にサラに懐かれてしまい少しずつ距離を置こうと思っているのに上手くいかない。
そして今日も約束通り病院に来てしまいサラの病室がある小児病棟のナースセンターの前で呼び止められた。
「澤井さん、少しお時間を頂けるでしょうか」
「ええ、構いませんけど」
声をかけてきたのは前までは婦長と呼んでいた師長さんだった。
サラは検査の結果も順調で様子を見ている状態だが何か問題でもあったのだろうか。
まぁ、他人である俺に告知する事は無いと思うのだが。
「あの、澤井さんがお作りになっているペーパークラフトの事なのですが。他の子ども達にも人気でして。ご迷惑じゃなければお教え頂けないでしょうか。僅かですがお礼も差し上げますので」
「教えるのは看護師さんにですか」
「もちろん看護師にもですが出来ましたら子ども達に教えて頂けないかと」
事があらぬ方向に進もうとしている。
戸惑ってしまうが看護師さんが常に一緒という事らしい。
「求職中ですので仕事がいつ見つかるか分りませんがそれでも大丈夫ならお受けします」
「有難うございます。看護師一同バックアップしますので宜しくお願いいたします」
直ぐに婦長と打ち合わせをする事になってしまった。
待ち望んでいるサラの様な病気の子どもがたくさん居るのだろう、辛い事が多いであろう入院中に少しでも笑顔を取り戻せるのなら出来る事はしたいと思う。
パソコンを借りて一番簡単なものをプリントアウトして作り方を説明する。
プリントアウトした型紙を切り抜く前にインクの無くなったボールペンで山折と谷折の線をなぞってから切り抜く。
ほとんどハサミで切り抜けるのでカッターはあまり必要ないし子どもに教えるのなら子ども用のハサミが良いだろう。
俺は作り方を見ないでも作れるが作り方もダウンロード出来る。
手が空いている看護師さん達がいつの間にか何人も興味津々な顔で覗き込んでいた。
糊代に出来るだけ糊を塗り組み立てていく。コピー用紙なのでしっかりとはしていないが説明するには十分だろう。
必要な物をメモして婦長に渡すと早速明日からでもと言われ快く了承しサラの病室に向かう。
「ブゥー、フミ、遅い」
「ごめん、ごめん」
いつもより遅くなったのでサラの機嫌が悪い。それでも抱き上げると直ぐに笑顔になってくれる。
「フミヤ、何かあったの?」
「婦長に呼び止められてね。明日から看護師さんや子ども達にペーパークラフトを教える事になったんだ」
「大丈夫なの? そんな事をしていて」
「ボランティアのようなものだけど心配ないよ。貯金もあるし失業保険を貰っているし仕事も探しているからね」
「本当に?」
「シャルに嘘はつかないよ」
本心ではないが本当の事で嘘は言っていない。
翌日、約束より早くナースセンターに行くと明るい笑顔で挨拶してくれる。
小児病棟のナースセンターの前には机が用意され既に子ども達と母親が待っていた。
小さな子どもには塗り絵が渡され少し大きな子どもは魚や動物の型紙をキラキラ光る瞳で選んでいる。
順を追って作り方を説明しながら進めていく。
俺の横では真剣な顔をしたサラがシャルに手伝ってもらいながらカクレクマノミの帽子を作っていた。
少しするとあちらこちらから歓声が上がり子どもの手には出来上がったペーパークラフトが握られている。
「フミヤ、見て」
「ん、上手じゃないか。サラは凄いな」
何にも代えがたい笑顔を見られただけで教えた甲斐があるだろう。
少し難しい物に挑戦している看護師さんに少し教えただけなのに感心されてしまった。
母親達から自分でも作りたいと言われノートパソコンでサイトなどを教え初日の講習が終わる。
手先が器用な看護師さんばかりなので次からの講習会には俺は必要ないだろう。
病院側からの謝礼を受け取ったが全額募金する事にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます