第4話 掛け違い


警察署に連行され事情聴取を受け、偽りなく全てを話しだんまりを決め込んだ。

「これ以上は黙秘をするという事で良いのかな?」

「全て話しました。これ以上はもう言う事はありませんから」

恐らくサラに再び被害が及ばない様に任意取調にはならないだろう。

身柄が送致され被害届が取り下げられるか身の潔白が証明されない限り告訴され刑が執行される。

あの時、家まで送っていけばと彼女も失い。

先に報告をしておけばと上司に裏切られ会社での立場も失い。

また後手に回り社会からの信用も失ってしまったようだ。


二日が過ぎても拘束されたままで不思議なことに動きが全く無かった。

送致するにも48時間か72時間という縛りがあったはずだが何が起きているだろう。

もしかしてサラが外国人だったからだろうか。

「澤井文哉、出ろ」

「拘置所に移動ですか?」

「釈放だ。不起訴になるだろう」

何故、不起訴になったのか訳が分からないまま刑事の後に続く。

「時間がかかってすまなかったな。彼女に事情を聴く事ができなくてな」

「彼女ってサラに何かあったんですか?」

「詳しいことは彼女の母親に聞いてくれ」

何もかも失い全ての力が抜け落ちた視線を何とか上にあげて廊下の先に立っている人影を見て息を呑み血の気が引いていく。

そこに立って居たのは紛れもなくシャルロットだった。

綺麗な髪は乱れ目の下にはクマが出来ているのを見て胸が締め付けられ押しつぶされてしまい、ただただ深々と頭を下げる事しかできない。

シャルロットがサラの母親なら俺の事を聞いて被害届を取り下げたのだろう。


「澤井が頭を下げる必要は無い。行き違いからの誤認逮捕の様なものなのだから」

「サラを連れ回した事は事実ですし。僕はサラがシャルロットの娘だとは知りませんでしたから」

「それはここだけの話にしてくれないか。彼女を気遣ってやりなさい」

頭の中が混乱してぐちゃぐちゃのまま歩き出すとシャルロットの瞳から涙があふれ出し胸に衝撃を感じる。

「フミヤ、サラが。サラが」

「シャル、サラに何があったんだ。教えてくれないか」

泣きじゃくるシャルロットの肩に手を当てると小さな体があり得ないほど震えて彼女が崩れ落ちた。

刑事に肩を叩かれシャルロットを支えるように警察署を後にする。

拘束していた日々は取り戻せないがせめて自分が出来る事をと刑事が運転する車で連れて来られたのは都内でも有名な病院だった。

送ってくれた事に対して刑事にきちんと頭を下げロビーに向かう。


少しだけ落ち着いたシャルロットに何が起きたのか聞かなければ何も解決しない。

「シャル。サラに何があったんだ?」

「サラは手術を受けなければあと数年しか生きられない病気なの」

「…………」

シャルロットの言葉は意識がぶっ飛びそうなほどの衝撃だった。

そんな病気の女の子に俺は何をしたんだ? 散々連れ回して何も知らなかったでは済まされない事をしてしまったのか。

脳裏に神奈の事が浮かび闇に呑み込まれそうになり体が震えだし止まらない。

すると震えている手をシャルロットが包み込んでくれた。

「フミヤは何も悪いことをしていない。サラの我がままに付き合ってくれただけでしょ」

「でも、俺はサラを連れ回して」

「お願いだから自分を責めないで。サラは手術を受けるのが怖くて逃げだしたの。フミヤが見つけてくれたのは私にとっては奇跡なのだから」

そんな事を言われても俺は無力で何もできやしない男だ。

サラは病院での検査中に目を離したすきに逃げ出したらしい。

「それで手術って」

「うん。とても難しい手術でこの病院でしか出来なかったの」

「もしかしてそれで日本に来たのか?」

「うん、色々調べて。親の反対を押し切って日本に来た」

否定はしていたがもしかしたら父親を探し頼ることも考えていたのだろうか。

シャルロットの口調からサラがすでに手術を受けたことが伺え聞くのが怖いが聞かない訳にいかず恐る恐る口を開く。

「手術は成功したのか?」

「うん、成功率は低かったけれど先生は成功したって」

「サラは成功率を知っていたから怖くなって逃げ出したんだな」

「うん、でもダディに会って綺麗な魚を見たり沢山の動物を見たりして楽しかったって。手術したらまた会えるよねって嬉しそうに話してた。手術は成功したけどサラが目を覚ましてくれないの。会ってくれる?」

シャルロットの言葉で頭の中が真っ白になり即答できなかった。

手術は成功したと言うが目を覚まさなければ成功したと言えないんじゃないのか?

俺にとって病院とはそういう場所で…… サラの無邪気な笑顔と二度と目を覚まさない神奈の顔がオーバーラップする。

「ごめんなさい。フミヤは病院で辛い思いをしているのに」

「こんな俺で良ければサラに会うよ」

自ら一歩を踏み出さないと何も変わらないよと何事に対してもポジティブだった神奈に背を力強く押された気がする。


シャルロットに案内されて病室に入ると基礎正しい心電計の音がする。

頭に包帯を巻かれているサラの顔を覗きこむと眠っているようにしか見えない。

その姿は神奈を彷彿とさせるがもう立ち止まらないと決めた。

「Sarah Wake up. Please. Let's play together.」

英語でサラに声をかけるとシャルロットが目を真ん丸にして驚いている。

それもその筈で俺はシャルロットに一度も英語で話しかけたことがない。

「フミヤは何でそんなに綺麗な英語を話せるの?」

「仕事柄かな。スペイン語と中国語も少し話せるよ。今の職場では必要ないけどね」

「それでボスがフミヤを講師に誘っていたの?」

「ごめんな。黙ってて」

「知らない、バカ」

シャルロットが頬を膨らませ拗ねてしまった。

するとか細い声がして咄嗟にしゃがみ込み笑顔を向けるとうっすらと目を開けたサラの瞳に確かな生命力を感じる。

「ダディ?」

「ん。サラ、何だい。眠そうだね」

「うん、とても眠いの。もう何処にも行かない?」

「行かないよ。ずっとサラの側に居るよ」

サラが目を覚ましサラの頬に手を置くと感極まってシャルロットが泣き出してしまった。

他人の俺が主治医を呼びに行く訳にもいかずシャルロットに声をかける。

「シャル、先生を呼んできて」

「は、はい」

「病院内は走らないで」

「はーい!」

テンパったシャルが慌てて忠告も聞かずに病室を飛び出して行ってしまった。


サラが微笑みながら俺の手を何処にも行かない様に力強く握っていると直ぐに主治医が来てくれてサラの事を診てくれた。

「容体も安定していますし。もう安心でしょう」

「抱き上げても平気ですか?」

「ええ、ゆっくりなら結構ですよ」

サラがしきりに抱っこのジェスチャーをするので先生に確認してかベッドの脇に座りゆっくりとサラを抱き上げるとシャルまで抱き付いてきた。

明日必ず来ることをサラと約束し病室を後にしてシャルロットが見送るからと一緒にロビーに降りた。


「フミヤ、会社は?」

「多分、もう無理だと思う。でも大丈夫だよ。辞めたと思えば良いんだからね」

「でも、サラの所為で」

「サラは悪くないよ。大人である俺がいけなかったんだから。気にしないで欲しいな。シャルもちゃんと寝るんだよ。また明日ね」

シャルには気にするなと言ったが現実は厳しいと思う。

会社の方は自主退社させる為にサポート課に配属したのだから解雇する理由が出来て万々歳だろう。

それと引っ越しはせざるを得ないはずだ。

家宅捜査までとはいかずとも警察が近所から俺の事情を聞き出している筈なのだから。

たとえ不起訴で釈放されても警察の厄介になれば世間の目は冷たい、明日にでも大家に連絡して引っ越しする事を告げよう。





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