第3話 勘違い
あれから数日が過ぎてもシャルロットからの連絡はなく週末になった。
サービス業ではないために基本土日祭日は休みでお盆も年末年始もそれなりの休みがある。
忙しい部署は休日出勤も吝かじゃないがサポート課ではあり得ない。
普段なら溜まっている洗濯や掃除をするのだが今日は両親に頼まれた買い物をするために品川に来ていた。
俺の両親は片田舎に住んでいて時折こうして買い物を頼んでくる事がある。
ネットを使えば何でも手に入るが両親は携帯にも疎く、僅かばかりの親孝行と言うところだろうか。
一通り買い物を済ませ近くのコンビニで送りホッとしていると女の子の鳴き声が聞こえてきた。
声がする方を見るとハーフだろうか、軽くウエーブが掛かった髪の女の子がフワッとしたワンピース姿で泣きじゃくっている姿が見える恐らく迷子だろう。
通り過ぎる人も気にはしているが戸惑いを隠せないのか声をかける人がいない。
それでも一人の婦人が声をかけたのを確認して歩き出すとポリスなどの片言の英語が聞こえてきた。
「ダディ!」
女の子の叫び声が聞こえ足に衝撃を受け、下を見るとあの女の子が俺の足にしがみ付いていた。
パパと勘違いしたのだろうと思い優しく足から彼女の体を離して同じ視線になる様にしゃがみこむ。
「僕は君のパパじゃないよ。パパかママはどうしたのかな?」
「ダディ……」
怖がらせないように気を使いながら諭すよう言うと大粒の涙がこぼれ出した。
人差し指で優しく拭うと俺の首に腕をからめ抱き付いてきてしまい溜息がこぼれる。
周りでは彼女が喋っている英語で受け答えしているので声をかけた婦人も安どの表情で会釈をして立ち去ってしまい。
周りは何事も無かった様に人が行き交っている。
この後の予定などなく今の状況では俺が彼女の親を探すしかなさそうだ。
もし見つからなければ駅前の交番にでも預ければいいと考え、彼女を抱き上げて歩き出した。
「僕の名前はフミヤ サワイだよ。君の名前を教えてくれないかな」
「サラ」
警戒心は解いていないのだろうけど歩き出した事で泣き止み名前を教えてくれたけれど他の事を聞いても何も答えてくれない。
ママは何処に居るのか聞くと品川プリンスの方を指さした。
もしかしたら宿泊客なのかもしれないと思いプリンスに向かう。
「マミィ!」
「アクアリュウムにいるの?」
「うん」
サラが指さした先にはエプソン品川アクアスタジアムの入り口がある。
チケットを購入して水族館に入場しエスカレーターに向かうとスタッフの女の子が笑顔でチケットを切りサラに手を振っている。
エスカレーターを上がると正面にアクアダイニングが見えてくる、確か水槽を眺めながら食事ができるレストランだったはずだ。
サラが身を捩ったので下におろすと水族館の中に駆け込んだので慌てて追いかける。
するとトンネル水槽の下で瞳を輝かせて悠然と頭上を泳ぐ大きなエイやサメに釘付けになっていた。
「サラ、ママは?」
「分らない」
仕方なく順路に従いながらサラの後についていく。
エプソン品川アクアスタジアムはそれほど広くないが営業時間が遅くまでやっていて都心にある事からカップルにも人気がある。
アクアダイニングもアクアスタジアムについても経験者が言うのだから間違いないだろう。
ペンギンを見て深海魚にマンボウを見て回るとイルカプールに人が集まりだしているのでショーの時間が近いのだろう。
ズボンを引っ張られ下を見るとサラが何かを指さしている、視線の先にはテイクアウトコーナーがあった。
「お腹が空いたのか?」
「うん!」
仕方なくホテルメイドの動物型のパンとジュースと……
やり切れずにビールとつまみを買ってしまい、座席に座りイルカショーを見ながら飲み食いする事にした。
最前列に座っているお客がイルカに水を掛けられてキャーキャー騒いでいる。
ショー自体も迫力があるパフォーマンスで大人でも楽しめ、サラは声をあげて手を叩きながら大はしゃぎしていた。
ディズニー映画で一躍有名になったカクレクマノミがいるサンゴ礁の魚達を見て水族館を後にする。
これ以上は俺の手に負えそうにないのでサラを抱き上げて駅前の交番に向かう事にした。
「ダディ、動物園!」
「サラ、駄目だ」
高輪口に向かうと交番が見えてきて制服姿のお巡りさんが入り口に立っている。
最近では交番もKOBANと表記され海外でも知られてきているのが裏目に出てしまったようだ。
サラが愚図り始め駄々を捏ね出しダディを連呼して動物園に行けと俺の言葉など聞こうとしない。
お巡りさんも苦笑いを浮かべてしまっていてサラが迷子だと言っても信じてもらえなし、無理やり突き放せばサラは俺のフルネームも知っている訳でこのご時世じゃ虐待とも取られかねないだろう。
しかしこのまま連れ歩いていれば必ず騒ぎになる、その前にサラを宥めすかして母親の居場所を聞き出すしかない。
最終手段は警察に駆け込むだけだと覚悟を決めた。
品川から京浜東北線で上野に向かい公園口にでて表門に向かいチケットを購入した。
門をくぐるとパンダ舎が見えてきてサラが走り出しゆっくり追いかける。
休日の午後で家族連れが多いが込み合っていると言う程ではない。ゾウを見たりライオンやシロクマを見たりしてサラは自由気ままに動物園を元気に楽しんでいるようだ。
それでもこんな時間は長く続かない事を大人の俺は知っている。
「フミ! あれ」
いつの間にかダディがフミになっているサラが指さす先には日本で初めての懸垂式のモノレールが走っていた。
ここまで来たら拒む必要は無いだろう。
サラの手を取り目配せすると無邪気な笑顔で俺の手を引き力強く歩き出した。
モノレールに乗り不忍池がある西園に移動する。
ペンギンを見てからカンガルー・オオアリクイと見て回りカバやサイにキリンを見ていると、またサラがズボンを引っ張った。
「ピーピー」
「はいはい、ちょっと待てよ」
慌てて周りを見渡しサラを抱きかかえトイレに駆け込む。
「ひとりで大丈夫か?」
「うん」
用を済ませきちんと手を洗うところを見ると育ちの良さが見え。サラの両親はどれだけ心配しているのだろうと思いスマホで近くの交番を検索する。
「喉乾いた」
「じゃ、ジュースでも飲んで休もうか」
「うん」
不忍池の畔にあるテラスで休みながら警察に連絡してもいいだろう。
流石にビールはもう飲む訳にいかずアイスコーヒーを注文しサラはリンゴジュースを飲んでいる。
池を渡る風が心地良い。
そろそろと思った時に視界に動物園に不釣り合いなスーツ姿の男が2人で何かを見つけたかの様にこちらに向かい歩いてきた。
恐らくサラが居なくなり騒ぎになっているのだろう。
「サラ、行こうか」
「うん!」
まだ遊べると思ったのかサラが笑顔で答え抱っこのジェスチャーをしてきたので優しく抱き上げると、こちらに歩き出した男が立ち止まったのを見て確信に変わった。
逃げる意思がない事とこの場での騒ぎを起こすのは得策ではない事を意思表示するために視線を出口の方に移すと男達の顔から力が抜けインカムで何かを話している。
弁天門の方に歩き出すと正面から別の2人の男と女が歩いてきて、後ろには先ほどの男が2人張り付いている。
恐らく私服警官だろうと思うと何故かホッとしていた。
「サラちゃん」
女性の私服警官が警察手帳を表示してからサラに声をかけると嫌がって俺の首にしがみ付いた。
「サラ、ナイティナイトだよ」
「嫌!」
「ママが心配しているから。ナイティナイトだ」
俺が優しく言うと大人しくサラは女性の私服警官に保護されて俺は肩を叩かれた。
どんな事情があっても警察に届けるべきだと思っても今更で、俺がサラを連れまわした事実は消せやしない。
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