第32話 結び
4月、久しぶりの感覚に包まれていた。
黒服を着てホテルのバンケットホール前で待機している。
扉の向こうには友人や知人が今か今かと新郎新婦を待ちわびているに違いない。
司会者の新郎新婦の入場ですと言う声が聞こえ。バンケットホールの扉がスタッフによって開け放たれスポットライトが当てられる。
しゃがみ込んだエスコートの黒服が会場に一歩踏み込むと両手を広げて待てと合図している。
そしてエスコートが指を倒して指示すると新郎新婦がお辞儀をしてひな壇に向かい歩き出す。
歓声とフラッシュの光が降り注ぎ。
案内されるがままひな壇の席に着くとエスコートが袖に下がった。
新郎新婦の紹介が司会からあり、来賓代表で新郎の友人が挨拶をし200人程の参加者を爆笑の渦に巻き込んで乾杯が行われる。
舞台で座開きの琉球舞踊が始まり『赤馬節』と『鷲ぬ鳥節』が踊られ余興が始まった。
余興はサンシンあり踊りありで踊りも琉球舞踊からAKBのダンスまで何でもありになっている。
内地の結婚式と同じようにケーキカットやキャンドルサービスも散りばめられ長い時は3時間くらい掛かる披露宴も少なくない。
余興の締めは全員でカチャーシーを踊る。もちろん新郎新婦は絶対参加だ。
花束贈呈・謝辞と続き新郎新婦が退場してお開きになった。
しかし、これで終わりではない。内地でも2次会がある場合があるが島では必須で。
新郎新婦それぞれの実家に行きその後で新郎新婦の友人・知人が待ち受けている。その為に新婚何チャラなんて事はほぼ無い。
「行きますよ」
「本当に大丈夫なの? キャンドルサービスであんなに飲まされたのに」
「祝杯ですから」
「本当に呆れるわ。あなたの大きさに」
連れ立って2次会会場に入ると大歓声が上がった。
「未来さん、起きてよ」
「ん、ん~」
渚の声がして伸びをして目を覚ますと見慣れない天井と湊と渚の顔が見える。
横からは未だに可愛らしい寝息が聞こえてきた。
「汐さん、起きてください。朝食の時間です」
「もう少しだけ。お願い」
「ママ、新婚初夜ってどうだった」
湊の声で汐さんが飛び起きて辺りを見渡している。そして俺の顔を見るなり倒れ込んできた。
「へぇ、そんなに凄かったんだ」
「湊。女の子がそんな事を言うもんじゃありません。未来君もきちんと叱りなさい」
「未来さん、惚けたママなんか放っておいて朝ごはん食べに行こうよ」
「渚までそんな事を言うのね」
完全にへそを曲げた頬に軽く唇を当てると真っ赤になって汐が支度をし始めた。
部屋を出ると太陽の光が目に飛び込んで目を細めた。
ゆっくり目を開くと赤瓦と漆喰の向こうに青空が広がっていて。
レストランに向かいバイキングスタイルの朝食をとる。
市内の外れにあるホテルから車で30分も走るとプライベートビーチの様な砂浜にたどり着く。
渚と湊が車を飛び下りて駆け出していく。
「どうしたんだ?」
後を追い、声を掛けると2人は声を失い立ち尽くしていた。
目の前には真っ白な砂浜が広がり。エメラルド・ペリドット・サファイア・アクアマリンなどが入っていた宝石箱をまき散らした様な海が広がっている。
パラソルを立てると渚と湊が日焼け止めを塗りあってマリンブーツを履いて走り出した。
「気持ち良い!」
「最高!」
2人が舞い上げる水しぶきが太陽の光を反射してダイヤモンドの様に輝いている。
「未来君は行かないのかしら?」
「午前中は勘弁してください。流石にきついです」
「そっ」
汐さんが立ち上がり渚と湊に手を振って歩き出した。
白い肌が真珠の様に艶やかな光を放っていて眩しすぎる。
あの晩、汐さんを探しに行った筈なのに気付くと姉達に与えられたマンションにいた。
部屋の中には段ボール箱が詰まれていて。それが何故なのか判らず何かが抜け落ちている感覚はあるのにどうしても思い出せなかった。
仕方なくヒメ姉に連絡を取ると直ぐにマンションに来るように言われ。
少し横になってからヒメ姉に言われるがまま東京支社に出勤しても違和感は変わりなく、周りの反応が硬かったが気にも留めなかった。
支社長の顔を見るたびに焦燥感の様なものに襲われ、支社長にも憂色が浮かんでいるように感じれば感じるほど大事なものを失ってしまったような感覚に陥り。
自分の中で堂々巡りしていた。
一か月ほど過ぎた日に外回りを終えると支社長が支社とは逆の方向に車を走らせた。
「支社長、どうしたんですか?」
「ちょっと付き合ってちょうだい」
支社長が連れてきたのは有明埠頭だった。立ち入り禁止の表示を無視して埠頭の先で車が止まった。
「ここはね。辛い事があるとよく来ていたの。2度と来ることはないと思ったのに」
「支社長……」
少しやつれた感じのする支社長の頬を涙が伝っている。
『神流未来、帰りなさい』
『ここはあなたが居るべき場所じゃない』
『本来の世界に戻りなさい』
支社長の涙を見た瞬間に数人の女の人の声が頭の中で反響して頭に鈍い痛みが走る。
「支社長、大丈夫ですか?」
「もう、優しくしないで!」
支社長が泣き叫びながら俺の手を振り払うと差し出した手が力なくコンソールボックスに落ち、意識があるのに体を支えておくことが出来ない。
そんな俺を見て驚いた支社長が何かを叫んで俺の体を揺すっているのが判る。
判るのに支社長の声も聞こえず支社長が触れている感覚さえない。
何か温かいものが伝わってくる。
すると母親が暴漢に襲われた後の事が鮮明に浮かんできた。
幼いヒメ姉とスズ姉が俺の顔を覗き込んで泣いている。
2人の涙が俺の顔に落ちると島での事が浮かんでは消え。
何度と繰り返した出会いと別れ。
自らの弱さで失っていたものも、今まで覚えた既視感についてはっきりした。
汐さんと出会い別れ。
再会し一緒に暮らし始め。何が起きたのか。
また、自らの弱さで消していたのだと。
そして守るべきものに守られていたのだと。
細かく震え動く一定のリズムと波打つ鼓動を確かに感じる。
そして謝り続ける声が耳に届き。
「汐さん?」
俺が返事をすると何かが弾け飛ぶ様に誘爆を引き起こした。
「未来!」
「未来さん?」
顔を上げると青い空をバックにした湊と渚の顔が見え2人の後ろには汐さんが瞳を揺らして立っていた。
そして一様に不安そうな顔をしている。
「どうしたんだ、そんな顔をして」
「未来が前科持ちだからだろ」
「もう大丈夫だよ、多分な」
「多分かよ。まぁ、仕方ないけどさ」
湊と渚にも辛い思いをさせてしまった。
記憶を取り戻した日、汐さんの目は泣き過ぎて腫れてしまい支社に戻れなくなり直帰した。
そして汐さんのマンションに帰ると湊と渚が怯える小動物の様な目で俺の顔色を窺っていて。
直ぐに汐さんと同じように目が腫れるまで泣いていた。
「写真でも撮るか」
「「うん!」」
三脚を立てて海をバックに写真を撮り。海で遊び倒す。
湊と渚のリクエスト表に沿いながら車で移動し文化祭でお世話になったお土産屋などに挨拶回りする。
「未来さん、2次会で歌っていた民謡ってどう言う意味があるの?」
「…………」
それは渚の言うとおり2次会で周りに囃し立てられ嫌々歌った歌で汐さんの横では言いたくないと言うか流石に恥ずかしい。
「未来、教えてよ。ママも知りたいだろ」
「そうね。是非ご教示願いましょうか」
「あれはラブソングだよ」
俺の言葉で一気に湊と渚とテンションが跳ね上がり汐さんはというとそわそわし始めた。
「恋の語らいを人に見られるのは恥ずかしい。君が言った言葉は今でも心に残っている。親兄弟に打ち明けて夫婦になる約束だ。2人の契りはいつまでも変わらない。男は女に頼り女は男の為にある。他人がなんて言おうと手を取り合って世の中を渡って行こう。喧嘩する時は妬むなよ、ケンカするほど仲がいいと言う昔言葉があるんだ。美しい花は散るけれど2人で咲かせる花だよ。嵐が来ても2人は愛し合って行こう。かな」
「かなさんどーは?」
「忘んなよーや、忘んなよ。我ね思とんどー、かなさんど」
「もしかして。忘れないでね私はいつも思っている、愛してるって」
汐さんが横で耳まで真っ赤になっている。
「へぇ、未来はそんな歌をママの為に歌ったんだ」
「良いな、ママって」
湊と渚に弄られて汐さんがパニックになり狼狽えて。
車内に笑い声が響き、汐さんが顔を真っ赤にして怒りだして拗ねてしまった。
陣と奈央に連れられて連夜の宴会を乗り越えると1週間の休暇なんてあっという間だった。
休暇を終えて水神商事東京支社に出勤すると皆の視線がくすぐったい。
「おはようございます。休暇有難うございました」
「おはよう、神流君」
「何かあったんですか?」
「別に何もありません」
何だか坂上さんの虫の居所が悪い様な気がする。
「あっ、未来さん。おはようございます。披露宴と新婚旅行どうでした? 沖縄の離島でなんて素敵ですよね」
「それと出すものを早く出しなさい」
「お土産ですか?」
井上さんが嬉しそうにしているのに対し坂上さんの顔が引き攣っている。
「お土産もだけど招待状が届かないと言うのは参加するなと言う事かしら」
「まだ届いてないんですか? 僕の方は姉達に任せて支社長の方は支社長が送るからと」
「それじゃ、神流君は知らないと言い張るのね」
坂上さんに詰め寄られ思わず視線を外してしまう。早く出す様に言ったのに未だだったなんて確認不足を実感する。
「何を朝から騒いでいるの」
「支社長、招待状が」
「そんなに慌てないの。招待状なんて形式でしょ。坂上さんと井上さんを招待しないなんて事は無いんだし参加しない筈がないのでしょ」
支社長が顔をだしその手には形式の招待状があり。坂上さんがため息を付いている。
「でも、2回もウエディングドレスが着れるなんて羨ましいな」
「神流君は見飽きたでしょ」
「汐の綺麗なドレス姿は何度も見たいですよ」
汐さんが真っ赤になり坂上さんと井上さんが必死に笑いを堪えている。
「外回りに行ってきます」
「待ちなさい、未来君。公私のけじめはつけなさい」
秘書課を急ぎ足で飛び出すと汐さんが声を荒げて追いかけてきた。
オフィスからは失笑が零れている。
そんなオフィスの掲示板には辞令の横に入籍の告知が張り出されている。
式はジューン・ブライドに肖って6月の吉日に執り行われる。きっと五月晴れだろう。
パラサイト 仲村 歩 @ayumu-nakamura
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