第27話 焼きもち


「なぁ、未来。相談があるんだけど」

「俺に出来る事なら相談に乗るけど」

「文化祭のことなんだけど」

「帰って来てからでいいかな」

湊が真剣な顔で朝から相談を持ちかけてきたが朝だったので時間も無く帰って来てからと言う提案に湊が納得はしてくれたけれど浮かない顔だった。

それでも時間は待ってくれないので渚と湊は学校に行き俺と汐さんは会社に向かう。


水神商事東京支社に出勤すると直ぐに挨拶をし声を掛けてくれる社員も増え派遣社員とはいえ支社の一員として見なされているのは嬉しい。

「神流さん、おはよう御座います」

「おはよう。あ、これ前に頼まれていた資料です」

「有難う御座います」

数人の女性社員が駆け寄ってきて挨拶してくれる。

俺が沖縄や北海道などでリゾートバイトを長い事していたのが何故だか知れ渡っていてお勧めのお店や見どころを聞かれる事が多い。

教えてほしいと言われれば教えてあげるのが普通だろう。それにこんな事で人間関係がスムーズに行くのなら容易い事だと思う。

「未来君は優しいのね」

「そうですか? 普通じゃないですか」

「言い直すわ。誰にでも優しいのね」

「あの……」

なかなかスムーズにいかない様だ。

ONなのでフォローすら出来ないのが社内恋愛の難しい所なのかもしれない。

今日も一日が憂鬱になってきた。

「おはよう、神流君」

「おはようございます」

「あら、元気が無いわね」

坂上さんと井上さんに事の次第を話すと笑い飛ばされてしまう。

「早乙女支社長は名前の通り乙女なんですね」

「頑張れ、神流君」

「行って来ます」

坂上さんに肩を叩かれて秘書室を出ると俺と同年代くらいの男性社員が声を掛けてきた。

少し軽そうな感じがするが東京支社に居ると言う事はそれなりのやり手で俺とは正反対の人間なのだろう。

「早乙女支社長、この前のお礼に是非アフターをご一緒に」

「そうね、考えておくわ」

「本当ですか? 約束ですよ」

俺への当て付けか支社長ははっきり断るでもなく軽く受け答えしている。

最近、こんな事が増えているのは支社長の雰囲気が変わった証拠で会社的には良い事なのだろう。

それに籍を入れたと言う届け出はしたが式が決まるまで社内には告知しないで欲しいと言う支社長の意向で伏せてある。

その為に俺は傍に居ながら聞き流す事しか出来ない。


汐さんは機嫌が悪い時には必ずキッチンに立つ。

今日もご多分に漏れずキッチンで夕飯の支度をしている。

俺自身も汐さんが作ってくれる和食ベースの夕飯は楽しみだし嬉しいので良いのだけど黙々と料理している姿を見ているだけで……

「「ただいま」」

「おかえり、今日は一緒だったのか」

「うん、下で一緒になった」

渚と湊が帰ってきて部屋に鞄を投げ捨ててソファーに座っている俺の両脇に座った。

「着替えくらいして来い」

「ええ、良いじゃん」

「そうだよ。私達だって未来に甘えたいもん。ママなんか24時間未来と一緒なんてずるいじゃん」

「仕事なんだから仕方がないだろ」

俺の言葉で何故だか汐さんの体が反応した気がする。渚と湊はそれを見逃さなかったようだ。

「ああ、ママはまた機嫌が悪いんだ」

「どうせまた焼きもちでも焼いてるんでしょ」

「ママは悪くありません。誰かさんが誰にでも優しいからいけないんです」

「誰にでも優しくできるのが未来さんの良い所なのに」

俺自身は何も悪い事をしているとは思わないので何が悪いのかが良く判らい。

それに俺の中では汐さんや渚と湊が一番なのだから。

汐さんが臍を曲げた時は料理を美味しいと褒めても効果が無く時間だけが薬になる事が多い。

夕食を食べて後片付けをしていると湊が声を掛けてきた。

「未来、朝の話なんだけど。今度の文化祭でカフェをする事になったのだけどさ。メニューとか色々と」

「メニューと言っても色々だろう。湊達のクラスがどんなカフェをしたいかが判らないと教えようがないぞ」

「うん、とりあえず皆で案を出し合って決めるんだけど。私の学校は結構審査が厳しくてさ」

「審査って模擬店のか?」

湊が困った様な顔をして口籠ってしまうと渚が湊の学校の事を教えてくれた。

「湊の学校は文化祭もお祭り気分じゃなくて学習の一環なの」

「まぁ、他の学校も基本的に学習の一環だけどな」

「そうなんだけど。例えば模擬店でお好み焼き屋をするにしても専門店に行ってお好み焼きの歴史なんかを調べてとにかく本格的なんだよ。それをレポートで提出しないといけないんだ」

「それじゃカフェなんか難しいじゃないか。で、俺なのか?」

俺に教えられることと言えばサービス関係の事しかなくカフェのメニューと言っても教えられる事などあるのだろうか。

「未来は沖縄に居た事があるんだろ。沖縄のお菓子や飲み物の事を教えて欲しんだ。それと出来ればサービスの事も教えて欲しいのだけど。駄目かな」

いつもは勝気な湊が大人しいと言うか覇気がない。

文化祭の事が原因なのか俺自身には見当がつかないでいると話を聞いていた汐さんが口を開いた。

「未来君の事をクラスメイトに自慢していたから頼られて困っているんでしょ」

「だって、未来は何でも出来るじゃん。それに色々な事を知ってるし。自慢のパパだから……」

「湊の為なら何でもするからそんな顔をするな。サービスの仕方が判らないならレクチャーしてやるから」

「うん!」


沖縄銘菓? ちんすこうやサーターアンダギーに塩せんべい・沖縄ぜんざいなどのお菓子の話とトロピカルドリンクや沖縄で飲まれているお茶などの話をすると湊が必死にノートにメモをしている。

お菓子や飲み物の説明をするが本当ならば実際に手に取って味わってみるのが一番いいと思う。

それでも今は出来る限りの事を湊に教えた。

「塩せんべいって作れるの?」

「難しいな。材料自体は簡単に揃うけれど。圧力を掛けて焼き上げるからな。サーターアンダギーやちんすこうなら作った事があるけど」

「本当に?」

「週末に一緒に作ってみるか」

湊が飛び跳ねて喜ぶと汐さんの顔も自然に綻んだ。

週末に沖縄の食べ物などを色々と探しに行こうかと頭の中で予定を立ててみた。


「未来君は何処に行くの?」

「少し沖縄の食材でも探しに行こうかなと思っているんですけど」

「で、誘ってくれないのかしら?」

「そんな事は無いですよ。汐さんの予定を聞いてからと思いまして」

そんなで汐さんと都内をブラブラとする事になり沖縄のアンテナショップに来ていた。

流石にアンテナショップだけあって品ぞろえが良い。買い物かごに気になる物を放り込んでいく。

トロピカルジュースにハイビスカスティーやシークワーサージュース。

それにマンゴ酢やグアバ酢なんて言う物まである。ちんすこうにお茶系やアセロラetc

「未来君、これが塩せんべいなの?」

「本島の塩せんべいですね。石垣島の塩せんべいが美味しいですよ」

「この紫色は何?」

「紅芋チップスですね。それも買いましょう」

何だか懐かしいと言うかここに居ると沖縄に行きたくなってしまうのは何故だろう。

時間の流れが性に合うと言うか。それでも俺が一番落ち着く場所は沖縄には無いのは確かだ。

「油味噌? ピパーツ?」

「油味噌はご飯の友でピパーツはロングペッパーと言う胡椒の仲間です。一緒に沖縄に行きたいですね。汐さん」

「そうね、皆でかしら」

持ち帰れる量の買い物じゃないので発送してもらう。ここからなら明日にでも届くだろう。


アンテナショップから電車で移動して沖縄タウンに向かう。

沖縄タウンは商店街を活性化し再生しようとする全国初の試みらしく、沖縄の物産を扱う店が集まっている。

フルーツを買って商店街をブラブラしながら三線を見ていると人だかりが出来ているお店があった。

「ブルーシールってアイスクリームの事なの?」

「沖縄で定番のアイスクリームですよ。ウベとかがお勧めですね」

「ウベって紅芋と同じじゃないのかしら?」

「紅芋はサツマイモですけどウベは山芋の仲間ですよ」

俺の説明より汐さんは何かが気になっているようで店内に突入して行っていろいろな物を手に取ってみている。

「ここにもいろいろな物があるのね。これが沖縄そばなの?」

「平麺や丸麺があって島によって色々ですね。小麦粉に昔は灰汁を入れて作っていたんです。茹で上げたら油をまぶしてそのまま冷ますのでそんな感じの麺になるんですよ」

「未来君も沖縄そばが好きなのかしら」

「俺は少し細麺の八重山ソバの方が好きですね。食べに行ってみますか?」

汐さんが食べたいと言うので再び電車で移動して八重山そばの店に向かった。


駅から少し離れた場所にあるが汐さんと2人で歩くのも良いもんだと思う。

そして15分ほどで店に着くとミンサー柄があしらわれた看板が出ていて暖簾を潜ると懐かしい様な香りがする。

「ラフティーやソーキは未来君が教えてくれたから私でも知っているわ。何がお勧めなのかしら?」

「お店によってラフティーやソーキも味が違いますからね」

汐さんの提案でラフティーそばとソーキそばを頼んで肉を分け合う事になった。

注文をすると直ぐにそばが出てきた。

「随分、出来るのが早いのね」

「基本的な作り方は麺を湯通しするか出汁に通してどんぶりに入れ出汁を注いで具をのせれば出来上がりですからね」

「麺のゆで時間がそんなに短いのね」

「そうですね。下茹でしてありますから早い店では3分もしないで出てきますよ」

久しぶりの八重山そばを味わいながら食べる。

まずスープを少し飲んで細目の丸麺をすすると程よくスープと絡んだ麺が口に飛び込んできた。

「美味いな、やっぱり」

「このスープってコクがあるのにさっぱりしているわね」

「鰹出汁をベースに豚骨と昆布出汁で作っていますから。暑い所で食べるにはこれくらいのパンチが良いんですよ。ピパーツを少し入れるとまた違う味わいが楽しめますよ」

「この唐辛子は何かしら?」

「コーレーグースですね。島唐辛子を泡盛に付け込んだもので激辛なので少し入れただけで別物になりますから初心者にはあまりお勧めできないですね」

汐さんとラフティーとソーキを交換して食べたがかなり良い味を出していた。

それでも汐さんは今一つ納得できなかったようだ。


店を出て駅に向かうとつかさず汐さんがソーキとラフティーの感想を言ってきた。

「ラフティーとソーキは未来君の方が美味しかったわよ」

「そうですか? 俺は料理の基本を知らないのであまり自信が無いんですけど喜んでもらえてうれしいです」

何だかこそばゆいと言うか恥ずかしい気がする。褒められる事は今までもあったけど汐さんに言われると格別なのは何故だろう。

「それと、あの帯の模様は何か意味があるのかしら?」

「ミンサー柄ですね。通い婚の風習があった時代にプロポーズされた女性が返事代わりに送った帯の柄で、五つと四つの柄でいつの世を表し両端のムカデの足の様な横じまで足繁くを表しているんです」

「いつの世も足繁く通って下さいと言う意味なのね」

「はい。それと藍染なので愛を重ねると言う意味もあるらしいですよ」

汐さんが俺の説明を真剣に聞いていた。

ソバ屋を出て駅の近くまで来るとガイドブックの様な物を持って何かを探している2人組の女の子が目に入った。

恐らくガイドブックに載っている店を探しているのだろうと思い声を掛けてみた。

「何処か探しているのですか?」

「え、あの。ここのお店を」

「ここなら今行って来たお店ですよ。ね、汐さん」

「そうね」

汐さんの低い声で気に障ってしまったと思った時には手遅れだった。

それでも道に迷っている人を見過ごせる訳もなく大好きな沖縄のお店を探しているとなれば尚更で……

道を教えていると汐さんの後姿が遠ざかって行くのが見える。

「美味しい八重山そばだったから」

「有難う御座います。味わってきます」

「それじゃ、気を付けてね」

「はい」

彼女達を見送って汐さんの後を追いかけた。


駅前で2人の男に声を掛けられている汐さんの姿が見える。

ナンパか何かだろう汐さんが必死に断っているのに男が食い下がっていた。

慌てて汐さんの方を見ながら走り出すと、もう少しで駅前にたどり着くと思った瞬間に路地からクラクションの音と共に車が突っ込んできた。

タイヤの悲鳴と共に車が目の前に迫り急停車した。

何とかかわしたけどバランスを崩して尻餅をついてしまう。

周りの歩行者が事故かと思い立ち止ってしまったので慌てて立ち上がり運転手に向かって深々と頭を下げる。

立ち止った歩行者が動きだし車も何事も無かったかのように走り去った。

すると腕を掴まれ振り向いた途端に頬に痛みが走る。

汐さんが歯を食いしばり強張った顔で俺を睨みつけていて汐さんに平手打ちをされたんだと理解した。

「危ないでしょ。万が一未来君に何かあったらどうするの」

「すいませんでした」

今にも泣き出しそうなくらい心配してくれている汐さんを見ると何も言えなくなってしまった。

「何処か痛い所はないの」

「大丈夫です。少し右手を強く突いただけですから」

「見せなさい」

従うしかなく右手を差し出すと汐さんが手首を掴んだだけで少し痛みが走る。

汐さんが俺の表情を見逃す筈もなくそのまま病院に連れて行かれてしまう。

病院でレントゲンまで撮られたが骨には異常がなく軽い捻挫と診断されてアイシングされた後に冷湿布を貼られ包帯で固定されてしまった。

楽しかった気分も一気に冷めて落ち込んだままマンションに強制送還されてしまう。


モヤモヤしたモノが体の中で蠢いているが口の出す事も出来ず気が滅入るばかりでため息しか出てこない。

「み、未来。その手どうしたの?」

「馬鹿みたいに慌てて車の前に飛び出したのよ。車を避けた拍子に尻餅をついて手首をねん挫したの」

渚の問いに汐さんが答えているが何も言えなかった。

「痛い?」

「痛くないよ。俺の不注意だから」

「本当に馬鹿なんだから」

話声が聞こえたのか湊が部屋から出てきた。

「未来とママは私の為に買い物に行っていたんだろ。それじゃ」

「湊の所為じゃないよ。俺の不注意だから俺自身の責任だ。気にするな。明日には買った物が届くはずだし食事の後でサーターアンダギーの仕込みをしような」

「大丈夫なのか? そんな手で」

「大丈夫だよ。何とでもなるから」

夕食は汐さんが作ってくれて皆で食べたが俺が落ち込んでいる所為か重々しい空気になってしまった。

それでも渚と湊は明るく振舞ってくれている姿が心に沁みる。

風呂上りにいつもの様にソファーに座って寛いでいると湊が怪我した状況を聞いてきた。

「でも、未来が慌てるなんて珍しいな」

「汐さんが駅前で男に絡まれているように見えたんだ」

「ただ声を掛けられただけでしょ。本当に心配性なんだから」

「なんで一緒に出掛けたのにママが先に駅前に居たの?」

渚の問いに沈黙が流れる。

「未来君が女の子に声を掛けたりするからよ」

「未来がナンパするはず無いもんな。どうせ道に迷っていた女の子に道を教えたとかなんだろ」

「ええ、ママの焼きもちで未来が怪我したの?」

汐さんがばつが悪そうに俺の方を見てから渚と湊から視線を外して下を向いてしまった。

「そうじゃないよ、俺がいけなかったんだ。この話はこれで終わり。良いな」

「そういう風に逃げるのね」

このままじゃ不味いと思い終わらせようとしたのに汐さんにはそのつもりが無い様で俺に突っかかってきた。

「逃げていませんよ。俺が悪いんですから。すいませんでした」

「逃げているでしょ。言いたい事は伝えましょうなんて言ったのに本当の事を言えばいいじゃない。私の気も知らないくせに女の子にばかり優しくして。私との事を後悔しているんでしょ」

「それじゃ汐さんはどうなんですか? 俺の目の前で男性社員にアフターに行きましょうって言われて何ではっきり断らないんですか? 俺がどんな気持ちで傍に居ると思っているんですか」

汐さんに後悔していると言われて売り言葉に買い言葉で渚や湊が居る前で声を荒げてしまった。

こんな事にならない様に気を付けていたのに失態なんて物じゃ済まされないだろう。

「未来、そんな顔するなよ」

「もしかして私と湊の事を考えて今まで……」

「ゴメン。少し頭を冷やしてくる」

居た堪れず玄関に向かうと背後から渚と湊の声が聞こえてくる。

「ママ、未来は私達の心の傷の事を考えて我慢してたんだぞ」

「追いかけてよ。早く」






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