第26話 ビーチパーティー


10分間の船旅中だった。

秋風が頬をくすぐる。


汐さんの車で横須賀の三笠公園近くの駐車場に車を停めて三笠桟橋から船に乗り、向かう先は東京湾に浮かぶ無人島の猿島だった。

猿島桟橋からデッキがあるレンタルショップに向かい予約している事を伝えるとスタッフが案内してくれる。

ビーチにパラソルが立っていてBBQ台やテーブルが用意されていて隣のパラソルで見た事がある顔が2つ手を振っていた。

「未来君、お姉さん達じゃないの?」

「他人の空似だと思いますよ。久しぶりに家族で遊びに来ているのに俺の姉達は邪魔するような野暮な事はしないですよ」

「でも……」

汐さんに言われて無粋な2人の顔を見ると今にも泣きそうな顔をしている。

そんな2人の手を渚と湊が引っ張ってきた。

「未来、一緒に遊ぼうよ」

「良いよね、未来さん」

「汐さんや渚と湊が良いって言うなら俺は構わないけどな」

少しだけ強調して疑問が浮かんでくる、何時から来ているんだ?

俺達も早い時間の船で着た筈なのに。考えるだけ無駄で何故かと言えば姉2人がそろえば無敵に違いないからだ。

「島内散策に行くけどヒメ姉とスズ姉も行くのか?」

「荷物番をしてあげる」

「そ、そうね。それが良いわね」

「それじゃお言葉に甘えて行こうか」

食材が入ったクーラーボックスや釣竿を置いて姉達に番をしてもらって島内散策に出かける事にした。


切り通しの道を歩いて行くと煉瓦造りの猿島要塞が姿を現し始める。

まるでアニメに出てきそうな風景と言えば良いだろうか。木々や苔が文明の遺物を侵食して自然に戻そうとしている様に見える。

「うわぁ、宮崎アニメに出てきそう」

「相変わらず渚はヲタだよな」

「シャングリ・ラかラピュタみたいだな」

「うわ、未来までかよ」

デッキの遊歩道の脇には弾薬庫や兵舎のアーチ状の入口が交互に現れる。

そしてその先にフランドル積みと呼ばれる煉瓦造りのトンネルが見えてきた。

かなり長いトンネルで通路が坂になっている所為か僅かに向こう側の灯りが見えトンネルの中には僅かに電灯が点いているだけで薄暗い。

「凄いな、今にも日本兵が出てきそうだな」

「み、未来君は何を言ってるの?」

「いや、沖縄に長らく居たから。離島で日本兵の幽霊が出るとかよく聞いた事があるし。ここも出そうだなって」

渚と湊が無言で手を繋ぎながら走りだし汐さんが俺の腕に抱き着いてきた。

「走ると危ないぞ。もしかして汐さんも怖いんですか?」

「こ、怖くなんかないわよ。幽霊なんか。人の方がよっぽど怖いじゃない」

「まぁ、そうですけど」

長いトンネルを抜けると短いトンネルがありその先には砲台跡があり要塞だった事が良く判る。

その先にある階段の降り口で渚と湊が手を振っていた。

「ママ、未来早く」

「凄く綺麗だよ」

2人が待っている場所に行くと綺麗な海が見渡す事が出来て足元に急な階段が下に向かって続いている。

「未来、先に行くよ」

「気を付けろよ」

「うん、湊行こう」

元気よく湊と渚が急な階段を駆け下りて行った。

後を追う為に汐さんを見るとどことなく顔色が悪いような気がする。

「汐さん行きましょう」

「え、ええ。ここを降りるの?」

「他に選択肢はないですよ」

手を差し出すと恐々と俺の腕を掴んで汐さんが階段を降り始めた。汐さんが怖がりな事を初めて知った気がする。

これからも色々な汐さんが見られると思っただけで自然と顔が緩んでしまう。

「未来君は何がおかしいのかしら」

「いえ、これから色々な汐さんの姿を見る事が出来るんだなと」

「それはそれは楽しそうね」

汐さんが手を振りほどき先に行けと無言で俺に合図した。

俺が面白がっていると思って癪に障るのだろう。仕方なく汐さんが降りるのに合わせる様に階段を下って行く。

洞窟が見える踊り場で渚と湊が待ちくたびれて声を掛けてきた。

「ママ、遅いよ」

「本当に怖がりだよね、ママって」

「怖いんじゃありません。慎重なだけ、きゃ!」

渚と湊に気を取られた汐さんが階段を踏み外し汐さんの声に振り向き。咄嗟に汐さんの腰に手を回すと慌てて俺の体にしがみ付いてきた。

「大丈夫ですか?」

「あ、ありがとう」

「未来さんの大きな体は抱き心地良さそうだね、ママ」

「渚は大人をからかうな」

渚が舌をちょろっとだして汐さんはと言うと真っ赤になって照れている。口には決して出せないが幸せだなぁと思ってしまう。

「未来、何でここが日蓮洞窟って言うんだ?」

「昔、日蓮上人が舟で鎌倉に戻る時に嵐に遭って進む方向さえ判らなくなった時に白い猿が舳に現れてこの島に案内されて難を逃れたと言う伝説があるんだ」

「それじゃ、ここで嵐を過ごしたのか?」

「伝説だからな」

湊と話しているのにモゾモゾすると思ったら汐さんの腰を抱いたままだった。

慌てて離すと汐さんが上目づかいで俺を見ている。余程恥ずかしかったのだろう。

「ここの洞窟から弥生時代の土器や人骨が発見されたらしいから人が暮らしていたんだろ」

「人骨って……」

「未来さんのばかぁ」

更に階段を降りると磯に出られるのだが何故だか渚と湊が階段を駆け上がって行ってしまう。

「戻りますか」

「本当に未来君は天然なのかしら?」

「俺がですか?」

「ほら、追いかけるわよ。手っ!」

汐さんが手を突き出した手を掴むと階段をゆっくり登り始める。

階段を登り切っても汐さんが手を離さなかったので気付かない振りをした。


来た道を戻り短いトンネルを抜けると渚と湊が待っていた。

「先に行けば良いだろ。ヒメ姉とスズ姉が待っているんだから」

「私に似て怖がりなのよね」

「未来が日本兵の幽霊の話なんかするからだろ」

既に汐さんは俺の左腕にしがみ付き渚と湊まで俺の右腕にしがみ付いていた。

そんな状態でトンネルに突入すると3人の腕にさらに力が籠り歩きづらさが増す。

「な、何で未来君はこんな所で止まるのかしら。嫌がらせのつもりなの?」

「歩きづらいなと思いまして。何も出ないから大丈夫ですよ」

「未来、本当なんだな」

「……たぶん」

その後は大騒ぎしてトンネルを抜ける事になってしまう。

トンネルを出てしばらくしても耳に劈く様な悲鳴が突き刺さったままだった。しばらくしたら都市伝説になってしまうかもしれない……


ビーチに着くと何故だかビーチに人だかりがで出来ていた。

嫌な予感がして自分達の場所に行くと人だかりが出来ているパラソルから俺を呼ぶ声がする。

「未来、遅いわよ」

「お腹すいたんだけど」

「で、何の騒ぎなんだ。これは」

「知らないわよ。喉が渇いたから飲み物を買ってきただけなのにこんなに集まってきて色々な物を差し入れしてくれるのよ」

一気に集まっていた男達を敵に回した気がして冷たい物が背中を伝わる。

そして俺の後ろに居る汐さんや渚と湊に視線が移ると何かが弾けた様な気がしたて瞬時に潮が引く様に人だかりが消えていく。

「未来の秘めている可能性は怖いわね」

「そんなモノある訳ないだろ。守る物が出来ると人間は強くなるんだよ」

騒ぎも収まった様なのでBBQを始める。BBQ台には火の付いた炭が入れられているので少し炭を足して網を置いてクーラーボックスを開けて食材を取り出す。

野菜は切ってジッパーに入れてあり肉は下味をつけて同じようにジッパーに入れてあるので焼くだけになっている。

最初に野菜から焼き始め肉を網に乗せると油が炭に落ちて煙と共に良い匂いが広がった。

「美味そう」

「良い匂い、いただきまーす」

男は焼き手の俺だけで女子会の様なBBQが始まった。

タンドリーチキンのタレに付け込んである鶏肉を網に乗せると食欲をそそる香辛料の芳ばしい香りが立ち込めた。

「未来君は手際が良いのね」

「沖縄にいる時はビーチパーティーと称して海辺でBBQをしていましたし、アウトドアが好きでキャンプなんかもしていましたからね」

「はい、未来君」

汐さんが肉を箸で掴んで俺の方に差し出したので遠慮なく口にすると姉チームと妹チームの視線が集まった。

「未来はデレないのね」

「でも、ママは時々未来にデレデレだぞ」

「私は未来がデレた所なんて見たくないわ」

「未来さんはシャキッとしていて欲しいです」

俺はデレたりしないから構わないが汐さんを絡めるのはどうかと思う。現に今ですらツンツンしているのだから。

それでも今は腹を満たすのが先決で網の上にソーキと焼きおにぎりを並べる。

醤油ダレの芳ばしい香りが立ち昇り周りの視線が集まるが気にしない。

「ん、このスペアリブって何で骨までにトロトロなんだ」

「沖縄の軟骨ソーキだよ圧力鍋で柔らかくなるまで煮込んでからピリ辛のタレに付け込んだんだ。だから軟骨までトロトロなんだよ」

「この焼きおにぎりも美味しい」

「味噌とバターを合わせた物を塗っているんだ。それも沖縄で教わったんだよ」


お腹が満たされた渚と湊は砂浜からルアーを投げていて、俺もブッコミ仕掛けで竿を投げて砂浜に突き立てておく。

竿先に鈴を付けてあるのでアタリがあればすぐわかる様になっている。 背後からヒメ姉とスズ姉が汐さんと話し声が風に乗って聞こえてくる。

何故だか3人は前からの知り合いなのじゃないかと時々思う。

汐さんを離婚に導いてくれた知り合い。

何故あんなに派遣を代えたのに姉達は何も言わなかったか。

そして今まで出席したことが無かったパーティーに知り合いに頼まれたからと言う理由で参加した2人の姉。

その知り合いって……

「ねぇ、汐さん。未来とはどこまで行ったのかしら。籍を入れたからにはやっぱり」

「アホか! 何を汐さんに聞いているんだ。変態姉妹が」

「ええ、だって汐さんが真っ赤になって可愛いんだもん」

「あんまり汐さんを弄るな」

BBQ台のパラソルを引き抜いて竿の近くに立てて汐さんの手を取ってパラソルの下に連れきた。

「未来君、お姉さん達いいの?」

「構いません、本当に弄りたがるんだから。あのままだともの凄い事を聞かれますよ」

「無理かも……」

パラソルの下に2人で座ると風が抜けていく。

こんなに人が多い場所で2人っきりになった事があまりなかった事に気付いてしまい、2人の指先が当たり汐さんとの間に微妙な空気も流れる。

汐さんからは手を握ってきたりはしないだろうと思い俺から手を重ねようとすると渚の声がした。

「未来さん!」

「ん、おう!」

汐さんが咄嗟に手を引いて俯いてしまった。立ち上がって砂を払いながら渚と湊の方に歩きだす。

「ここは何が釣れるの? アタリも無いけど」

「シーバスとかかな。ルアーを変えてみたらどうだ」

「うん、変えてみる」

何度かルアーを変えながらキャスティングするけどアタリはなくこれがルアーの難しさなのだろうか。

渚は釣りに興味を持っているのにまだ魚を釣り上げた事がない。すると俺が投げぱなしにしていた竿の鈴が小さく数回なって大きく竿がしなった。

急いで竿を手に取り合わせると魚がかかっているのが手元にビンビン伝わってきた。

「渚、来てごらん。竿を持ってみな」

「え、これを持つの」

「そう右手で竿を持ってリールを左手で巻くんだぞ」

「う、うん」

姿の見えない魚との一騎打ちが始まる。

魚が暴れれば竿を振って往なし魚が走ればラインを出す。

そして少しずつリールを巻き、竿を捌いて魚を寄せていく。

「うわぁ! 釣れた!」

「チヌの30センチオーバーか。ビギナーズラックだな」

「未来、チヌってなんだ?」

「ん、クロダイだな。湊、まな板と包丁を持ってこい」

俺の声で弾かれる様に湊が砂を蹴散らし走り出し包丁とまな板を掴んで戻って来た。すると湊の後を追う様に汐さんも釣り上げた魚を見に来た。

タオルで目を隠す様に持ったクロダイをまな板の上で一気に〆ると魚の体が痙攣をして動かなくなった。

すぐさま鰓を切り落とし尾びれの元に切り込みを入れて血抜きする。

「ほら、渚。尻尾の所を持って写真でも撮ってもらえ」

「うん!」

渚と魚のツーショットにとどまらず結局交代で写真を撮り合って最後はシャッターを頼んで全員で集合写真まで取る羽目になってしまった。

「未来さん、この魚はどうするの?」

「鯛めしみたいにしようか」

「「賛成!」」

空になったクーラーボックスに今日の釣果を入れて片付けを始める。


BBQ台を返しに行き渚と湊はゴミ出しをしてくれた。

ヒメ姉とスズ姉までパラソルやテーブルを片付けるのを手伝ってくれている。

「織姫お姉さんと美鈴お姉さんもうちで一緒にご飯を食べよう」

「ママ、良いだろ」

「そうね、お世話になっているし宜しければ」

「「やった!」」

姉チームと妹チームが手を繋ぎながら楽しそうに桟橋に向かって駆け出した。クーラーボックスを肩に担ぎ竿を持って汐さんに手を差し出す。

「帰りましょう」

「そうね」

はにかみながら汐さんが俺の手を掴んだので歩きだす。

少しずつでも前に進もう。

そんな思いも食事後でのヒメ姉とスズ姉の悪ふざけで儚く吹き飛んでしまい。

汐さんを宥め賺すのに全力を尽くす事になってしまった。





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