第21話 一歩
一年ぶりに日本に帰ってきた。養父である神流樹に連れられて世界中を歩き回り、その間に俺が神流樹を誤解していた事が判った。
俺の母は樹の愛人ではなく後妻として向かえるつもりだったらしい。
だが結婚を申し込む寸前にあの忌々しい事件が起きてしまい幼い俺を引き取ってくれたというのが本当のところなのだろう。
そして樹と共に行動し世界中の企業を見て回る貴重な体験ができた。
樹にはしばらく日本でゆっくりしろと言われ、久しぶりにのんびり出来ると思っていたのに姉達に呼び出されてノルンに出向いた。
「水野さん、ご無沙汰しています」
「み、未来君。あなた一年も空けて何をしていたの。未来君が何も言わずにいなくなってからどれだけノルンが殺伐としていたと思っているの」
「いや、社長と副社長は僕の事情を知っている筈ですけど」
挨拶もそこそこに水野さんに詰め寄られて問答無用で訳も分からず一年分まとめて怒られ、事務処理をやらされる羽目になってしまった。
呼び出した張本人の姉である社長と副社長は事もあろうか『後は宜しく』のメモ紙一枚を残して姿を消していた。
俺が暮らしてマンションは姉達の私物が置かれ物置の様になっていてホテル暮らしをしながらノルンに出勤する事を強いられている。
数日が過ぎ俺のフラストレーションも限界に近かった。
「おはようございます」
「おはよう、未来」
ノルンに出勤してくると何事も無かったかのようにヒメ姉が社長室から手を振っている。
「何を考えている。何日も社長と副社長が不在ってどいう事なんだ」
「仕方ないでしょ。未来が居ない生活に嫌気がさしてたのよ」
「あ、未来だ。一年ぶりのエネルギー補充!」
いきなりスズ姉が抱き着いてきて怒り心頭である俺は社長室のガラスがビリビリと震える程の大爆発を起こした。
事務所のスタッフが何事かと覗き込んでいる。
そんな事をお構いなしに懇々と諭す様にヒメ姉とスズ姉に説教をし続けた。
「未来が怒った」
「当たり前だ。一体何を考えているんだ」
「だって未来が居ないから」
「だってもへったくれも無い。俺が日本に居る間はノルンで監視するからな」
怒られてシュンとしていたヒメ姉とスズ姉が笑顔になって再び抱き着いてきた。
「本当に一緒に仕事をしてくれるの? 未来」
「仕方がないだろ。休日返上だ」
「じゃ、早速お願いがあるのだけど」
一年ぶりに嫌な予感がする。この感覚は2人に嵌められた時の……
それでも言い出したのは俺で引く事は出来ない。
「判ったから。内容を説明しろ」
「未来、水神商事東京支社に挨拶に行って来なさい。あなたが迷惑をかけたのだから判るわね」
「仕方がないか」
秘書補佐の契約もあの一件でこちらから一方的に契約を破棄する事になってしまった。
風の噂で支社長が代わったと聞いた事があるが秘書室の坂上さんや井上さんにはきちんと会って謝罪すべきだろう。
それにしても姉達は二重人格なのか?
「社長と副社長はツンデレですね。未来君はそんな人に萌えるでしょ」
「水野さん?」
支社長室から出ると水野さんがアニヲタみたいな事を満面の笑顔で見ている。
まるで水野さんですら事情を知っていた気がするが怖くて聞ける筈もなく逃げ出すようにノルンを後にし水神商事東京支社に向かう。
初めてここを訪れた時は梅雨の中休みだった。
今は海のシーズンも終わり朝晩は涼しくなっている。
水神商事の支社が入っているフロアーに着きエレベーターの扉が開くと正面に受付が見える。
「おはよう御座います。ノルン人材派遣会社から参りました神流と」
「神流さん、ご無沙汰しています。本日は何か」
「秘書課の坂上さんと井上さんにご挨拶をと思いまして」
「どうぞ、お待ちですよ」
挨拶をする前に俺の顔を見ると直ぐに電話で確認してくれて、案内して貰うまでも無く足が秘書室に向かう。
見知った顔が頭を下げたり手を上げたりして挨拶してくれる。
流石に秘書室の前に来ると色々な事が駆け巡った。
「失礼します」
「お久しぶりね、神流さん」
「その節は大変申し訳御座いませんでした」
「怪我の方はもう良いのかしら」
誠心誠意深々と頭を下げる事しか今の自分にはできない。
坂上さんの言葉から俺が怪我をして辞めたという事になっているようだ。
そして井上さんが支社長室から出てきて俺の顔を見て目を丸くしている。
「未来さん、お久しぶりです」
「ご無沙汰しています。井上さんらしくないと言うか」
驚いたような顔から直ぐに浮かない顔になった。
「色々とあって」
「支社長が代わったと聞きましたが」
俺の言葉に井上さんの視線が床に落ちていく。代わった支社長に何か問題でもあるのだろうか。
「皆さん、元気が無いと言うか」
「そうですね。業務成績も前年比95%ですし。流石に藍花商事みたいな大口の契約なんてそうそう取れる物じゃないですから」
「あれはイレギュラーでしたからね。新しい支社長に挨拶をしたいのですが」
あんなに明るかったのに言い過ぎかもしれないがお通夜みたいになっている秘書室を見て驚いてしまった。
それが支社長に会ってみようと思った理由かもしれない。
「失礼します」
坂上さんが支社長室のドアを開けてくれて中に入る。
大きなガラスからは都内が見渡せ、室内はマホガニーがふんだんに使われ落ち着いた感じになっていて床の絨毯もダークグリーンでとてもシックな感じがする。
何も変わっていない支社長室の机の向こうにダークなスーツを着てブラウン系のベリーショートなヘアースタイルの女性が窓の外を見ている。
やはり支社長が代わったと言うのは本当だったらしい。
「早乙女支社長……」
「お久しぶりね。神流君」
外を見ていた支社長が振り返り鼓動が跳ね上がると同時に胸が締め付けられた。
まぎれもなく早乙女支社長その人なのだがまるで別人の様に見える。
射抜く様な視線も覇気もなく何かが抜け落ち。まるで喪に服しているような…… 言葉が出てこない。
それは唯一無二の家族であった母親を奪われた子どものようで。
支社長の中で失ったモノがどれだけ大きかったのかが良く分かるが過去には戻れない。
今、俺に出来る事をするしかない。
「何を腑抜けた顔をしているのですか、支社長。 業務成績も下がっているそうじゃないですか」
「契約が終わっているあなたには無関係な事です」
「そうですね。こんな事になるのなら怪我をしてまで助けるべきじゃなかったですね。僕が知っている支社長はそんな腑抜けた人じゃなかった。だからこそ力を貸したのに非常に残念です」
支社長の顔が強張り瞳に憤りが満ちて力が宿るが構わずに支社長に向かって歩きだす。
「外回りに行きますよ」
徐に支社長の左手首を掴むと支社長が息を飲んで右手を振り上げた。
俺に頬に振り下ろされた右手を左手で掴む。
「あなたには関係ないと言ったはずです。部外者は出ていきなさい。人を呼びますよ」
「僕はただ事後処理に来ただけです。契約書には明記されていた筈ですが。そうですよね坂上さん」
俺の呼びかけに支社長室のドアが開き坂上さんが書類を持って現れた。
「神流さんのおっしゃる通りです。契約内でのトラブル及び契約の不履行の際はノルン人材派遣会社が責任の一部を負うと書かれています。今回の場合は契約内のトラブルで支社長の覇気が削がれ契約途中での派遣社員の失踪がありますから。それ相応の責任をノルンに取って頂くことになりますがいかがなさいますか?」
「坂上さん、あなたまで。判りました外回りに出ます。スケジュール調整は任せます。何かあれば連絡しなさい」
支社長が資料の入ったカバンを井上さんから受け取ると足早に出て行ってしまう。
後を追いかける様に歩きだすと坂上さんと井上さんが頭を深々と下げてくれた。
「気にしないでください。僕は自分のした事に蹴りを付けに来ただけですから」
「神流君」
「未来さん」
坂上さんと井上さんの瞳に寂しさが宿っている。
失敗や失態は取り戻せるが時間だけは取り戻せないことを嫌なほど理解しているのだろう。
支社長の運転する車で外回りをする。
車内では事務的な会話しかせず凍てつく様な空気が立ち込めていた。
取引先を周りながら飛び込みで大手にも向かう。
本来アポ無しではやんわりと門前払いにされるのが普通だが、支社長ではなく俺が対応すると担当者が直ぐに対応してくれた。
昼食もそこそこに外回りをしながら坂上さんと連絡を取り合ってどうしても外せない打ち合わせに向かう。
久しぶりに一日中動きまわった気がする。
海外では樹に連れられて挨拶回りをしたが日に数件だったし一件当たりの時間が長かった。
日本で働いている事を改めて実感していると支社長が直帰する事を坂上さんに告げていた。
「神流君はノルンに戻るのかしら」
「いえ、近くの駅で構わないです。今はホテル暮らしをしているので」
「そう判ったわ」
これで全てが終わると思った瞬間に支社長と俺の携帯が同時になった。
「未来、帰って来たのか?」
「湊か久しぶりだな」
「会いたい、家に来て」
携帯に出た途端に湊の大きな声が聞こえてきた。
そして何故か携帯の向こうから渚の声が漏れてきて横を見ると支社長が受け答えをしている。
「ママ、未来さんが帰って来ているんだって?」
「今、仕事が終わって神流君を駅まで送っていく所よ」
「連れて来てよ。ママだけずるいよ」
どうやら俺の携帯には湊が支社長の携帯には渚が掛けて来たようだ。
偶然で片付けられない作為的な物を感じるが後は支社長の判断に任せるしかないだろう。
「かん、未来君、ごめんなさい。これから予定あるかしら、渚が」
「みたいですね。特に予定はないですよ」
「もしかして湊なの?」
「はい」
オンからオフに切り替わった支社長の顔にどことなく寂しさを感じる。
これで終わると思っていたのに支社長のマンションに行く事になってしまった。
遅かれ早かれ渚と湊には俺が日本に戻って来たと姉達から連絡が行くだろうと思っていたのでそれが今日になっただけの事だろう。
支社長に会ってから今日一日中頭の片隅に渚と湊の事があったのも事実だ。
「ただいま」
「ママ、おかえり。未来は?」
「無理言って来てもらったわよ。しょうのない子ね」
「未来さん!」
挨拶もそこそこに渚と湊が抱き着いてきて涙を浮かべている。
「泣く事は無いだろ」
「だって大怪我したってママから聞いてお見舞いに行こうと思っていたのに海外に行っちゃったて言うから」
「渚の言うとおりだぞ。寂しかったんだからな未来の馬鹿」
「悪かったよ。色々とあってな」
2人に手を引かれてリビングに連れて行かれ今まで行った国や出来事を話してやると目を輝かせて2人が瞬きもせずに聞いてくれた。
「未来君、娘達の我儘に付き合ってくれてありがとう。何もないけど食事をして言ってちょうだい」
「すいません、お疲れなのに」
「ママ、未来に手伝ってもらいなよ」
「そうだよ、その方が早くご飯出来るでしょ。お腹ペコペコだもん」
渚と湊に押し切られて汐さんが肩を落してため息を付いた。
上着を脱いでネクタイを外すと渚と湊が嬉しそうに上着とネクタイをハンガーに掛けている。
ワイシャツの袖をまくって汐さんに聞きながら手伝いを始めた。
「痛っ!」
「大丈夫ですか?」
俺が傍に居たからだろうか汐さんが包丁で指を切ってしまった。
「見せてください」
「大丈夫だから」
「見せて」
少し強い口調で言い過ぎたのか汐さんが伏し目がちに左の人差し指を見ると血が流れている。
思わず汐さんの指を掴んで姉達がするように口に含むと汐さんの顔が真っ赤になり口の中に鉄っぽい味が広がる。
怪我した指の付け根を親指と人差し指で止血して水道の水で傷口を洗い流す。
「渚、絆創膏あるか」
「うん、今持ってくる」
「渚、綺麗なタオル持って来い」
「わ、判った」
俺の言葉に弾きだされる様に渚と湊が動き出し汐さんの指を止血したままソファーに移動する。
「未来、タオル」
湊からタオルを受け取って傷口に気を付けながら濡れている指を拭く。
「未来君、大した事ないから」
「指を心臓より高く上げて」
「未来さん、救急箱ここに置くね」
「ありがとう」
血が止まったのを確認して汐さん指に絆創膏を巻く。
傷は深くないが夜だから血が止まりにくかったのかもしれない。
「未来はやっぱり凄いな」
「そうだよね、私だったら慌てちゃうもん」
「慣れだよ、慣れ。姉達の手を煩わせたくなくって自分の食事くらい自分で作ろうとして何回も包丁で指を切ってよく怒られたからな。その度にヒメ姉とスズ姉が同じようにしてくれたんだよ」
1人で勝手な事をしてヒメ姉とスズ姉に心配かけていただけで、2人から見れば俺は何も成長していないのかもしれない。
「凄いな、未来さんってそんな頃から料理していたんですね」
「料理なんて物じゃないよ。最初の頃は食べられる代物じゃなかった。誰でも最初から出来る奴なんていないんだよ。失敗を繰り返して出来るようになるんだ。何度でもやり直せばいいんだよ」
「他の事もそうかな」
「同じだよ。何度も失敗を繰り返して人間は成長するんだ」
話が変な方進みそうなので食事の準備をする為に汐さんに声を掛けた。
「やりましょうか」
「そうね、ありがとう」
汐さん指示に従いながら俺が包丁で野菜などを切り汐さんが調理していく。
出来上がった夕食は鰆の西京焼きをメインにした和食だった。
「未来はあのマンションに居るのか?」
「日本に戻って来たばかりだから今はホテル暮らしだ」
「そうなのか、何回かマンションに行っても居ないみたいだったから」
寂しくなかった訳ではないのだろう。俺ですら世界中を回っていた時に渚と湊の事を忘れていた訳ではない。
それでも俺から連絡すべきではないと思っていた。
「いつまで日本に居るの?」
「ん、当分こっちに居る事になるかな」
「それじゃ、また遊んでくれる?」
「渚、駄目よ。未来君にだって都合があるでしょう。それに今は違う会社で頑張っているんだから」
汐さんの言葉に渚と湊が驚いたような顔をしている。
「織姫お姉さんと美鈴お姉さんの会社を辞めたの?」
「辞めてはないよ。ただ違う仕事もしているだけだよ。日本に居る間はノルンで仕事をするつもりだから。また、美味い物でも食べに行こうな」
「「うん!」」
夕食を食べ終わりお茶をご馳走になりながら久しぶりにゆっくりさせてもらっていた。
汐さんと渚が夕食の片付けをしていると湊が急に真面目な顔になり一番聞かれたくない事を聞いてきた。
「なぁ、未来。未来はママの事どう思っているんだ」
「何度も話したはずだぞ」
「私も渚も恋なんかした事が無いから判らないけどさ。ママは未来の事が好きなんだよ」
「湊、止めなさい。未来君に失礼でしょう」
汐さんに制されて湊が歯を食いしばり見る見る顔が歪んでいく。
「じゃ、何でママは未来が居なくなった日から毎晩部屋で泣いているんだよ。知らないとでも思っているのかよ。ご飯もあんまり食べないし。元気も無くなっていくし」
「そんな事ないでしょ。ちゃんとご飯だって」
「ママ、何で嘘を付くの? 私達には嘘を付くなって教えているのに。それに未来さんが何でいなくなったかちゃんと教えてくれなかったじゃない。私も湊も未来さんが大好きなのに。どうして……」
「話したでしょ。渚と湊の父親とトラブルがあったって」
自分がした事が間違っていなかったと信じたい。
それでも渚や湊それに汐さんを見ているとその自信が揺らぐ。
「そんな事信じられないよ。急に父親が生きていて暴力を振るわれたからなんて言われても」
「湊の言うとおりだよ。何で教えてくれなかったの。酷いよ」
「渚、こっちに来て座れ。汐さんも」
俺が語気を強めていうと渚がしゃくり上げながらソファーに座り汐さんも力なく座り込んだ。
「渚と湊、良く聞けよ。汐さんはお前達を守る為に何も言えなかったんだ。それに俺が怪我をして日本を離れたのは汐さんだけの所為じゃない。俺が軽はずみな行動をした事と俺自身が汐さんや渚と湊を危険な目に遭わせたからだ」
「本当なの? ママ」
「ママ、未来の言っている事は本当なのか?」
汐さんは項垂れたまま渚と湊の問いに答えようとはしなかった。
仕方なく渚と湊父親の事をどこまで知っているのか聞いてみる。
「私と湊が小さい頃にママに暴力を振るって酷い事をしたから逃げ出したって。仕事中に会ってそれから色々と嫌がらせをされて未来が守ってくれたって」
「未来さん、もしかしてディズニーシーに行った時も何かあったの?」
「渚は何を言っているんだよ」
「だって帰った時の記憶をどうしても思い出せないんだもん。湊は覚えてるの?」
湊も気付いてしまったようだ。渚と顔を見合せてから説明を求める様に俺の事を見ている。
何も無かったと言っても、もう信じてくれないだろう。
「2人に俺が話すのはどうかと思うけれど。汐さんが良いと言えば俺の口から話します」
俺の言葉に無言で汐さんが肩を落としながら頷いて両手で顔を覆ってしまった。
「渚と湊には辛い話になると思う。良いんだな」
「「うん」」
「これは俺の憶測だとと言う事を頭に置いておいてほしい。2人も汐さんと同じ様に父親から日常的に暴力を受けていて汐さんが暴力を振るわれるのを見ていたのだと思う。幼い心は堪えられずにその時の記憶を心の奥深くに閉じ込めて鍵をかけてしまったんだ。だから父親に見られると無意識に体が反応して体が硬直して震えだしてしまう事がある。そしてこれは可能性としてだけど大声を上げたり怒っていたりする男の人を見ても反応してしまう事がある」
「じゃ、あの時も」
「たぶん、何かを見んだと思う。それが何だったのかは今になっては判らない」
渚と湊が不安そうな顔をしているけど当然だと思う。自分達には記憶すらないのだから。
「それじゃ、ママも私達と同じで治らないの?」
「治らないとは言えない。でも必ず乗り越えられると思うし2人の父親は2度と現れる事は無いから」
「それも未来のお蔭なの?」
「渚と湊の父親は俺の父の系列の会社で悪い事をしていた。だから俺が懲らしめて2度と刑務所から出てこない様にしただけだよ」
2人が俺の話を一生懸命理解しようとしている。
高校生にもなれば難しい話でも自分で答えを見つけるだろう。
「だから未来さんはママの事を嫌いじゃないけど友達だっていったの? 自分の所為だって思っているの? おかしいよ悪いのはあの人でしょ」
「未来はママと私達の所為で日本に居られなくなったんじゃないの?」
「違うだろ。俺は俺の意思で」
素直な事がこんなに酷だと思わなかった。
それだけ俺が建前に縛られた大人の世界に浸かり切っているという事なのだろう。
「未来、私達の事が嫌いなのか」
「馬鹿だな、嫌いなわけないだろ。湊も渚も大好きだよ」
「それなら私達のパパになってよ」
何処までも澄んだ真っ直ぐな気持ちをぶつけられて何も言えなくなってしまう。
すると、沈黙していた汐さんが渚と湊を制するように口を開いた。
「2人とも止めなさい未来君が困っているでしょ」
「ママはどう思っているの? 未来さんじゃ嫌なの?」
「もう良いよ、渚。いつまでもママは泣いてればいいんだ。自分の気持ちに嘘ついて。私と渚にまで嘘ついて」
「嫌いなわけないじゃない。ママだってそんな事は判っているわよ。ママが弱かったからあいつに酷い目に遭わされてあなた達まで傷つけて。未来君だって私の所為で。それにあなた達が産まれたのだってあいつに……こんな私じゃ……未来君と……」
汐さんが今まで心の奥に押し込んでいた感情を暴発させて泣き崩れてしまい渚と湊が動揺している。
決して口にしてはいけない事を汐さんの言葉から読み取ってしまったのかもしれない。
「私達って望まれて」
「馬鹿だな。渚と湊を見ていれば良く判る。汐さんがどれだけ2人を愛して大切に育てて来たのか。素直すぎるくらい真っ直ぐに育っている。そんな湊と渚が俺は大好きだよ。少し汐さんと2人で話がしたいんだ。留守番を頼めるかな」
「うん、判った」
「任せろ、留守番の達人だぞ」
汐さんを抱きかかえる様にして玄関に向かうと渚がスーツの上着を持ってきてくれた。
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