第16話 夢の国


当日は俺が逃げ出さない様にパスポートを持たされ現地で集合する事になっていて。

ゲートに向かうと既に渚と湊が待っていた。

渚はミニワンピに可愛らしいコートを羽織ってブーツを履いている。

そして湊はショートパンツに腰丈のブルゾンを着てニーハイを履いてハイカットのコンバースを履いていた。

「ああ、湊さんのエッチ」

「いや、寒くないのかなと思って」

「未来と違って若いからな」

「おっさんで悪かったな」

マフラーは巻いていないが俺は初詣の時と同じような格好をしている。

ゲートを潜ると渚と湊は俺の両腕を掴んで怒涛の突進を開始した。


2人はスケジュール表を見ながら待ち時間が短縮できるファストパスを手に入れながらアトラクションを回っている。そして時間をしきりにきにして合間に別のアトラクションの待ち時間を確認して挟んでいった。

インディージョーンズ・タワーオブテラー・ストームライダー、そして別のファストパスを取りながら海底20000マイル。

まるで石垣島のホテルで仕事をしていた時に来るツアー客の様だ。

宮古島・伊良部島・下地島・池間島・来間島、そして石垣島に移動して西表島・由布島・竹富島・小浜島を巡り最終日に石垣島観光をして帰路につく。

この行程を3泊4日でこなす。

お客さんは楽しそうだったが本当に離島の魅力が伝わったのだろうかと感じていた。

渚と湊に連れられて予定通り海底レストランの様なセバスチャンのカリプソキッチンに昼飯を食べに来ていた。

「渚は何を食べるの?」

「シーフードピザとグリーンサラダにオレンジジュースが良いな」

「じゃ、私はソーセージピザにするから分けっこしよう」

「うん、良いよ」

俺はホタテのクリームコロッケサンドにサラダとフライドポテトにコーラを注文する。

渚と湊がピザを交換しながら楽しそうに食べているのを見ていると湊が俺に気付いた。

「未来は、楽しいのか? 何だか興味なさそうだし」

「ディズニーリゾートを運営しているオリエンタルランドには興味があって何度か来た事があるけどな」

「それって仕事ででしょう、未来さん」

「若い頃は彼女もいたけど東京に戻って来てからは仕事だけしていたからね。デートスポットも仕事目線で見てしまうから興味があるかと言われれば微妙かな」

ちょっと言い過ぎたのか2人が神妙な顔をしてピザを頬張っている。

それでも俺には2人に知ってもらい事があった。


食事を終えレストランを出ると再び渚と湊がスケジュール表と時計を気にしている。

俺が2人に向かって手を差し出すと不思議そうな顔をした。

「未来、その手は何なんだ?」

「湊がもっている奴だよ」

「スケジュール表の事か?」

納得がいかないのか首を捻りながら湊が俺に渡したスケジュール表を徐に半分に千切り。

そして半分に折ってまた半分に千切る。

何回も折って千切ってジグゾーパズルのピースの様になったスケジュール表をスイーピングしているキャストに渡すと笑顔で受け取ってくれた。

「未来は何て事をするんだよ。大事なスケジュール表なんだぞ」

「そうだよ。未来さんは酷いよ。皆で一生懸命作ったのに」

湊と渚が泣きそうな顔をして猛烈に俺に抗議している。

それはそうだろうヒメ姉とスズ姉が渚と湊の要望を聞きながら緻密に計画してスケジュールなのだから。

だからこそ俺は2人に向き合う。

「お姫様。どちらに参りましょう」

「「あっち!」」

渚と湊が顔を見合せ笑顔になって指さし走り出す2人の後をゆっくりと追いかける。

「未来、早く、早く!」

「早いぞ。少しゆっくり歩いてくれよ」

午後からは自由気ままにディズニーシーに中を縦横無尽に歩き気になるアトラクションに並んで体験しキャラクターに会いに行く。

箒に水を付けて路面にキャラクターの絵を描いているキャストを見たりして気が付くとあっという間に楽しい時間が経っていた。

「楽しかったね、未来さん」

「未来も楽しそうに笑ってたもんな」

「そうだな。綿密に計画する事もすごく大切だと思うけど計画に頼り過ぎると計画が狂いだした時にどうして良いのか判らなくなってしまう時があるんだ。それに遊びに来ているんだから楽しい時間を共有する事が大切なんじゃないかな」

「「うん、ありがとう」」

ショップを見ながらディズニーシーを出て窓がミッキーのシルエットになっているモノレールのディズニーリゾートラインに乗ってリゾートゲートウェイ・ステーションから舞浜駅方面に向かう。

すると舞浜駅の向こうにスーツケースを模した日本最大級のディズニーショップのボン・ヴォヤージュが見えてきた。


「うわ、可愛い建物だね」

「未来、あれは何なんだ?」

「日本で一番大きなディズニーショップでディズニーランドとディズニーシーの両方のショップにあるものが買えるんだ」

「早く行こう。渚」

「うん」

また2人が突撃を開始した。

ボン・ヴォヤージュの店内にはディズニーランドやシーに行かなくても良いんじゃないかと思うくらい両方のグッズやお菓子が売っている。

そして両パークの限定グッズまで売っていた。

とりあえずヒメ姉とスズ姉に合いそうな物を探す。

渚と湊にクリスマスプレゼントを買った事がばれた後日にヒメ姉とスズ姉を宥め賺すのに一苦労した。

湊と渚も早乙女支社長に渡すお土産を見つけたようだ。

帰路に着くためにボン・ヴォヤージュから舞浜駅に続くペデストリアンデッキを歩いている時にそれは起きた。


突然、渚と湊の体が矢に射抜かれた様にビクンと痙攣したかと思うとしゃがみ込んでしまった。

「渚? 湊? どうしたんだ?」

俺の問いには答えず2人が体をガタガタと震わせている。

2人の顔を覗き込むと2人の焦点が定まっていない。

引き攣る様な呼吸音を上げながら目に見えない恐怖に怯えている。

あいつに会った時の支社長の姿と渚と湊の姿がだぶった。

鼓動が跳ね上がり立ち上がると辺りを見渡す。

しかし、周りには夢の国であるディズニーリゾートから帰る人々とこれから夢の国に向かう人々が行き交っているだけで姿を見つける事は出来ない。

そして周りの視線が異様な物を見るかのような目で渚と湊を見ていた。

怯えている渚と湊の体を両脇に抱える様にして下のロータリーに何とか降りて2人を抱きかかえる様に座らせた。「渚、湊。俺だ未来だ。判るか?」

言葉にはならないが2人が俺の体にしがみ付いてきた。

直ぐに携帯をとりだしてスズ姉にコールする。

「頼む、出てくれ」

呼び出し音が異常に長く感じる。

「未来、ディズニーシーは楽しかった?」

「美鈴、助けてくれ。湊と渚が」

「未来、何があったの。落ち着きなさい。今何処に居るの?」

「ま、舞浜駅のロータリーだ」

「直ぐに行くから絶対にそこを動かないのよ」

湊と渚が震えているのか俺自身が震えているのかが判らない。

2人を守れるのはこの場には俺しかないと自分に言い聞かせる様に深呼吸を繰り返し辺りに注意を払う。

それでも俺にしがみ付く様に怯える湊と渚の姿を見ていると考えない様にしても、あの時の事が頭に浮かんできて胸が締め付けられる。

あらん限りの力で歯を食いしばり呼吸を何とか整えようとすればするほど息がくるしくなってきた。

しばらくすると朦朧として来て自分が今何をしているのかが曖昧になってきた。

するとタイヤを鳴らしながら目の前にメタリックオレンジの86が急停車した。

「未来!」

「スズ姉?」

スズ姉が駆け寄ってきて頭を抱きしめられると体から力が抜けて震えが止まった。

「未来、しっかりしなさい」

「ゴメン、渚を頼む」

「判ったわ、渚ちゃんこっちにいらっしゃい」

渚に優しく声を掛けながら力ない渚の体を抱きかかえる様にしながら助手席のドアを開けシートを倒して渚を後部座席に押し込むように乗せている。

俺も湊の体を抱きかかえてスズ姉の後に続き湊の体を後部座席に乗せ、シートをもとに戻し倒れ込むように座るとドアを閉めた。

俺が乗るのを確認してスズ姉が86を出した。


スズ姉の運転する車が俺の住んでいるマンションの地下駐車場に滑り込んでいく。

すると心配そうな顔をしたヒメ姉が立っていた。

車から降りてシートを倒すとヒメ姉が何も言わずに湊に手を差し出して車から降ろしている。

スズ姉の方を見るとスズ姉もシートを倒して渚を車から降ろしている。

そして2人は何も言わずにエレベーターに向かって渚と湊の体を支えながら歩いて行く。

俺は口を噤んで項垂れて姉達の後を追う。


渚と湊は俺のベッドで小さな寝息を立てていた。

ソファーのテーブルには紅茶の入ったティーカップが3つ湯気を立てている。

俺はヒメ姉とスズ姉の前でソファーに体を沈めていた。

「未来、何があったのかしら」

「たぶんフラッシュバックだと思う」

「どうして渚ちゃんや湊ちゃんがそんな事になるの?」

「ドメスティクバイオレンス」

俺の言葉にヒメ姉とスズ姉が顔を見合せて息を飲んでいる。

当然の反応だと思う。

俺ですら支社長のあんな姿を見なければ何が起きたのか判らなかっただろう。

その後で支社長が打ち明けてくれた事で今確信がもてているのだから。

「それじゃ早乙女さんの離婚理由って」

「DVだよ。奴隷の様な扱いを受けていたらしい」

「それじゃ渚ちゃんや湊ちゃんも」

「恐らくな。でもこれは俺の推測だけど2人は父親の事を覚えていないんじゃないかと思うんだ」

ヒメ姉とスズ姉の顔から血の気が引いて行く。

「どうして未来にそんな事が判るの?」

「渚と湊の口から父親の話を聞いた事があるか? 今まで一度も父と言う単語を2人は俺達に発したことが無いだろ」

「幼い頃に強いストレスを受け記憶を消してしまったかもしれないと。でもどうして急にフラッシュバックが起きたの?」

「それは俺にも理由が判らない。たぶん2人に聞いても判らないしあの場で何があったのかも覚えていないと思う」

必死に探したが俺は何も見つける事が出来なかった。

でも確かなことは渚と湊がフラッシュバックを起こしたという事とフラッシュバックを起こしうる人物が居たという事だけだ。

俺もヒメ姉もスズ姉も何も言わず途方に暮れているとチャイムが鳴った。


「私が出るから」

ヒメ姉が立ち上がり玄関に向かいドアを開ける音がして誰かと話している声が聞こえてくる。

恐らくヒメ姉が連絡した支社長が渚と湊を心配して迎えに来たのだろう。

「良かった。渚と湊は無事なのね」

「すいませんでした。俺が付いていたのに」

「未来君の責任じゃないわよ。未来君が居てくれたから渚も湊も大丈夫だったんでしょ」

渚と湊の寝顔を見て支社長は安心したようだ。

それでも何が起きたのか支社長に話さないといけないと思うと空気が重く感じる。

「未来君、そんなに気にしないで織姫さんに連絡を頂いて何が起きたのか大体わかっているから。あの時の私と同じ事が起きたのね」

「はい、直ぐに周りを探したのですが姿はありませんでした」

「そう」

「汐さん、思い切って聞きます。渚と湊は父親の事を覚えてないのじゃないですか?」

俺が支社長に切り出してもヒメ姉とスズ姉は何も言わずにテーブルに目を落としたままだった。

「ここまで来たら話さない訳に行かないわね。未来君の言う通りよ渚と湊には父親の記憶は殆どないわ。原因は知っているわよね」

「はい、DVによる解離性障害ですね」

「未来君は専門医みたいな事まで知っているのね」

支社長の言葉に何も返せなくなってしまい目を静かに閉じると僅かに体が震えている事に気がついたけど自分自身ではコントロールできない事を知っている。

するとそんな俺を見たスズ姉が静かに口を開いてくれた。

「早乙女さん。それは未来自身が心的外傷後ストレス障害を持っているからよ」

「どいう事ですか美鈴さん。未来君がPTSDだなんて」

「未来、話すわよ。早乙女さんこれから話す事は私と織姫しか知りません。取り乱さずに聞いていただけますか?」

「判りました」

項垂れている俺の横に座っている支社長が深呼吸する音が聞こえてきた。

この場に居るのが堪えられないのに体が硬直して自分では動かすことが出来ない。

「未来の母親は未来が幼い時に暴漢に襲われて未来の目の前で殺さてしまったの。それ以来未来は目の前で怯えて震えている人を見るとフラッシュバックを起こしてしまう事があるの」

「それじゃ湊や私を助けた時は……」

「私は早乙女さんと未来の間で何があったのかは知りません。湊ちゃんの時には私と織姫が湊ちゃんと未来を守る為に最善を尽くしました。それでも未来にとっては堪え難い事だったと思います」

「未来君、あなたは本当に」

体を硬直させると温かい物に包まれる。何が起きているのか判らなかった。

確か前にどこかで……初詣でもこんな事があったような……

「支社長?」

「こんな時にまで馬鹿なんだから」

温かい何かが俺の頭に落ちている。

まさか支社長が泣いている?

そう思った時に後ろのベッドで物音がした。

「ん? 未来の家?」

「あれ? ママ?」

「目が覚めたみたいね。渚ちゃんと湊ちゃん」

「織姫お姉ちゃん? なんで?」

渚と湊が目を覚まして起き上がり現状を飲み込めないのか不思議そうな顔をしている。

やはり何があったのか記憶から抜け落ちているようだ。

「もう、大変だったんだから。未来に呼ばれて迎えに行ったら渚ちゃんと湊ちゃんたら車で寝ちゃって」

「そっか。美鈴お姉ちゃん、ごめんなさい」

「良いのよ可愛い妹達の為だもの。ね、渚ちゃん」

「えへへ、ありがとう」

スズ姉が抜け落ちてしまっている渚と湊の記憶を補填している。

記憶に矛盾を感じれば渚と湊は何があったのか俺に問いただすだろう。

そうすれば知らなくて良い事を知ってしまう事になる。

今知るには早いと思うし、もしかしたらこのまま知らずに済むかもしれない。

それは正しく運任せの領域だ。

渚と湊は支社長に連れられて楽しかった夢の国の思い出だけを胸に礼を言って帰って行った。

俺には何が出来るのだろう。

もし、再び対峙した時に俺は……






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