第15話 新年早々


年が明け新年の挨拶回りも終わり街中も社内も平穏を取り戻している。

俺は相変わらず水神商事東京支社の支社長付きとして派遣されていた。

そして1月も半ばを過ぎたころ変化が現れた。

「支社長、渚や湊は元気ですか」

「ええ、元気よ」

「そうですか」

「それと社内ではあまりプライベートな話はしないようにね」

確かに支社長と派遣の距離があまり近いのは好ましくないのかもしれない。

俺自身も当たり障りない話題を心がけていたし今の会話だって普通にしていたはずだ。

それでも支社長が慎めと言うのなら従うしかない。

そんな事があってからしばらくすると渚や湊からのメールや電話もほとんど来なくなったが試験勉強で大変なのだろうくらいにしか考えなかった。


久しぶりにノルンの方に顔を出すとスズ姉に呼び出された。

「未来、最近はどうなの?」

「別にこれと言って問題は無いぞ」

「そう、この頃は渚ちゃんや湊ちゃんから何も連絡が無いからちょっとね」

「2人とも高校生なんだから試験勉強でもしているんじゃないか」

思い過ごしだろうと思っていたのに何かが確実に変わりつつあった。


しばらくすると今度は支社長に変化が現れ始める。

俺と外回りしている時は気を張っているのか変わりがない様にみえるが、明らかに溜息の回数が増え考え込む姿を見かけるようになったのは気のせいではない様だ。

坂上さんや井上さんと話をしていても最近の話題は支社長が疲れているのか覇気が無いという事が多くなっている。

そしてその原因がはっきり分かる事になった。

水神商事東京支社での仕事を終え支社を出るとヒメ姉の真っ赤なロードスターが人目を引いていた。

「珍しいな。ヒメ姉が迎えに来てくれるなんて」

「良いから早く乗りなさい」

「迎えと言う訳でもなさそうだな」

ヒメ姉が車を出してしばらく走るとヒメ姉がしきりにミラーを見て何かを気にしている。

そして車は首都高に乗り都内を抜け羽田方面にむかっているようだ。

やがて浮島インターからアクアラインに乗った。


低圧ナトリウムランプに照らされたオレンジ色の世界を車は進んでいき、長い海底トンネルを抜けるとライトアップされた海ほたるが現れた。

ヒメ姉は何も言わずに車を停めて歩きだし。

こんな所まで連れて来られた理由が判らない以上後を追う選択肢しかない。

微かに風の塔が見えるテラスに出ると冷たい風が吹いていて思わずコートの襟を立てた。

海底トンネルを掘削した時のフェイスカッターのモニュメントが綺麗にライトアップされているが流石に寒い所為か誰もいない。

するとヒメ姉が辺りを見渡してA4サイズの茶封筒を差し出した。

「何だこれ」

「良いから中を確認しなさい」

茶封筒の中には数枚の写真とコピー用紙が入っていた。

写真はまるで写真週刊誌の様な物で俺と支社長のプライベートや食事中の姿が写されている。

そしてコピー用紙は支社長に対しての誹謗中傷が書かれたメールをプリントアウトした物だった。

「はぁ~俺の責任か」

「未来、とりあえずこの件で問い合わせがあった会社には謝罪と私と鈴が早乙女支社長と懇意にさせて貰っている事を説明しておいたわ。それと最近ノルンの事を嗅ぎ回っている連中がいるの。未来には心当たりがあるんじゃないの?」

「それでこんな所まで連れて来た訳か。でも大きな会社になればなるほど若くして要職に就けば快く思わない連中がいる筈だろ」

「そうね、私達でもライバル会社の中には表面だけ取り繕って裏で舌を出している連中が沢山いるのは事実だしね」

最近の早乙女支社長の異変の理由が判った。

恐らくこれと同じような物が水神商事東京支社の方にも届いていたのだろう。

そして俺との接触をなるべく避ける為に渚と湊に連絡しない様に言い聞かせたに違いない。

こんな事をして喜ぶ人間は俺が知る限り一人しかいないが確かな証拠も無いのにヒメ姉に伝えるのは時期尚早だと思う。

「未来はどうするつもりなの?」

「明日、早乙女支社長に俺が状況を聞いてみる」

「今、鈴が根回しに走っているわ。いいこと未来も自重しなさい」

「そんな事は派遣された時から判っているよ。もしこの件で打ち切られればそれで終わりだよ」

そうこれで終わり、派遣なんてそんなモノだろう。

指示された仕事をするだけでどんなに能力があっても仕事以上の事をすれば正規の社員から疎まれる事が多い。

でもそれは事務関係に多く、サービス関係では逆に言われた以上の力を発揮できないと派遣なのにと言われてしまう。

派遣社員は結局割り切って仕事をするしかない立場である事に違いはない。

そして今まで人材会社の社員としてトラブル処理をしてきたが派遣社員に非が無くても派遣社員の方が辞めざる負えない時がある。

俺自身もノルンでは社員ではあるが東京支社に派遣社員として契約している以上は支社の判断に委ねるしかないく。

そこに俺の意思は存在すらしない。


翌日、東京支社に出向くと午前中から外回りの予定が全てキャンセルされていて支社長は不在だった。

「神流さん、支社長の事心配ですね」

「そうですね。でも僕が引けばいい事ですから」

「そんな事は絶対に駄目です。神流さんは支社長と」

「井上さん。僕は契約の事を言っているんですよ」

申し訳ないと思いながらも鎌を掛けてみると井上さんが物の見事に撃沈して項垂れてしまった。

やはり何が起きているのか知っているようだ。

まぁ、知らなければ秘書は務まらないと思うが。

「井上さんはまだ修行が必要なようね」

「すいませんでした。坂上さん」

「でも、神流君も人が悪いわよ。支社長の件を知っていたのでしょ」

「まぁ、ノルンに届いた物を社長に見せられましたから。騙し討ちをするような真似をしてすいませんでした」

坂上さんの話では恐らく写真とメールの件で本社に呼ばれたのだろうという事で、秘書の坂上さんですら本社に呼ばれた理由を知らなかった。

斬首台の上に居ると言うより皮一枚すら残さずに既に首が床に転がっている様な気分だ。

坂上さんと井上さんがスケジュールの調整で忙しく動きだし。

俺は自分が出来る事で2人を出来る限りフォローし、午後になってメールで支社長に屋上に来る様に言われた。


写真やメールの差出人が社内か社外の人間か判らない状態では社内で話をするのは危険で、屋上であれば周りから見られることも無いし盗聴される危険も無いと判断したのだろう。

ドアを開けると光が溢れかえり支社長の後姿が見えた。

本社から戻った早乙女支社長の顔には疲労の色が窺える。

どれだけ本社で追及されどんな判断が下されたのだろう。

「未来君、ごめんなさい」

「支社長、頭を上げて下さい」

俺が支社長の前に立つと突然支社長が頭を下げた。

今まで一度もそんな姿を見た事が無く全身に衝撃を感じる。

派遣の契約を解除すれば済むことを恐らく支社長は俺の事を庇い続けたが本社の判断は覆らなかったのだろう。

ここでの仕事はここで終わり明日からはまたノルンでの仕事に戻れば済む事だ。

「本社にはあなたの人脈を利用させて貰っていると説明してしまったの。本当にごめんなさい。私は決して未来君をそんなつもりで」

「支社長、ちょっと待ってください。支社長の話が全く見えません。契約解除の話しじゃないんですか?」

心苦しそうな表情をして支社長が話している意味が掴みきれない。

俺に下された処分の話じゃないのか?

すると支社長の体から一気に力が抜けた。

「そんな訳ないでしょ。坂上さん達ね」

「いや、違いますけど本社に呼び出されたと聞いててっきり」

「それじゃ何で契約解除だなんて言うの?」

「ノルンにもこれが届いて織姫社長に見せられましたから」

例の茶封筒を渡すと再び支社長の肩が落ちた。

「重ね重ね、ごめんなさい」

「本当に頭を上げて下さい。支社長に頭を下げられたら俺はどうすればいいんですか」

契約の事だと思っていたのに予想だにしない話になり頭の中で整理が付かず混乱している。

そんな状況で支社長が俺に頭を下げて更に混乱に拍車を掛けた。

「写真とメールの件は社内調査をして支社の人間ではない事が判明したわ。社外でこんな事をする人間はただ1人だけ。代理人を通して二度とこんな事をしない様に警告してもらったから」

「でも、本社で問題にはならなかったんですか?」

「なったわよ。だから未来君のお蔭で業界王手の藍花商事との取引を勝ち取る事ができたカードを切ったの。本社サイドだって業績を上げれば何も文句は言えないでしょ。でも私の中では未来君を利用したみたいで許せなかったの」

「俺は自分に出来る事しか出来ないので利用されたなんて思いませんよ。それに支社長のお蔭でコーヒーやお茶の淹れ方の講習する事が出来て仕事は確実に増えているのですから。そんな風に頭を下げないでください」

全てが俺の取り越し苦労だったようだ。

心配し過ぎてあれこれ考えてしまう癖がまた出てしまった。

「支社長は強いんですね」

「皆に支えられているから大丈夫なだけよ。未来君には本当に感謝しているわ」

秘書の坂上さんにすら本社に呼ばれた理由を話さなかったのは俺が先走って契約解除を申し出る恐れがあったためだと教えてくれた。

渚と湊の事を支社長に聞いてみると遊び過ぎて成績が下がり外出禁止にされているらしい。

俺や姉達に会いに来なくなったのはその所為なのだろう。

結局のところ全て俺の思い過ごしだったようだ。


「何だか静かだな」

姉達の襲撃も受けず週末の土曜日にのんびりと過ごしていた。

静かな部屋がとても広く感じる。

「これが普通だよな」

誰にも頼らずに1人で暮らしていた沖縄の事が頭に浮かんでくる。

楽しかったからこそ何度も沖縄に足を運びやがて沖縄の島に落ち着いたのに。

友人や先輩に俺を可愛がってくれる人も沢山いたそれでも時には孤独感を感じる事があった。

島に居ても東京に戻って来てもその感覚は変わらない。

そして島に居た時と同じようにベッドで横になっていると知らない間に眠りに落ちていた。


チャイムの音がして目を覚ますと誰かがインターフォンを取って玄関を開ける気配がする。

起き上がり玄関に目をやるとヒメ姉の姿が見えソファーの方に目を移すとスズ姉が大好きな紅茶をお気に入りのワイルドストロベリー柄のウエッジウッドのティーカップで飲んでいた。

姉の2人が違和感なく俺の部屋に居る。

そして軽やかな足音が聞こえて来たと思った瞬間に黒い影が2つ襲い掛かってきた。

「痛っ……何なんだ?」

「えへへ、未来エネルギーの補充中」

「未来さんの匂いだ」

体に軽い衝撃を受けて押し倒されると体に重みを感じる。

俺に襲い掛かって来たのはヒメ姉とスズ姉の変態姉妹に完全に感化されてしまった湊と渚の姉妹だった。

「こら、変態姉妹。離れろ」

「変態じゃない」

「そうです。変態じゃありません」

「「未来LOVE姉妹」」

渚と湊が起き上がりグッジョブばりに親指を立てている。

娘の様な高校生と付き合うような趣味は持ち合わせていない俺には言われている意味が判らない。

「よく解放してもらえたな」

「大変だったんだぞ」

「やっと保釈してもらたんです」

「学年末はまだだから仮保釈だな」

仮釈放のワードで小っちゃい姉妹が撃沈した。

「ほら、未来も鈴がお茶を淹れたからいらっしゃい。渚ちゃんと湊ちゃんにはケーキがあるわよ」

「「はーい」」

ソファーに座ると紅茶をスズ姉が運んで来てくれてテーブルの上にはケーキの箱があり何故か人数分のケーキが入っていた。

まるでヒメ姉とスズ姉は予め渚と湊が来ることを知っていた様な気がする。

久しぶりに解放されて機関銃の様に渚と湊が姉達とお喋りをしていた。

そんな中で俺は平穏を味わっている。

こんな賑やかな状況の方がホッとするのは何故だろう。

皆が笑顔でいるからかもしれない。

「ねぇ、未来さん。明日は暇ですか?」

「惰眠を貪る予定でいっぱいだ」

「暇なんじゃん。何処かに遊びに行こうよ」

久しぶりに遊びに行きたいのだろうけど日曜は何処も込み合うので家で居たほうが疲れないだろう。

それでも渚と湊と出掛ける事が決して嫌なわけではなく、なるべく込み合わない様なスポットを頭の中で検索してみる。

「未来、良い所があるじゃない」

「織姫お姉さん、それって何処ですか?」

「この間、パスポートを3枚もらったの」

パスポートと聞いた途端に嫌な汗がでて逃げ出しくなった。

「却下だ、却下」

「東京ディズニーシーのパスポートよ」

「ネズミやアヒルの着ぐるみを見に行って何が楽しんだ?」

「本当に未来はロマンスや夢に一番遠い人間ね。女の子の夢を壊すようなことを言わないの。2人を見て見なさい」

渚と湊が口を尖らせて俺を睨みつけ盛大に抗議の意思表示をしている。

「ドナルドとデイジー見たいだぞ」

「でも、織姫お姉さんと美鈴お姉さんは良いんですか?」

「渚ちゃん、気にしなくて良いのよ。2人が来る前に未来にはあんな事やこんな事を沢山してもらったから。ね、姫」

「そうね私と鈴は溢れちゃうくらい未来からエネルギーを貰ったから3人で行ってらっしゃい」

思わず寝ている間に何かされていない不安になり確認したくなった。

俺の貞操が危機かも知れない……

「何だその眼は。俺を変態姉妹と一緒にするな」

「私と渚にも同じ事をして」

「行きます。ディズニーシーに行かせてください」

「「やった!」」

2人が俺の顔を真っ直ぐ見ながらにじり寄ってきて根負けしてしまった。

まぁ、鼻から俺に拒否権なんて言う権利すら認めてもらっておらず。

最悪2人の変態姉妹が一緒に行くなんて言い出す前に白旗を掲げてみた。

その後はヒメ姉とスズ姉を筆頭に渚と湊の4人で完璧なスケジュールを楽しそうに制作していた。





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