第14話 初詣


「ヒメ姉、寒いんだが」

「文句を言わないの」

「本当に未来は寒がりなんだから。温めてもらいなさい」

誰にとか突っ込みは入れないことにした。

今日ですら弄られる覚悟を決めて大晦日の23時前に原宿駅の表参道口の前で待ち合わせしているのに、これ以上は無理。

目の前をカップルや外人が一方向に流れる様に歩いていて、沢山の人間が改札口前で待ち合わせをしているようだ。

「こんなに人がいるのにこんな場所で待ち合わせして大丈夫なのか?」

「大丈夫よね、鈴」

「本当に未来は駄目よね」

スズ姉が言っている俺の何が駄目なのかが良く判らない。

前を通り過ぎていくカップルの男がスズ姉とヒメ姉に見惚れて彼女に怒られているのが見える。

それに周りの視線を集めているのは確かで俺は2人のおまけみたいなものだろう。

改札の方から湊の声が聞こえてきた。

「織姫お姉さん!」

「湊ちゃん、こっちよ」

「美鈴お姉さん、こんばんは」

「こんばんは、渚ちゃん。そのコートよく似合っているわよ」

駆け寄ってきた相変わらずボーイッシュの湊がヒメ姉にそしてフードつきのコートを着た渚がスズ姉に抱き着いている。

2人の後を追う様に現れた支社長は薄い翡翠色の着物に金糸の入った帯を締めてオフホワイトの大判のストールを羽織っていた。

姉達とは違った華やかさがあり周りの視線を集めている。

「遅れてごめんなさい」

「それじゃ、揃ったみたいだし行きましょうか」

人の流れに乗って歩きだす。


流石に初詣の名所明治神宮だけあって人が溢れている。

それもその筈で都内では参拝客数は300万人越えでダントツらしい。

それに最近では都内でも有数のパワースポットとして人気があるから尚更だろう。

大鳥居を潜る頃には既に人の流れが緩やかになってきていた。

「ママ、早く」

「急がなくても元旦にならないと参拝する事が出来ないんだぞ」

湊が言う事も判ら無くないが支社長は着物だし急ぐのは無理だろう。

そう言えばヒメ姉とスズ姉が正月に着物を着ているのを見た事が無いのは動きづらいからだろうか。

「お姉さんチーム!」

「はーい」

「じゃあ、妹ちゃんチーム!」

「えっ、はい」

いきなりヒメ姉が手を上げると湊がヒメ姉に駆け寄って、渚はスズ姉の方に歩きだした。

一体何が始まるんだ?

「それじゃ未来、後からね」

「よーい、スタート!」

いきなりスズ姉とヒメ姉がそれぞれ渚と湊の手を引いて人ごみの中を走り出した。

何がスタートなのだろう俺が言った事を全く聞いていなかったらしい。

「未来君、どういう事なのかしら?」

「誰が一番早く初詣をしてゴールに着くかというゲームみたいですよ」

「それじゃ、もちろんゴールの場所は判っているんでしょうね」

「まぁ、多分」

すると支社長が呆れた顔をして歩きだした。俺が始めた訳でもないのに何で俺が怒られるのだろう。

「初詣後に必ず寄る店があるんです、そに行けば大丈夫ですよ」

「本当なのね」

「安心してください姉達は武道にも長けていて俺なんかより頼りになりますから」

目の前に南神門が見えてくると人の流れが完全に止まってしまった。

時計を見ると待ち合わせしてから30分ほど経っている。どうやらここで年を越す事になりそうだ。

周りを見るとカップルや若いグループが目立ち外国人の夫婦やカップルの姿も多く見受けられる。

しばらくすると君が代の斉唱が何とかとアナウンスが流れ君が代が音声付で流れ始めると周りからどよめきと失笑が聞こえてくる。

国歌斉唱問題が取り沙汰される事があるが日本人のどれだけが国歌である君が代をフルコーラス歌えるのだろう。

カウントダウンが始まり年越しの瞬間がやってきた。

「4・3・2・1」

新年を迎えると一斉歓声が上がり中には飛び跳ねている若いグループもいる。

少しずつ人が動きだし周りを見渡してもヒメ姉とスズ姉の姿は見当たらなかった。

「そう言えば湊がお姉ちゃんだったんですね」

「未来君は知らなかったの?」

「ええ、聞く機会も無かったですし、渚は渚だし湊は湊ですからね」

「年子だけど同級生よ」

1~2歳差だとは思っていたけど同級生だとは思わなかった。

湊が4月生まれで渚が3月生まれという事か。

支社長がどんなに大変な思いをしてどんなに辛かったのか再認識させられた。


やっと本殿が近くなってきたと思ったら支社長の体が揺れた。

「きゃっ」

「大丈夫ですか?」

咄嗟に支社長の前に腕を出して支えると俺の腕にしがみ付いてきた。

「ありがとう。着慣れない着物なんて着てきた罰ね」

「初詣だから着て来たんじゃないんですか?」

「渚と湊に着物じゃないと駄目だって言われて仕方なく着て来たのよ。それにしても未来君のその格好は何なの?」

「寒いからですよ。俺、寒いの苦手なんです」

何か可笑しいのだろうか?

ダウンジャケットだけでは首回りが寒いのでマフラーをぐるぐる巻きにしているだけなのに。

まぁ、完全防備一歩手前の恰好だけど。

「着物姿、新鮮ですし素敵ですよ。汐さん」

「ば、馬鹿な事を言ってないで行くわよ」

思った事を口にしただけなのに支社長は真っ赤になって怒ってしまった。

褒め方が悪かったのだろうか?

参拝は警備員が一度に参拝する人数を制限してくれていたので混乱も無く参拝できそうだ。

賽銭箱代わりの白い布が張られた巨大な箱の中に賽銭を投げ入れ。

2回頭を下げて柏手を2回打ち手を合わせたまま目を閉じる。

そして目を開け再び頭を下げる。

本殿前から流れに沿って移動すると詰まり気味だった人の流れが解放され人の動きがゆっくりと加速している。


「未来君は何を話したの?」

「感謝の気持ちと今年の誓いですかね」

「あら、奇遇ね。未来君も信心深いのね」

「姉達の教育の賜物ですよ。実は小学生だった俺の面倒を見たくれたのは姉達ですから、姉達の母親も2人が幼い頃に亡くなったと」

広い道の両脇にはおみくじやお守りを売る仮設の売り場が立ちならび。

そして大勢の参拝客でごった返している。一番人だかりが出来ているのはやはりおみくじ売り場だろう。

おみくじを購入する人におみくじを読んで一喜一憂しているカップルやグループ。

そして反対側に目をやると見覚えがある男が見知らぬ女性と何かを話している姿が目に飛び込んできた。

「汐さん、こっちに」

「な、何なの? やめなさい」

支社長の腕を掴んで仮設の販売所の横に連れ込んで支社長の体が通りを背にするように抱きしめると支社長が腕を突っ張り抵抗する。

驚いた支社長が声を上げようとしたので支社長の顔を強引に胸に押し当てた。

「また、口を塞ぎますよ」

「えっ……」

直ぐに支社長の体から力が抜け俺の言葉で何を言おうとしているのか気付いたようだ。

支社長は着物姿で俺は黒いダウンコートにマフラーをぐるぐる巻きにしているので向こうに気付かれる事はないだろう。

それでも万が一にでも気付かれれば……

パニックになり子どもの様に怯える支社長の姿が浮かぶ。

男と女が楽しそうに話しながら人の流れの中に消えていき腕から力が抜けていく。

「すいませんでした。人違いだったみたいです」

「それじゃ何で未来君は震えているのかしら? 寒い訳じゃないわよね」

「すいま……」

いきなり支社長が俺の首に手を回して俺の頭を引き寄せた。

温かさが込み上がってきて震えが嘘の様に引いて行く。どこかで同じような事が。

すると何故だか優しかった母の顔が浮かんできた。

そうだ泣き虫だった俺をいつも母親は優しく抱きしめてくれたっけ。

情けない事に守るべき人にまた守られている。無力感が駆け抜け肩から足先に向けて一気に力が落ちていく。

「未来君は何でも出来て凄い人だと思っていたのに」

「俺に出来る事なんて凄い事でも何でもないです。怖がりで泣き虫だった子どもの頃から何も変わってない人間ですから」

「何だかホッとしたわ。未来君は私なんかと違う人だと思っていたから」

「冗談はやめてください。俺から比べれば汐さんは高嶺の花の様な人ですよ」

過大評価のし過ぎも甚だしいと思うのは俺だけだろうか。

料理は好きこそ物の上手なれで基本は何もないけどそれなりだと思う。

サービス関係だって仕事で身に付いたもので他に俺に出来る事なんて何があるのだろう。

運動だって得意な方ではなく……

いきなり誰かに手を掴まれ体が引っ張られた。

「未来君、置いて行くわよ」

「へぇ?」

前を見ると支社長が笑顔で俺の手を引いている。怖いはずが無いのになぜ笑顔で居られるのだろう。

俺に今できる事は何だ?

一本の守護矢が進むべき道を指示した気がした。

「汐さん。お守りでも買いましょう」

「そうね、何が良いかしら。やっぱり厄除けが良いわね」

「それじゃ俺は縁結びが良いかな」

「未来君は開運にしなさい」

何故か支社長に開運のお守りを渡され半ば強制的に買わされてしまった。


携帯で姉達に連絡を取ろうと思ったが回線がパンク状態で繋がらない。

毎年の事なので気にせずに合流先に向かう。


そこは駅から少し離れた飲食店がたくさん入っている雑居ビルの地下にあった。

「なんくるないさー?」

「沖縄居酒屋です。ここが待ち合わせ場所です。覚悟は良いですか?」

「どうして覚悟が要るのかしら?」

「俺の姉達と渚に湊がタッグを組んでいるんですよ」

見る見る支社長の顔が赤くなり耳まで真っ赤になっている。

引き戸を開けると新年の深夜だと言うのに店内は活気に溢れていて、おめでとう御座いますと店員が大きな声で挨拶をし俺をみて座敷に案内してくれた。

「常連みたいね」

「毎年、年明けには必ず来ますからね」

座敷に入ると姉達と渚に湊が先に始めていた。

「遅いよ、ママ」

「未来とラブラブだもんね」

「ママは大人だから2人みたいにそんな事はしません」

何だか支社長に見られているようで俺の方が恥ずかしくなってきた。

とりあえずドリンクを頼んで仕切り直しだ。

「「あけオメ、ことヨロ!」」

「改めて、明けましておめでとう。今年も娘共々宜しくね、未来君」

「明けましておめでとう御座います。支社長に駄目出しされない様に頑張ります」

「もう、駄目出しなんてしません。何でお姉さん達入る所でそんな事を言うの」

微笑みを絶やさない姉達とグラスを合わせ細やかな新年会がスタートした。

「ねぇねぇ、未来。ママと手繋いだの?」

「渚は子どもね。ママと未来は大人なのよ。こう抱き合って」

「ほら、湊と渚にお年玉だ」

「「ええ、良いの? やったー」」

口止め料と言う名のぽち袋を2人に渡すと大喜びで抱き合っている。

これでひとまずこの場は安泰だろう。


俺と姉達は泡盛の古酒をロックでゆっくり飲んで支社長はシークワーサーハイを飲んでいた。

湊と渚はメニューを見て盛り上がっているようだ。

メニューには見慣れない沖縄料理の写真と簡単な説明が書いてあるので楽しいのかもしれない。

「ねぇ、未来。沖縄で可愛いってなんて言うにの?」

「チュラカーギーかなチュラが美しいでカーギーが顔と言う意味だからな」

「へぇ~そうなんだ」

「沖縄方言と言っても島によって全く違うからな。本島と宮古島でも全く違う。それに八重山諸島ですら石垣島・波照間・与那国・竹富・黒島・小浜で微妙に違うしな」

沖縄料理と言えばチャンプルーやラフティーに沖縄そばが思い浮かぶが島ならではの料理だって沢山ある。

ところ変われば品代わるが沖縄県内の島々で味わう事が出来る。

「オオタニワタリの天ぷらってどんなの?」

「シダの新芽の天ぷらだ。主に八重山地方でチャンプルーなんかにもされている」

「それじゃ、アダンって」

「タコノキ目・タコノキ科・タコノキ属・アダンの新芽でアク抜きをしないと食べられない。石垣島で主に食べられている」

ゴーヤや紅イモは今では東京でもメジャーになっているがまだまだ知られていない食べ物がたくさんある。

四角豆や糸瓜に田芋なんかも普通に食べられていて、その他にも島らっきょや島人参。

肉では山羊なんかも食され豚に至っては鳴き声以外は食べられるとまで言われている。

「じゃ、なんくるないさーってどう言う意味なの?」

「『何とかなるさ』と言う意味だけど本来はマクトゥ ソーケー ナンクルナイサーと言うんだ」

「まくとぅ? 難しいよ」

「正しい事をしていれば何とかなると言う意味だよ」

渚と湊がしきりに感心しながら聞いていた。

正しい事が正しいと言える社会なら理想的だろう。

しかし今の社会はそうではなく間違いを正した人間が暴力を振るわれ最悪命を落とす事件が連日小さな記事で報道されている。

そして時には悪がまかり通る様な世の中になってしまっている。

それでも手が届く笑顔は守りたいと思うしそんな幸せを願いたい。

グラスを傾けながら新年が明けていく。





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