第13話 忘年会

金曜日に別件の仕事がありノルンに戻ると水神商事東京支社の支社長から直々にメールが届いた。

内容は今日仕事が終わったら創作居酒屋『陣』に来いと言うものだった。

クリスマスの日もプレゼントの事には何も触れなかったので気にしなかったのに、改めて支社長に呼び出される理由が他に見当たらないので少し気になってしまう。

まぁ、悪い事をしたとは思わないが余計な事をしたのは確かで。


「湊と渚には悪い事をしたかな」

独り言を言いながら陣の暖簾を潜り引き戸を開ける。

「いらっしゃいませ。あ、未来だ」

「いつものとこか?」

「うん、支社長さんお待ちだよ」

意味深な笑顔で奈央が奥の座敷を指さしていた。

「陣、とりあえず生」

「あいよ」

陣に挨拶の意味を込めて生ビールを注文してから座敷の襖を開けて思わず閉めそうになってしまった。

座敷には支社長のほかに坂上さんと井上さんが待ち構えていた。


お疲れ様の号令で水神商事東京支社秘書課の忘年会がスタートしてしまった。

「未来君も適当に好きな物を頼みなさい」

「ありがとうございます」

いつもと変わらない支社長でとりあえず胸を撫で下ろした。

陣お勧めの料理が運ばれてきて皆で食べながらビールを煽る。

お腹が満たされてくると坂上さんと井上さんのテンションが上がってきたようだ。

「神流さん、飲んでますか?」

「頂いてますよ」

「何だかノリが悪いですよ」

「井上さんのノリが良すぎるんですよ」

井上さんの攻撃をかわしながらジョッキを傾けていると仕事中は皆のまとめ役の様な坂上さんの攻撃が直撃した。

「神流さんは結婚しないんですか?」

「坂上さん、酔ってます?」

「お酒は酔う為に飲むんです、本気で聞いているんですけど」

「やっぱり酔ってますね」

東京支社の忘年会に誘われた時に出席したらこんな状況になる様な気はしていた。

それでも自分の中のルールに従って断ったのに支社の忘年会に出ていた方が楽だったかもしれない。

「未来さん、坂上さんの質問に答えてください。もしかして嗜好の問題ですか?」

「そんな趣味は持ち合わせていません」

「支社の独身女性社員を代表して質問しているのです」

「大変だったんですよね、坂上さん。忘年会で未来さんが来ないと判ったら女性社員から何で来ないんだって質問攻めにあったんですから」

前言撤回、参加しないで正解だったらしい。

まぁ、素性の判らない派遣社員でそれ支社長付きだから尚更なのだろう。

派遣は契約が更新されなければその会社での仕事は終わる訳だし、支社長が駄目出ししていた理由も一応判明している。

ある程度支社長のトラウマが治れば俺はお役御免になり、またノルンに戻り今まで通り仕事をする事になる。

手遅れの様な気もするがそれは秘書課内の事であって他の社員に俺の事を話す必要も無いのだろう。

「で、どうなんですか?」

「確かに結婚を考えた女性はいましたよ。でもその女性とは縁が無かったんでしょうね」

「本当ですか。未来さん」

井上さんの目が輝き思わず失言だったと思った時には手遅れだった。

今まで付き合った人は何人ですか?

どんな感じの女の子なんですか?

どのくらい付き合っていたんですか?

マシンガントークと言うのはこんな事を言うのかもしれない。

あまりの勢いに負けて質問に全て正直に答えてしまった。

この個人情報が週明けには東京支社を駆け抜けるのかと思うと怖くなってきた。

何で女の人はあんなに恋バナが好きなんだろう。男には一生判らないのかもしれない。


打ちのめされた気がして少し休憩をはさんでいると支社長の左手首に光るものを見つけた。

多分、渚と湊からのクリスマスプレゼントだろう。

気付かない振りをしたのに坂上さんが目敏く見つけてしまった。

「支社長、左腕のブレス素敵ですね」

「娘達からのクリスマスプレゼントよ」

「渚ちゃんと湊ちゃんって確か高校生ですよね。高校生なのに凄いですね」

「あの子達はにはあまり小遣いも上げていないのに嬉しかったわ」

週明けの仕事が色々と憂鬱になってきた。

明らかに俺が手助けしたのがばれているようだし何故だか支社長の視線が怖い。

棘があると言うか鋭いと言えばいいのだろうか。

今夜は飲む事を決めて奈央を呼んだ。

「奈央、いつものロック」

「はーい」

元気の良い返事が返ってきて直ぐにロックグラスを運んで来てくれた。

香りを確かめると芳醇な香りが鼻をくすぐり、口を付けるとすべる様に喉を通り過ぎていく。

「神流さん、何を飲んでるんですか?」

「日本酒のロックですよ」

「ええ、日本酒って冷とか癇とかで飲むものじゃないんですか?」

俺も陣と出会うまでは井上さんと同じ考えだった。

カクテルにサムライロックと言う日本酒ベースのカクテルがあるけど、沖縄にいる事が長かったので日本酒を飲む機会があまりなかった。

でも、陣に教えてられてから日本酒を飲むのならロックで飲むし飲みたくなった時はここに来る様にしている。

「少し飲んでみますか?」

「私は日本酒苦手だから」

「そうですか、美味しいですよ。今度試してみると良いですよ」

支社長のジョッキがあまり減っていない事に気付いたけど気にせずに2杯目の酒ロックを飲んでいると今度は坂上さんが潤んだ目をして絡んできた。

男は俺一人なので今日はとことん酒の肴になるしかなさそうだ。

「未来さんの好きな女性のタイプてどんな人ですか?」

「一緒に遊んで楽しめる女性ですかね」

「じゃ、お酒を飲めない人はどうですか?」

「そうですね。一緒に飲めたら楽しいですよね」

すると坂上さんが不敵な笑みをこぼした。

「ふふふ、そうですよね。一緒に飲みたいですよね。残念ですね支社長。支社長はお酒があんまり好きじゃないんですよね」

「坂上さん、あんまり未来君に変な事を吹き込まないの。私だってお酒くらい飲めます」

「それじゃ支社長も飲みましょう。すいません、日本酒のロック2つ」

坂上さんがオーダーした瞬間に支社長の顔が引き攣った気がした。

支社長は酒が嫌いなんじゃなくてあまり強くないんじゃないかと思い遠まわしに止めようとした。

「坂上さん、ゆっくり飲みましょう」

「未来君までそんな事を言うのね。皆で乾杯しましょう」

俺が火に油を注いでしまったようだ。

「それでは東京支社のますますの発展を願って」

「「「乾杯!」」」

グラスを合わせて俺が唖然としていると3人は一気にグラスを飲み干してしまう。

乾杯した後は支社長まで盛り上がって楽しんでいたので安心していた。


「カラオケに行くわよ」

「「おー!」」

「支社長、大丈夫ですか?」

「大丈夫です。未来君は心配しすぎなの」

フラフラして全然大丈夫そうに見えないのは俺だけじゃないはずだ。

それでも支社長が行くと言えば俺だけ帰りますとも言えず皆でカラオケに行く事になってしまった。

「本当に未来さんと飲むと楽しいですね、坂上さん」

「そうね、支社長がこんなに飲んで2次会カラオケなんて今まで一度も無かったんだから」

「娘の渚ちゃんと湊ちゃんが落ち着いて来たからじゃないですか」

「なんて言えば良いのか見ていてもどかしいわ。しっかりしてくださいね、未来さん」

思いっきりマイクで坂上さんに突っ込まれたけれど意味が判らなかった。

坂上さんと井上さんは知らないだろうけど渚と湊が落ち着いてきたのは事実だし、今まであまり飲まなかった支社長が酒を飲んで楽しんでいるという理由が他に見当たらない気がする。

そんな支社長は既に酔っ払って俺の足を枕にして寝てしまっている。

「それじゃ、ラストの曲行くわよ!」

「いぇい!」

2次会のカラオケは坂上さんと井上さんの2人の独壇場で支社長が寝てしまった事もあり1時間で幕を閉じた。


「それじゃ、神流さん。支社長を宜しく」

「はぁ? 男の俺が送るのはまずいですよ」

「大丈夫よ。秘書課だけに秘密にしますからね、井上さん」

「はい、神流さん。また月曜日です」

完全に何かを勘違いされて、まんまと策に嵌められた気がする。

時計を見ると渚や湊に電話で自宅を聞ける様な時間じゃなかった。

仕方なくヒメ姉に連絡を取ってみる。

「ヒメ姉、聞きたい事があるんだけど」

「未来ぃ。忘年会は楽しかったぁ? 今、渚ちゃんと湊ちゃん達とうちで忘年会してるの、来るぅ?」

「行くか。2人は未成年だからな酒なんて飲ませるなよ」

「はーい、未来パパ」

支社長が酒を飲んだ理由が今判明して打つ手が全くなくなった。

ヒメ姉の呂律が回ってないという事は確実にスズ姉が床に転がっている姿が浮かんでくる。

電話口から渚と湊の楽しそうな声が聞こえていたので自宅の場所を聞こうかと思ったが心配すると思い躊躇ってしまった。

それに盛り上がっている所にこの状況で行けば惨事になる事が目に見えている。

ビジネスホテルにでも連れて行こうかと思ったが…… 酔って寝てしまっている支社長を抱きかかえながらホテルと名の付く場所に行くような危険は冒すべきではないだろう。

万が一、取引先の人間に見られれば取り返しのつかない事になりかねない。

一番避けたいが安直で確実な俺のマンションに向かった。


「支社長、起きてください」

「ん、トイレ」

「はいはい、ちょっと待ってくださいね」

玄関の鍵を開けてとりあえず支社長をトイレに案内した。

まずいと思ってもここまで来てしまったら無理やり自分は間違っていないと思うしかない。

部屋の暖房を入れてキッチンに向かい氷水を飲んで酔いを醒ます。

コーヒーメーカーをセットしてからソファーに倒れ込むように体を沈めた。

過ちを犯す可能性はゼロだが男性に対して少なからず恐怖心を抱いてしまう支店長の事が気にになってしまう。

自宅を聞くべきだったのか姉達のマンションに、それとも……

答えなど出る筈も無いのに色々な事が酔いと共に頭の中をぐるぐる回っている。

物音がして視線を上げるととんでもない物が目に飛び込んできて酔いも思考も吹き飛んだ。


ナチュラルな化粧を落とし濡れて艶やかな髪を垂らし体に姉達が使っているバスタオルを巻いた支社長が立っていた。

潤んだ瞳で部屋を見渡してベッドを見つけるとベッドに潜り込んでいく。

姉達も時々酔っ払って乱入しシャワーを浴びてバスタオル1枚で出てきて俺に絡んでくるが意味が違う気がする。

それでも姉だと言い聞かせてベッドに近づいて支社長に声を掛ける。

「支社長、髪の毛を乾かさないと風邪ひきますよ」

「ん、未来君?」

「そうです、起きてください」

支社長の体に巻いてあるバスタオルが落ちそうになり思わず目を背けてハンガーに掛けてあった俺のシャツを渡した。

すると酔っていいるのかそれとも寝ぼけているのかフラフラしながら俺が差し出したシャツを着ているようだ。

姉達にするようにドライヤーで支社長の髪の毛を乾かすとベッドに倒れ込んだ。

「おやすみなさい」

羽毛布団を支社長の体に掛けて俺もソファーに倒れ込む。


「未来君、未来君。起きなさい」

「んっ……」

肩を揺すられ重い瞼を押し上げると支社長の顔が浮かんできた。

「支社長?」

「ここは未来君の部屋なのね」

「えっ、あ、はい。支社長の自宅が判らなかったので仕方なく」

「判ったからネクタイを外してシャワーでも浴びてきなさい。髪の毛もセットしたままじゃないの」

どうやら帰って来たままの恰好で寝てしまったらしい。

喉元に指を突っ込んでネクタイを引き抜きシャツのボタンをはずして鈍い頭を持ち上げる様に立ち上がりバスルームに向かう。

熱いシャワーを浴びると頭も視界もはっきりしてくると昨夜の事が蘇ってくるが溜息が出るだけだった。

さっぱりして部屋に戻ると支社長が携帯を見つめていた。

「あの子達は何をしているのかしら」

「渚ちゃんと湊ちゃんなら姉達の所に居ますよ。忘年会と女子会と言って盛り上がっていましたから朝まで騒いでいたんじゃないですか」

「そう、それでここに連れて来たのね」

何と答えていいか答えに詰まってしまう。

自宅に連れて帰るのが正解でそれ以外は本来なら不正解だからだ。

「良かったわ、そんな所に連れて行かれたら何をされるか判らないでしょ」

「そうですね、何か温かい物でもたべますか」


キッチンに向かいホタテの干し貝柱にをカップに入れて水と酒を注ぎレンジにかけて戻す。

水を入れた鍋に出汁昆布を入れて火にかけ湯が湧いたら昆布を取り出し鰹節を投入して火を止めて、鰹節が沈んだら出汁を漉して鍋に戻し少しだけ別に取り分けておく。

出汁の入った鍋に戻した干し貝柱を汁ごと入れ冷ご飯も入れて火にかける。

冷凍庫から江の島で買ってきたシラスを取り出し適量を取り分けておいた出汁に入れて解凍した。

大根おろしを多めにおろして出汁を切ったシラスを乗せる。

柔らか目に炊いた干し貝柱の雑炊とシラスおろしをテーブルに運んだ。

「「いただきます」」

「ん、胃に優しくて美味しいわ」

「飲んだ後は大根おろしにとこれに限りますよね」

支社長が俺の部屋で俺と一緒に朝飯を食べている。

不思議な感じがするが今日だけの限定イレギュラーだろう。

「彼女は居ないと言っていたけどあれは嘘なのかしら」

「嘘じゃないですよ。このマンションは姉達の持ち物ですし、休みといわず夜中でも乱入してきますから自然と姉達の私物が増えているんです」

「でも、こんなに美味しい料理が出来るのなら彼女なんていらないわね。結婚しない理由が判った気がするわ」

否定もしなければ肯定もしない。

結婚するという事にあまり関心が無いだけで結婚と言う形にとらわれなくても良いと思っている。

ただ、出会いが無いと言えば良い訳になるが独りで居るのが楽になってしまったと言うのが本当のところかもしれない。

支社長は他言無用よと言い残して人目を避ける様に帰っていった。

朝飯の片付けもそこそこにベッドに倒れ込むといつもと違う匂いがする。とても心が安らいでいく。


遠くから携帯の着信音が聞こえてくる。

いつもの様に枕元に手をやっても何も触れない。横を向くとソファーのテーブルで携帯が光っていた。

時計を見ると夕方に近い時間を指している。

どうやら爆睡していたようで温かい物に包まれていた気がする。

「支社長の残り香りか、くそ!」

何かを振り払う様にベッドから起き上がり携帯を開くとヒメ姉からの電話だった様だ。

直ぐにコールバックする。

「もしもし、何かあったのか?」

「寝起きみたいね。昨日は楽しかったの?」

「良いから用件だけを言え」

「早乙女さんの事で話があるから19時に『陣』に来なさい」

疑問を疑問で返すなと心で思いつつ口には決して出さない。

何の話なのだろう。

昨夜の事が知られている筈は無く派遣社員を変え続けた理由の件だろうか。

まぁ、行ってみれば判るだろう。

キッチンを片付けて外で腹ごなししてから『陣』に向かう事にした。


昨日の今日で2日続けて『陣』に来るとは思っていなかった。

「毎度!」

「毎度なんて教えた覚えはないぞ。奈央」

奈央に笑いながら嫌味を言われて切り返すと目を輝かせて俺に飛び付いてきた。

「ねぇ、未来。あの綺麗なモデルさんみたいな女の人ってもしかして」

「そのもしかしてだ。姉貴の織姫だ」

「2人だったけど」

「じゃ美鈴も一緒なんだろ」

初めて姉達に会ったのがよほど嬉しいのか奈央が飛び跳ねて喜んでいる。

一体、雁首そろえて俺に何の用なんだ。

水神商事への派遣の件なら電話で十分だし、直接聞きたければ今日は休みなのだからエネルギー補充と言ってマンションに来るはずで態々『陣』に呼び出す理由が判らない。

昨夜と同じ様に奥の座敷の障子を開けて今日は迷わずに閉めた。

「奈央、タクシー呼んでくれ」

「駄目!」

「未来!」

奈央に真顔でタクシーを頼むと障子が勢いよく開いて渚と湊が飛び出してきて俺の腕を掴んで座敷に引きずり込んだ。

「未来と忘年会したいって織姫お姉さんにお願いしたのに」

「何で未来は帰ろうとするの?」

「毎日、酒なんて……判ったよ。判ったからそんな目で見るな」

座敷にはヒメ姉とスズ姉のほかに支社長まで座っていて何だか気まずい。

こんな事になるのなら酔い潰れた支社長を連れて姉達のマンションに行けば良かったと思っても時すでに遅く後の祭りだった。

「奈央。静岡割り」

「はーい」

障子を少し開けてオーダーすると元気な返事が返ってくる。

すると渚と湊が興味津々な顔をして喰い付いてきた。

「未来、静岡割りってなあに」

「焼酎の日本茶割りだ」

「あら、美味しそうね。渚ちゃん未来と同じ物を頼んでもらえるかしら」

「はーい。すいません。静岡割り2つとウーロン茶3つ」


湊と渚の乾杯の音頭で連荘の忘年会が始まった。

どうやら今日の主催は湊と渚の様で姉達と女子会をしている時に決めたらしい。

支社長はウーロン茶を飲んでいた。

流石に娘の前でアルコールを飲む訳にいかないのか昨夜の事を気にしているのかもしれない。

そんな支社長の2人の娘の胸元には羽のモチーフが揺れている。

「渚ちゃんと湊ちゃんのお揃いのネックレス可愛いわね。ママからクリスマスプレゼントかな、凄くセンスが良いわね」

「えっ、織姫お姉さん。未来から貰ったんだよ」

「へぇ、未来からなんだ。私達は一度ももらった事がないけどなぁ」

「本当なの?」

2人がもっているアクセサリーなんて俺が買える様な代物では無く、一番の問題は俺なんかよりも遥にセンスが良いからで。

何をプレゼントしたら2人が喜ぶのか皆目見当が付かず申し訳ない事だが一度もプレゼントした覚えがない。

するとヒメ姉がグラスを持ったまま肩を組んできた。

「へぇ、渚ちゃんと湊ちゃんにはクリスマスプレゼントを上げたのに何で私達には無い訳?」

「ヒメ姉とスズ姉の方がセンス良いし沢山持ってるだろ」

「それじゃ未来。プレゼントって何? 気持ちじゃないの?」

「そうだけどさ」

感謝しているなんて口にすれば薄っぺらな言葉になってしまうと思う。

だからと言って感謝しきれないくらいにヒメ姉とスズ姉には感謝しているのは本当だ。

「ねぇ、未来。未来の気持ちが欲しいな」

「はいはい、今度な」

ヒメ姉が腕を首に絡めて来てスズ姉が近づいて来た時点でまた弄られている事に気が付いた。

「本当に?」

「俺が買える範囲の物ならな」

「「やった!」」

弄られて、また嵌められてしまった。

まぁ、どう足掻いても2人に敵わないのは長年の経験で実証済みだ。

ここは引き下がって静岡割りを煽った。

「ねぇ、ママ。未来とどうだったの?」

「な、何を渚は言っているの?」

「ええ、未来と忘年会をしたんでしょ」

「別に何もないわよね。未来君」

支社長のバスタオル姿が頭に浮かんで来て思わず静岡割りを吹き出しそうになってしまう。

そして支社長を見ると明らかに狼狽えている。

「そうですね。悪酔いはしましたけど」

「そうよね、未来は酔っ払った女の子を部屋に連れ込むような事はしないものね。万が一そんな事をしたら大変な事になるもの」

「姫、未来にそんな勇気がある訳ないじゃない。女心が判らない朴念仁なんだから。もし、そんな事をしたら未来に責任を取らせて結婚という形で一生償わせるわよ」

まるで見ていたようなヒメ姉とスズ姉の言葉に渚と湊が目を輝かせて聞いている。

そして支社長は真っ赤な顔をしてウーロン茶を飲んでいた。

「陣、一升瓶持って来い!」

今晩は記憶を無くすくらい酔い潰れたい気分になった。

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