第12話 プレゼント

「神流さん、忘年会には参加しますよね」

「井上さん、すいません、派遣先の行事ごとには参加しないことにしているんです」

「支社長付きなのにですか?」

「尚更です。社員の皆さんに気を遣わせてしまいますからね」

忘年会シーズンに突入して派遣社員がいる会社ではこんな会話が交わされているのだろう。

人間関係を気まずくしたくないからと参加する派遣社員が多いかもしれないが、中には正社員の煩わしさを感じているから派遣でいいと言う人も多い。

俺の場合はどちらかと言えば後者だろう。

すると井上さんは諦めきれないのかまだ喰い付いてきた。

「ノルンの忘年会には参加するんですか?」

「姉達の手前が有るので一応は顔を出しますよ」

「支社長から神流さんの武勇伝を聞いたので一緒に飲めると思っていたのに」

どうしてあの無茶飲みが武勇伝になるのだろう。

恐ろしいほど酒を勧められそうな気がして飲み会は断ろうと決めた。



どうしても外せない忘年会にだけ参加して休日は肝臓を休めると理由付けをして、マンションでゴロゴロしているとメールが届いた。

「はぁ~、今度は何だ?」

呼び出され池袋の東急ハンズ前に向かうと渚ちゃんと湊が満面の笑顔で手を振っていた。

この頃の休みは姉2人にエネルギーを吸い取られるかこうして呼び出される事が多い。

「今日は何の用なんだ?」

「「デート」」

「この間も同じ事を言ってたよな」

「未来、細かい」

2人が腕に抱き着いてきて東急ハンズに入るのかと思ったらサンシャインシティーの方に連れ去られた。

その後も散々歩き回りあっという間に昼になってしまった。



「ものの見事に女性客ばっかりだな」

「未来さんは苦手ですか?」

「仕事柄、別に気にしないけどな」

おすすめの店があるからと渚と湊が連れて来た店は女性客に大人気のカフェだった。

そして3人の前には生ハムとスモークサーモンの2種類のオープンサンドが並んでいる。

「「いただきます」」

「どうぞ、召し上がれ」

渚と湊が美味しそうに食べ始めたのを見てから口にする。

生ハムにはルッコラがサーモンにはサワークリームとケッパーが合わされていて中々美味しい。

メニューを見ても女性に人気なの頷ける。

何回も呼び出されて疑問に思った事を聞いてみた。

「渚と湊は嫌じゃないのか?」

「何が嫌なんだ、未来」

「飯代が浮かせるのは判るが俺みたいなおじさんと出掛ける事だよ」

すると2人が顔を見合せて腹を押さえて大笑いし始めた。

何かおかしい事を言っただろうか?

流石に周りの視線が集まると少し恥ずかしい。

「未来さんは笑わさないでよ。お腹が痛いよ」

「マジで未来は冗談が上手いな」

「もう、いい加減にしろ。他のお客さんに迷惑だろ」

「未来、髪の毛を掻き上げながら謝っておいて」

渚に言われる前に軽く腰を浮かし髪の毛を掻き上げて頭を軽く下げる。

すると周りの女性客が一斉に視線を外し、しばらくすると何故だか何処のテーブルでも内緒話をするかのようにヒソヒソと話し始めた。

「ほらね。皆、親子かなって話してるんだよ」

「当然だろ、渚や湊とはそのくらい歳が違うんだから」

「それは実年齢でしょ。未来は若く見えるからだよ」

「意味が判らん」

確かに若く見られるけど親子ほど年が離れているんだから昔の歌じゃないけど歳の離れた妹か?

「それに未来さんは格好良いし」

「背が無駄に高いだけで格好良いはずが無いだろ。それより今日は何を探しているんだ」

「クリスマスプレゼントだよ」

「汐さんにか?」

渚と湊のテンションが一気に下がって俯いてしまった。

散々歩き回ったのに気に入った物が見つからなかったのだろう。

「どんな物を買おうと思っているんだ?」

「何が良いのか判らない」

「だよね」

「2人がプレゼントしてくれるだけで喜ぶと思うけどな。午後から一緒に探してやるから」

一気に2人のテンションが上がって何だか罠に嵌ったきがするがそれも良しとしよう。

2人に予算を聞いて午後からは駅ビルの百貨店に行く事にした。



「うわぁ、渚。凄く可愛い」

「本当だ、こんなの欲しいよね」

「あのな、何を探しに来たんだ。帰るぞ」

「「駄目!」」

駅ビルの中にあるアクセサリー売り場に来た途端に渚と湊が動き回り始めてキャーキャー騒いでいる。

戒めても無駄な様なのでしばらく店員さんには申し訳ないが放っておくことにした。

しばらく騒いでいた2人の声が聞こえなくなって心配になって探すと少し離れたショーケースを静かに覗き込んでいるのを見つけ。

そっと後ろから覗き込むと細身のネックレスを見ていた。

「こちら、人気のネックレスになっております。お出ししましょうか?」

「え、いいです。ごめんなさい」

「もう、未来が後ろに居るからだろ」

渚と湊に見つかる前に店員さんが親子だと思ってショーケースから細身のネックレスをとりだして見せてくれた。

「見るだけはタダなんだから見せてもらえばいいだろ」

「そうだけどさ」

「未来のバカ」

なんだかんだと悪者にしてバカとまで言ったくせに2人はキラキラした瞳でネックレスを見ている。

2人が見ている細身なネックレスには小さな羽のモチーフのトップが付いていて綺麗な石が二つ輝いていた。

「プラチナですか?」

「ホワイトゴールドで0.01カラットのダイヤになっています」

「「ダイヤって……ダイヤモンド?」」

渚と湊が慌ててショーケースから離れて直立不動になっている。

ダイヤと言う言葉に過剰反応するのを見て噴き出しそうになってしまった。

「ああ。未来さんが笑ってるよ、湊」

「未来はママに何かプレゼントしないのか?」

湊の言っている意味が判らずに湊の顔を覗き込んでしまった。

「あのな、湊。俺が派遣先の上司である汐さんにプレゼントを買ったとして受け取ってもらえると思うのか?」

「仲が良いんだからプライベートで渡せばいいだろ」

「例えプライベートでも渡せないし渡すつもりも無いよ」

「未来はママの事が嫌いなのか?」


湊や渚と同じ年の頃に大人の事情で全てを片付けようとする大人に対し俺は嫌悪感を覚えた。

子どもにだって経験を積んだ大人なら自分の言葉で子どもにも判る様に伝えるべきだと思っている。

ここは俺の気持ちを言葉にしておく必要がありそうだ。

「あのな、湊。良く聞けよ。嫌いかと聞かれれば嫌いじゃない。でもそれは湊が考えている好き嫌いじゃない。判るな」

「うん、判る。友達みたいな感じだろ」

「そうだ。だからこそ今の関係を壊したくない。それに俺と汐さんが気まずくなったら湊や渚とも遊べなくなるんだぞ」

湊と渚は俺の事を父親の様に慕ってくれているのだろう、だからこそ俺と支社長の関係がもどかしいのかもしれない。

でも、それは現実問題としてあり得ない事で恋愛に発展する事は皆無だと思う。

それに湊と渚が父親の事を全く口にしないのが気になるが別れた理由が理由だけに俺が踏み込んでいい領域ではないはずだ。

そんな事を考えていると湊と渚はネックレスを出してくれた店員さんと談笑していた。


「何か見つかったのか?」

「うん、良いのがあったけど予算が少しだけ足りなくて湊が値切ったら店員さんに笑われていたところ」

「どれがそうなんだ?」

「あれだよ」

渚が指さしたのは小ぶりなアメシストがあしらわれた繊細なプラチナのブレスレットで、値札を見ると確かに少しだけ予算オーバーだった。

「ママの誕生石なんだ。だからこれが良いと思ったんだけど他のにするよ」

「へぇ、汐さんって2月生まれなのか」

「未来は詳しんだな。もしかして元カノとか言うなよ」

言おうとして湊に先を越されてしまった。

値段との兼ね合いを見ても渚と湊がチョイスしたブレスは良い物だと思う。

今日決まらなければクリスマスまで時間があるから後日でも良いが、その時に気に入った物が見つかるとも限らないし。

また呼び出されて一緒に探すのも吝かではないけれど湊と渚は口惜しそうな顔をしている。

後日納得できる物を見つける事が出来なかったら何で買えなかったのか悔やむだろう。


「すいません、それ包んでもらえますか。それと先程のネックレスも2本お願いします」

「あちらのネックレも2本ですね。有難う御座います」

「ほら、出すものを出せ」

2人に急かす様に言うと渚と湊が支社長の為に貯めた小遣いを困惑しながら差し出した。

少し足りない分とネックレスの代金を支払うと綺麗にラッピングして小さな袋に入れて渡してくれた。

「こっちが汐さんの為に渚と湊が買ったブレスレットで、こっちは少し早いけど俺からのクリスマスプレゼントだ」

「貰って良いの?」

「本当に良いのか?」

高校生にしてみれば少し高価なプレゼントかもしれないけど2人の母親に対する気持ちを考えれば安い物だろう。

「汐さんにはプレゼントしないけど。渚と湊にならプレゼントしても良いだろ」

「「未来、ありがとう」」

フロアーに響き渡るような声を上げて渚と湊が俺の首に手を回して抱き着いてきた。

周りから見ればどんな風に俺達は見られているのだろう。

友達という事はあり得ないし親子でもない。

まさか、援……

「帰るぞ」

「「待ってよ!」」

浮かんできたそれこそあり得ない言葉を振り切る様に歩きだすと渚と湊が慌てて追いかけてきた。




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