第11話 女神の悪戯・後編


皆でぞろぞろと連れ立って磯の方に向かって歩いていると『恋人の丘・龍恋の鐘』と言う案内がでていた。

俺達には関係ないと思いスルーして岩屋の矢印の方に歩きだすと……

昔聞いた事がある親不知子不知の怪談に出てくる旅の薬売りの様に首根っこ掴まれて引き摺り込まれていく。

高台に鐘が吊り下げられていてとても見晴らしが良い。

その昔、海に住んでいた五つの頭の邪悪な龍が島に現れた天女に恋をして改心し結ばれたと言う伝説に由来するらしい。

「で、この鐘でどうするんだ?」

「恋人どうしでこの鐘を鳴らすと絶対に別れないらしいわよ」

「馬鹿馬鹿しい。恋人も居ないのに来る意味が無いだろ」

「本当に未来はロマンの欠片も無いのね」

スズ姉はロマンだなんて言うけれど周りはカップルばっかりでロマンが無いのは俺達ぐらいなものだ。

すると湊が俺のパーカーの裾を引っ張った。

「何だ、湊?」

「あのさ、未来。相談に乗ってくれるって言ってたよね」

「言ったけど」

「ああ、湊はずるい。私だって未来さんに困った時は連絡して良いって言われたから今聞こうと思ったのに」

湊の相談と渚の困った事は同じ意味だった。

一応代役だからなと前置きをして湊と渚と交代で鐘を鳴らす羽目になった。

「これで良いんだな」

「「うん、ありがとう」」

2人が嬉しそうに走り出すとスズ姉が俺の腕を掴んできた。

「未来、私達も一緒に鳴らそう」

「子どもか!」

「ええ、一緒に鳴らそうよ」

一目も憚らずスズ姉が部屋に居る時の様に駄々を捏ね始めた。

駄々を捏ねているスズ姉は一目なんて全く気にしないから良いが俺は真逆でめっさ恥ずかしい。

「ああ、一緒に鳴らせば良いんだろ」

「「未来、大好き」」

ヒメ姉までスズ姉と一緒に抱き着いてきて結局交代でヒメ姉とスズ姉と鐘を鳴らす事になってしまい渋々鐘をならす。

どれだけ甘いんだろう……俺。

稚児ヶ淵に向かおうとすると支社長と湊と渚が何かを揉めていた。

「ママも未来と鳴らしなよ」

「そうだよ、未来に頼んであげるから」

「嫌よ、未来君に悪いでしょ。私みたいな」

「私みたいな何なんですか? 行きますよ」

支社長の腕を掴むと支社長が口を噤んで俺を見ている。

それをスルーして鐘の下に支社長を連れてくると俯いてしまった。

「俺と鳴らすのは嫌ですか?」

「未来君は嫌じゃないの?」

「渚ちゃんと湊は皆が鳴らしたのだからママもって言ってるんだと思いますよ。2人の気持ちを汲んであげましょう」

「そうね、未来君のその優しい気持ちもね」

支社長と一緒に龍恋の鐘を鳴らすのをギャラリーの4人にスマホで写真を撮られてしまった。

ヒメ姉とスズ姉のは後から消去しておくべきだろう。

何をされるか判ったもんじゃない。


「気を付けろよ」

「「はーい」」

稚児ヶ淵の磯に行くと渚ちゃんと湊が走り出した。

「「未来!」」

「はいはい、お気を付けて」

スズ姉とヒメ姉が飛び跳ねながら両手を振っている。

2人の姉は年甲斐も無く渚ちゃんと湊に対抗心をバリバリと雷鳴の如く剥き出しにしているのは気のせいだろうか。

4人が磯遊びをしているのを見ていても仕方がないのでヒメ姉にメールを入れて支社長と稚児ヶ淵の奥になる石屋に行ってみる事にした。


力強さを感じる岩場を歩いて行くと磯の上に架かる遊歩道が見えてきた。

キラキラと太陽の光で海が輝いていて眩しさを感じる。

「綺麗な海ね。沖縄の海はもっと綺麗なんでしょうね」

「そうですね。でも沖縄には沖縄の海の良さがあって内地の海には内地の海の良さがあると思いますよ」

「内地って北海道や沖縄の人が言う本州なんかの事よね」

「詳しいですね。でも面白い話があるんですよ。沖縄県は離島の集まりなんで宮古島や八重山の人達は沖縄本島に行く事を沖縄に行くって言うんです」

支社長とプライベートでこんな風に話をしたのは初めてかもしれない。

何だか新鮮で……

「何かしら」

「いえ、何でもないです」

思わず支社長に見惚れてしまった。

何故って支社長の私服姿がとても新鮮で、でも多分もう見る事は無いだろうと思う。

支社長も何かを感じたのか話題を変えてきた。

「前から気になっていたのだけどノルンって何か意味があるのかしら」

「ノルンは北欧神話に出てくる3姉妹の女神の事です。長女のウルズは編む者つまり織姫を意味して過去を司る女神です。次女がヴェルザンディ、現在を司る女神で三女のスクルドは未来を司る女神です。ここまで言えば判りますよね」

「そんな素敵な事を誰が考えたのかしら?」

「姉達に決まっているじゃないですか。姉達はスタッフから女神だなんて言われていますけど俺は男ですからね」

実はこの話にはおまけがあってノルンの3姉妹が出てくるコミックとアニメがあって。

次女のヴェルザンディが英語表記のベルダンディと変更され作者の意図かスペルがフランス語で美しいと言うBellを含めったBelldandyと表記されているのを俺が見つけてスズ姉が大喜びしていた過去がある。

「でも、未来君は私達家族にとっては女神かもしれないわ。仕事でも何度も助けられて私の知らない所で渚や湊まで未来君に救われていたなんて」

「俺の専門はサービス系です。秘書なんて専門外で役に立てる事なんて何もないので俺に出来る事なら何でもしようと思っただけです。渚ちゃんや湊の時だって2人が自分で問題を解決したいと言っていたので少しだけ力を貸しただけです」

「それで微力なんて言ったのね」

「俺の力なんてそんな物です。各地をフラフラして戻って来た時にも姉達がノルンに引っ張ってくれてマンションまで用意してくれましたから。こんな事を言うと姉達に怒られますけどパラサイトみたいなものですよ、俺なんか」

何かが気に障ったのか支社長が岩屋に向かってゆっくり歩き始め俺も追随する。

「俺なんかなんて言っては駄目よ。それとパラサイトって」

「神流家の厄介者。姉達に憑りつく寄生虫。つまりパラサイトです」

「神流君、寄生は共生の一つよ。宿主が嫌がってなければ」

「俺が嫌なんです。今の状況に甘んじている俺自身が許せないんです」

俺の中に巣食う闇の部分を曝け出してしまい踏み込まれて思わず声を荒らげてしまった。

プライベートで支社長に出会い近づき過ぎた俺の失態だった。

「声を上げてすいませんでした」

「あら、何で謝るの? 未来君には未来君の考え方があるのだから仕方がない事でしょ。考え方を交える事も大切な事よ。そうしなければ大切な物を見落としてしまう時すらあるの。それに仕事中はあまり感情を露わさないから私はあんな未来君を見られたのが嬉しいわ。だってキスまでしてピンチを救ってくれるような強い人だと思っていたのに少しだけ弱さを見れた気がするもの」

「その話は勘弁してください」

少しだけヒートアップしていた支社長が俺の言葉で周りを見回して真っ赤になって下を向いてしまった。

支社長のキスと言う単語で周りのカップル達の視線を集めてしまい今の状況を再認識させられてしまった。

俺と支社長も周りから見ればカップルに見えるのだろうか……


車が停めてあるヨットハーバー横の駐車場まで戻ってきていた。

何でも江の島なぎさ駐車場と言うらしい。

日が傾いてきているが夕方と言うにはまだ早いだろう。

支社長達も車で来ていたらしく白いレクサスが停まっていて渚ちゃんがトランクを開けて支社長と何かを話すと言うより渚ちゃんがごねているのが見える。

そして湊はスズ姉の86に飛び付いていた。

エクステリアを嘗め回す様にみて足回りに至ってはアスファルトに寝転んで覗き込んでいる。

そしてスズ姉に運転席に乗せてもらって興奮が最高潮になっていた。

「この車って美鈴さんのなのか? 凄い格好良いな」

「時間が合えばいつでも乗せてあげるわよ」

「じゃ、美鈴さんに電話すればいいの?」

「私じゃなくて未来にアポ取りなさい」

俺はスズ姉の秘書になったつもりはないし姉達のスケジュールまで把握していない。

そんな俺に頼むなと言おうとしたら湊が俺に向かって突進してきた。

「未来、いつなら大丈夫なんだ?」

「今言われても判らないから改めて連絡しろ。それと俺が添い寝した事を絶対に言うなよ。言ったらスズ姉に取り合わないからな」

「そんな事は絶対に言わないよ。私の一生の宝物にするんだから」

悪戯っ子の様な目をして舌をチョロっと出している。

湊が大人になったら姉達の様になりそうで末恐ろしい様な気がした。

それより渚ちゃんが何で愚図っているかが気になる。

「湊、渚ちゃんは何をごねているんだ?」

「ああ、釣り何とかって言うアニメを見てやった事も無いのに釣竿なんかを買ってきてやるんだって言い張っているんだよ。ママが周りに人が大勢いるのに迷惑だし危ないからって言っても聞かないんだ。あいつアニメヲタクだからさ」

「アニヲタは関係ないんじゃないかな。新しい事に挑戦しようと思う事が大切なんだよ。それに渚ちゃんの事だからネットで調べたんだと思うけどな」

湊が驚いたような顔をして俺を見ている。

そしてヒメ姉とスズ姉が目配せをして俺に行って来いと指示を出した。

「何で未来にはそんな事まで判るんだ?」

「湊ちゃん。未来もヲタクだからよ。未来、鈴と先に帰るわよ」

「ん、判った。湊、行くぞ」

「ええ、未来は帰らないのか?」

俺が歩きだすと湊が慌てて追いかけてきた。

ヒメ姉が車に乗り込むとスズ姉が車を出して手を振っている。

傾いた太陽に照らされてオレンジ色に輝きながら江の島大橋を走るスズ姉の86は絵になっていた。


「渚、ママを困らせないで」

「困らせてない。ただ釣りがしたいって言ってるだけでしょ」

「あのね。ネットで調べただけで出来る訳ないでしょ」

「やってみないと判んないじゃん。それに教えてくれる人なんて知らないし」

白のレクサスに近づくと渚ちゃんが唇を尖らせて支社長に猛然と抗議している。

支社長はなるべく娘達がやりたいという事をやらせてあげたいが渚ちゃんや周りの安全を考えるとやりなさいとは言えないのだろう。

俺が支社長に声を掛けようとすると支社長の方が先に俺に気付いた。

「あら、未来君。お姉さん達は?」

「帰りましたよ。渚ちゃんに釣りを教えてやれってメッセージを残して」

「未来さん、教えてくれるんですか?」

「行こうか」

「はい!」

渚ちゃんが竿とタックルボックスを持って走り出した。

ゆっくりと追いかけると支社長と湊が小走りで付いて来る足音が聞こえる。

「未来君はやったことがあるの?」

「ルアーフィッシングはバス釣りのゲームでやりましたよ」

「ゲームじゃ、渚と一緒じゃないの」

防波堤に行くと渚がキョロキョロして場所を探している。

そして広く空いている場所に突撃していった。

練習をするには周りに釣り人が居ない方が迷惑にならないし初心者にポイントなんてまだ関係ないだろう。

「未来さん、ルアーは何が良いの?」

「練習みたいなものだからシンキングミノーが良いんじゃないかな」

「小魚みたいな形で巻くのを止めると沈む奴だよね」

渚ちゃんはダンカンループがどうのと言いながら仕掛けを準備している。

「出来た、未来さん、出来たよ」

「ん、貸してごらん」

渚ちゃんからリール竿を受け取り仕掛けの状態を確かめてからオーソドックスなオーバーヘッドキャストする。

ルアーが綺麗な放物線を描いて着水した。

そしてルアーが沈むのを待ってリールを巻いて行く。

「こんな感じかな」

「未来君、ゲームでと言っていたわよね」

「ルアーはですよ。沖縄に居た時に釣りは良くしていましたから多少は出来ますよ」

「多少はね。本当に未来君には敵わないわ」

数回、キャスティングして見せると渚ちゃんが真剣な眼差しで見ている。

教えがいがありそうで思わず微笑みそうになってしまい誤魔化した。

「キャスティングする時は必ず人が周りに居ないか確認してから」

「はい」

「力を抜いて後ろに竿を構えてルアーの重さを感じたら肘を支点にして竿を降り出す」

「うわぁ、飛んだ」

竿を持ったまま渚ちゃんが飛び跳ねて喜んでいる。

「未来さん、巻いて良い」

「良いよ、慣れるまでは投げて巻いてを繰り返して慣れてきたらルアーに合ったアクションを付けるんだ」

何回か投げていると段々様になってきて楽しくなってきているようだ。

すると渚ちゃんが湊にレクチャーし始めた。

「未来君は教え方が上手いのね」

「渚ちゃんの呑み込みが早いだけですよ」

「嬉しそうな顔を隠していたくせに良く言うわね」

「手ごたえが無いより確かな手ごたえがある方が僕としても教えがいがありますからね」

沢山の人に仕事を教わり色んな人に仕事を教えてきた中で学んだ俺なりの教え方で、最初に手本を見せて覚える気があるかないかを判断して教え方を変える。

そして覚える気が無い奴は確実に失敗をくりかえす。

失敗した時に再び教えるが後は本人次第だ。

「そう言えば、未来君は渚が見ているアニメなんて知らないわよね」

「江の島でルアーフィッシングと言えばつり球ですね。江の島を舞台にしたSF青春フィッシングーストーリーですね」

「未来君、からかって無いわよね。スペースファンタジーと青春は何となく判るけど何で釣りなの?」

「その組み合わせだから渚ちゃんが釣りに興味を持ったんじゃないんですか」

何で渚ちゃんが深夜アニメを見ているのかこの際はスルーしておくべきだろう。

帰りはのんびり江ノ電で帰ろうと思っていたのに見事に却下されてしまい支社長の車で帰る事になってしまった。





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