第7話 夏休みとスカイツリー

夏休みになり街には学生が溢れている。

そして最近は外回りが無い日にも水神商事に出向く事が多くなってきた。

それでも講習などがあればスケジュールを調整してもらっている。

「おはよう御座います。今日も暑くなりそうですね」

「「おはよう」」

秘書室に出勤すると坂上さんと井上さんが意味深な目で俺を見ていた。

「あの、何ですか?」

「最近の支社長が明るくなったのは神流君のお蔭かなって」

「そうですか? まぁ、駄目出しされていないから僕がここに居るんですけどね」

「神流君って鈍いって言われた事ない?」

俺が首を捻ると坂上さんと井上さんが残念な子を見る様な目で俺を見ていた。

自分自身の事をどれだけ判っているかと言えば人に気付かされる事が多い。

それは誰でも同じだと思う。

「明日と明後日は神流君に会えないのね」

「すいません、外せない仕事が入っていまして」

「たっぷりと支社長にエネルギーを注入してあげてね」

エネルギーってまるで姉貴達と同じ事を言っている。

俺にそんなエネルギーがあるとは到底思えないし、そんな大層な男じゃないはずだ。


オープンして間もないスカイツリーのソラマチでの仕事が2日間入っていた。

ソラマチに行く前に別件の用事を姉に頼まれてその場所が少し不便な場所だったのでヒメ姉のロードスターを借りてあった。

地下駐車場から従業員用の出入り口で身分証を提示して中に入る。

オープン前に講習をしたレストランのサービスのチェックと新規の派遣先の開拓営業の仕事で他のスタッフには任せられない仕事だった。

レストランのスタッフは人件費の事もあり色々なシフトが組まれている。

ランチだけやディナーだけのスポットや数時間の中抜けがある通しのスタッフなど様々だ。

その為に時間に分けてチェックし責任者に報告し改善していく必要がある。

そして俺自身は最低限の身だしなみと挨拶のマニュアルを制作しサービスではマニュアルに頼らないサービスを勧める事が多い。

理由としてマニュアルに縛られてしまうと突発性のトラブルの時に対応が後手になる事が多いからだ。

最近の若いスタッフはマニュアルに依存してしまう傾向がある。

そしてマニュアルに書いていないから出来なかったと言い訳をする。

そうなってしまえば結果的にお店の信用に関わってくる大きな問題になってしまう。

ホールのサービスは人対人なので奥が深く匙加減が難しい。それでも俺自身はサービスの仕事が好きだ。

サービスの仕事と言うより色々な人と関われるから好きなのかもしれない。

大変な事も多いが割引券や優待券をもらえたりする事もある。

今回もスカイツリーのチケットを分けて貰えた。

姉達と来ても良いし渚ちゃんにあげても喜ぶだろう。

そんな事を考えながら予定した時間より早く仕事が終わり地下駐車場に向かった。


従業員出入り口で駐車券に刻印してもらい車に向かっていると誰かが走っている様な音が地下駐車場に響いていた。

その足音に続いて数人の声が聞こえてきた。

「あっちだ」

「それじゃ、俺等はこっちから」

遠くから聞こえる声など気に留めずに歩いていると背中に軽い衝撃をうけ、振り向くと髪を赤く染めた高校生位の女の子が尻餅をついていた。

制服の様に見えるけどだらしなく着崩していて俺を睨みつける様に見上げていた。

「大丈夫か?」

「平気だよ」

俺が手を差し出すと俺の手を掴んだと思ったら勢いよく立ちあがり背後で声がした。

「居たぞ!」

「こっちだ」

振り返ると金髪で腰パンの若い男が2人走ってくるのが見える。

そして反対側からも走ってくる足音が聞こえ取り囲まれてしまった。

「おっさん、そいつを渡せ」

「そいつなんて名前の奴は知らないな」

「ふざけんな」

鋭い目つきで俺の事を睨み付けている。

この状況で彼女を渡せば大変な事になるだろう事は火を見るより明らかだ。

「女を渡せって言ってるんだよ。ボコるぞ、おっさん」

「湊(みなと)、てめえ抜けたらバラスからな」

どうするか考えを廻らすが答えは出ない。

逃げ道を導き出そう視線を動かした瞬間に腹部に激しい痛みを感じる。

前を見ると顔の至る所にピアスをしている男の顔が見え男の拳が腹部に当てられている。

そして頬を殴られたが何とか堪えた。

「貴様等、何をしている!!」

野太い男の声がして声がする方を見ると警備員が2人走ってきた。

すると何かに弾きだされた様に男達が逃げ出し、いきなり腕を引っ張られ走り出していた。


「なんで庇ったりしたんだ」

「人を助けるのに理由なんてある訳ないだろ」

「弱いくせに」

「痛っ」

腕を引っ張られ逃げてきた場所はソラマチの中にあるトイレだった。

情けない事に彼女が濡らしたハンカチで俺の口元を拭いている。

口の中が切れて鉄ぽい味が口の中に広がっていた。

「これからどうするんだ」

「もうヤバいから抜ける」

俺の怪我を気遣ってくれている彼女は根っから悪い子ではなさそうだ。

「抜けるって言ってもただじゃ抜け出せないだろ、怪我じゃすまないぞ」

「逃げ回っているばかりじゃ埒が明かないだろ」

「強いんだな」

「強くなんかない怖いけど他に方法がないだろ」

彼女の芯の強さと逃げ出さずに向かい合う勇気を垣間見た。

人を助けるのに理由はいらない自分で言った事を噛みしめる。

「これも何かの縁だ。着いて来い」

「何処に行くんだよ」

「良いから着いて来い」

有無を言わさず歩きだすと彼女が俺の後を追いかけてきた。

そしてソラマチの4階に向かいタワー出発ロビーに向かう。


「凄い! おっさん、凄いぞ」

「おっさんって言うな。俺の名前は神流未来だ」

「未来って似合わねえ」

「余計な御世話だ、湊が」

貰ったばかりのチケットで展望デッキまで上がり、購入したチケットで展望回廊まで上がってきていた。

眼下には東京中の幻想的な夜景が広がっている。

俺が名前を呼び捨てにすると鼻を鳴らして湊がガラスの外に目を落とした。

「なんで不良グループなんかに入ったんだ。親に心配を掛けたかったのか?」

「ふん、未来になんかに判らねえよ」

「そうだな、俺の両親は俺が幼い頃に死んでいないから判らないかもな」

「なんでそんな事を言うんだよ」

湊がいきなり俺に喰ってかかってきたけど俺にも良く判らなかった。

もしかすると一度口にしてしまったからかもしれない。

「なんでかな」

「最初はあいつ等と遊んでいるだけで楽しかったんだ。でも段々やる事がエスカレートしてきて」

「気付いた時には抜け出せなくなっていたと?」

「うん。確かにママは仕事ばかりして私の事なんて構ってくれなかったけど、それは仕方がない事だって判ってる」

何となく判った気がする。

湊は多分寂しかったのだろう、そして楽しい事に流されてしまって飲み込まれて気付いた時にはと言うやつか。

彼女の言葉通り逃げ回っていても問題は何も解決しない。

それでも最悪の場合は心に大きな傷を負ってしまう可能性があるのにこのまま行かせる訳にもいかなかった。

「やっぱり行くのか?」

「うん、自分のした事だから」

「もう少し俺に付き合え。良いな」

「えっ、でも」

戸惑っている彼女の腕を掴んでエレベーターに向かった。


地下駐車場まで下りてくると流石に緊張して殴られた場所が痛み体が強張る。

奴等がどこかに潜んでいないか用心しながら助手席に彼女を乗せてエンジンを掛けた。

「こんな車に一度乗って見たかったんだ。未来の車なのか?」

「姉貴の車だ。出すぞ」

アクセルを吹かして少し荒っぽい運転で出口を出ると案の定まだ湊を探していた。

走って追いかけてきたが直ぐに諦めたみたいだ。


「ここって」

「俺のマンションだ。取って食ったりしないから安心しろ」

ドアを開けて中に入ると玄関には姉達の靴が綺麗に並べられていたが予想の範疇だった。

直ぐにスズ姉が出てきて俺の頬の傷を見て顔を強張らせた。

「未来、何があったの?」

「ちょっとな。湊、上がって」

「う、うん」

スズ姉の疑問に適当に答えて湊を連れて部屋に向かう。

「未来、その子は誰なの?」

「ちょっとな、適当に座って少し待っていろ」

ヒメ姉の質問も聞こえない振りをして湊に声を掛け。

喉元に指を突っ込んでネクタイを引き抜きソファーに上着を投げ捨てて風呂場に向かった。


ドライヤーで髪を乾かしジェルでオールバックにして風呂場から出てくるとヒメ姉とスズ姉が俺の様子を窺っている。

グレーのワイシャツにダークなスーツを着て藤色のネクタイを締めた。

「未来。止めはしないけど、そこに座りなさい。勝算はあるの?」

「そんなものはある訳ないだろ」

「未来、万が一の事が起きた時はどう責任取るつもりなの」

「そうならない様に俺が一緒に行くんだろうが」

ヒメ姉とスズ姉が湊に何があったのか事情を聴いたのだろう、でもそんな事は想定内だ。

2人が呆れた顔をしている。

俺の性格を知っているから『止めはしない』と言ったのだろう。

すると黙っていた湊が口を開いた。

「未来とは一緒に行かない。これは私の問題だ。だから私が何とかする。未来は弱ちいんだから来るな」

「湊ちゃん良く聞きなさい、あなたは女の子なのよ。男の子なら半殺しで済むかもしれない。でもね」

「私が悪いのだから覚悟は出来ている」

部屋に平手打ちした音が響き湊の目から涙が毀れ小さな体が小刻みに震えている。

湊はヒメ姉が言わんとする事を最初から判っていて独りで堪えるつもりだったのだろう。

だからヒメ姉は湊の考え方を否定する為に手を上げたのだと思う。

「未来、私達も連れて行きなさい」

「断る、これは俺の案件だ。ヒメ姉とスズ姉を危険だと判っている所に誰が連れて行くか」

「それじゃ、聞くけど未来に何かあった時に私達はどうすればいいのかしら。明日からの仕事の代役を手配すればいいのかな?」

強引に事を起こそうとしたけどやはりヒメ姉とスズ姉には敵わない。

もし俺が大怪我でもすれば2人の姉は何をするか判らないし、これ以上は湊が負い目を感じてしまうだろう。

「どうせ付いて来るなって言っても来るんだろ。条件が一つだけある俺に何があっても絶対に車から出るな」

「判ったわ、美鈴準備は出来ているわね」

「もちろん、可愛い弟の為だもの。飛びっきりのをチョイスしたわ」

「湊に話を聞いた時点で決めていたんだろ」

またヒメ姉とスズ姉に頼る事になってしまった。


湊を連れてマンションを出るとトヨタや日産の高級車が数台並んでいた。

白や黒のボディーカラーの高級車は何故か濃いスモークが貼られていて車内は殆ど見えない。

スズ姉の飛びっきりのチョイスとはこの事なのだろう。

そしてヒメ姉が湊に『友達の家に泊る』と家に連絡させ不良グループの溜まり場を聞いていた。

「いつもメールでやり取りして集まるから溜まり場なんて最近の奴等は持たないです」

「そうなの、それじゃ私が言う場所でこれから話があると連絡しなさい」

「はい、判りました」

先頭の車の後部座席に湊を先に乗せてから乗り込むとヒメ姉が運転席にそしてスズ姉が助手席に乗ってきて車が走り出した。

「未来、やっぱりヤバいよ。織姫さんが指定した場所ってあいつ等の島で沢山の仲間がいるんだ」

「だからだろ。自分達の縄張りなら奴らは油断する。それに湊だけで来ると思っているかもしれないからな」

「でも、未来が怪我でもしたら」

「そんな事になったら奴等はヒメ姉とスズ姉の逆鱗に触れて地獄を見る事になる。それに……大丈夫だよ」

姉達の父親はと言おうとして口を濁した。

ヒメ姉とスズ姉には聞こえた筈なのに前を向いたままだった。


やがて指定した場所に到着した。

ヒメ姉が湊に指定させた場所は繁華街の中にある今は使われていない地下にあるクラブだった。

車内から見るとクラブに続く階段の前には見覚えのある金髪の男が立っている。

ヒメ姉が運転する車はクラブの前を通り過ぎると後の車も付いて来きていた。

「未来、あの男に見覚えは」

「奴らの仲間だ」

「そう、既に集まっているみたいね」

一回りしてクラブの前でヒメ姉が車を停めると後続車も停まり中からスーツ姿の男達が下りてきて俺と湊が乗っている後部座席のドアを開けてくれた。

「スズ姉、あの目つきの悪い男達は何なんだ」

「未来の目つきに比べたら可愛いでしょ。私達のボディーガードよ」

どうやらとびっきりのチョイスはこっちだったらしい……

湊を見ると目が笑っている。

これから何が起きるか判らないのに覚悟なのだか余裕なのだか。

気合を入れ直して湊の手を掴んで車から降りると何かに怯える様に金髪の男が階段を駆け下りて行った。

横を見ると目つきの悪いスーツ姿の男達が後ろで手を組んでまるで応援団員の様に一列に並んでいる。


「湊、てめえ騙したな」

湊を連れて階段を下りてクラブに入った瞬間に響いてきた第一声だった。

クラブの中は所々スポットライトが付いていて薄暗いけど結構広い事が判る。

そして奥に10人程度の不良スタイルの男達が睨みを飛ばしていた。

「騙してねえよ。湊が1人で来ると言ったか?」

「貴様は何者なんだ?」

「俺はお前の横の奴にボコられた、弱ちいしがないリーマンだよ」

リーダーらしき男が隣に立っているピアス男に確認をしている。

小さな声で湊に『あいつがリーダーか』と訊ねると小さく頷いた。

先手必勝でこちらのペースに引き込む。

「ただ、お前達は運が悪かっただけだ。俺の親父は表にも裏にも精通している権力者でな、お前達に臭い飯を食わす事なんて道端の石ころを蹴り飛ばすようなもんだ」

「で、俺達にどうしろと」

「別にお前らのグループを叩き潰す為にここに呼び出した訳じゃない。お前達のルールで湊をグループから抜けさせろ」

「あんなに兵隊を連れ出してくる野郎の言う事なんか信用できるか」

リーダーの男が冷静に落ち着いて俺に対峙している。

どれだけ危険な目に遭い潜り抜けて来たのかが良く判る。

「丸腰の俺の保険だ」

そう言って着ているスーツの上着を開いて何も持っていない事をアピールする。

するとリーダーの男が目配せすると2人のチャライ恰好をした男がボディーチェックしに来て首を横に振った。

体の前で腕をおろし指を組んで何もしないと言う意思表示をすると湊が奴らの前に歩み出た。

リーダーが仲間を3人名指しするとその内の1人が無抵抗な湊の体に拳を叩き込んだ。

湊の体が後ろによろけると別の1人が湊の背中を蹴り倒した。

俺に出来る事は早く終わってくれと願う事だけだった。

目の前で湊が痛め付けられている姿を見て震えだしそうなり全身に力を込める。

「その辺にしておけ。これで湊は俺等と無関係だ。貴様の好きにしろ」

「今後、湊に近づいた時には覚悟をしておけ。俺が全力でお前等を叩き潰すからな」

捨て台詞を吐いて呻き声を上げる事しか出来ずに床に横たわっている湊を抱き上げてクラブを出て階段を登る。


表通りに出るとヒメ姉が運転していた車しかなく男達も消えていた。

「未来、早く乗りなさい」

助手席の窓からスズ姉に言われて後部座席に乗り込むと繁華街にタイヤの悲鳴を残してヒメ姉が車を急発進させた。

ヒメ姉が信頼を置く病院に行き、湊を精密検査して治療を受けさせてくれた。

精密検査の結果は体の打撲のみで異常なしとの事だった。

奴らの仏心なのか湊の顔は殴らなかったようでかすり傷を負っただけで。

そして今、湊は俺のベッドで眠っている。


時計の針は既に2時を回っていてヒメ姉は先に帰りスズ姉が残ってくれている。

「結局、俺は皆に迷惑を掛けているんだな」

「未来は本当にバカね。誰も迷惑なんて思ってないわよ」

「明日の仕事だって交代してもらって」

「仕方がないじゃないの。未来は名誉の負傷をしたんだから」

殴られた所為で内出血した頬が腫れあがり。

冷やせば大丈夫だと言ったのにその状態では仕事に行かせられないと有無を言わさず代役を立ててもらう羽目になってしまった。

スズ姉がもってきてくれたアイスノンで腫れている頬を冷やしているとベッドの方から湊の声がした。

「未来、どこ」

「俺はここに居るぞ」

かすり傷が出来ている湊の顔を覗き込むと涙を浮かべていた。

「体が痛いのか? 痛ければちゃんと言えよ。一応精密検査をしたけどな」

「ありがとう」

渚の声は絞り出すような声で痛々しい。

それでも渚の表情はとても穏やかで安心した。

「未来もそろそろ休みなさい」

「そうだな」

スズ姉に言われてソファーで寝ようとすると腕を掴まれた。

「未来は何処で寝るつもりなの? 湊ちゃんは怪我をしているのだから添い寝してあげなさい」

「はぁ? 自分が言っている意味を解っているのか? 湊は高校生だぞ」

「何でいけないの? 湊ちゃんは嫌かな?」

有ろう事か湊が頬をほんのりとピンクに染めて首を横に振って撃沈が確定した。

隣で寝息を立てている湊の体が気になって朝方までまんじりとも出来なかった。

それでも疲れからか知らない間に落ちていたようだ。


「未来、お腹が空いた」

「ん、ん? 湊か」

体に重みを感じて目を開けると胸の上に湊の顔があった。

「何をしているんだ?」

「ん、パパってこんな感じなのかなって」

「普通の父親は娘なんかと寝ないだろう。それに湊くらいになれば父親を嫌う年ごろだろう」

「そうかなぁ」

湊が微妙な顔をしているが起き上がり着替えをして冷蔵庫を開けた。

何が良いか思案しながら食材をチョイスする。

姉達が食べたい物を作ってもらう為に買い物をしてくるので冷蔵庫の中は男の1人暮らしなのにかなり充実していた。

鶏のモモ肉の余分な脂や筋を掃除して鶏がらスープの素とモモ肉でチキンスープを作る。

こまめにアクを取り澄んだスープに仕上げ塩とナンプラーで味をと整えておく。

そしてベトナムの米麺(フォー)を表示通りに茹で上げて冷水でしめる。

スープを作った鶏肉を細切りにして器に入れたフォーの上に乗せてチキンスープを入れて出来上がりだ。

浅葱のみじん切りやオニオンスライスとか三つ葉を添えて好みでレモン汁を振りかけるとさっぱりした味になる。

基本、エスニックにはパクチーが王道なのだけれど苦手なので入れない。

「この麺、のど越しが良くて美味しい」

「そんなに慌てて食べると体が驚くぞ」

「ん、らいじょうぶ。ボコられて打ち身になっている所は痛いけど異常は無かったんでしょ」

「まぁな、痛っ」

スープが口の中の傷にしみて眉を顰めてしまうと湊が心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。

「痛むのか?」

「少しだけな。今まで喧嘩なんか殆どした事は無いし運動は苦手な方だからな」

「でも、未来には心配して力を貸してくれる人がいるから羨ましいよ」

「湊にも居る筈だ。子どもの事を心配しない親なんて居ないよ。それに何かあった時は相談くらいなら乗ってやるよ」

「うん」

最近トラブル続きの様な気もするけどもそんな時もあるのだろう。

面白みも無い平坦な人生だなんて言う奴もいるけれど本人が気づかないだけだと思う。

それに案外平坦な人生の方が幸せだったりするのかもしれない。

「オレンジでも食べるか?」

「皮を剥くのが面倒だからいいや」

最近の若者らしい言い方だ。

ヒメ姉とスズ姉にしてやる様にオレンジを実だけにしてガラス皿に入れて出すと湊が目を丸くしていた。

「未来は何でも出来るんだな」

「何でもじゃないよ。ただ少しだけ料理が得意なだけだ」

湊の言葉がチクリとする。

サービス関係の事に関してはホテルなどで仕事をしていれば嫌でも身に着くことで、料理は好きなだけで基本から学んだ事が無い。

それでも間近で調理の仕事を目にしてきたので門前の小僧と言う奴なのだろう。


飯を食ってソファーに腰かけて少しゆっくりしているとスズ姉が様子を見に来てくれた。

「湊ちゃん、体はどう?」

「ありがとうございます。少し痛いけど大丈夫です。あの病院のお金はどうしたら良いですか?」

「気にするなと言う方が無理かもしれないから貸にしておくわ。湊ちゃんが大人になって忘れていなければその時で良いわよ。未来、顔の方は?」

「大分、腫れも引いたしもう大丈夫だよ。少しだけ青たんになっているけどな」

スズ姉が俺の顎に手を当てて傷の様子を見ている。

湊の手前恥ずかしくなって左手でスズ姉の手を払うと湊に見つかってしまった。

「未来、その手の傷は何?」

「何でもないよ」

「目の前で湊ちゃんが殴られているのを見ているだけしか出来ない自分が許せなかったのよね」

スズ姉が言わなくていい事を湊に話してしまった。

確かに俺の左手には爪が食い込んだような傷がある。

だけどスズ姉の言っている事と大きな違いが。

グループを抜ける為だと判っていても目の前で殴られている湊から目を逸らす事も出来ず自分の弱さに耐えていただけだ。

病院に湊を連れて行きスズ姉に言われて手から血が出ている事に気が付いた。

「湊ちゃん、そろそろ帰りましょう。私が送っていってあげるから」

「はい、お願いします」

湊が立ち上がり俺も立ち上がろうとするといきなり湊が俺の頬に唇を落とした。

「あのな」

「お礼だよ。未来、またね」

一言注意しようとすると湊が満面の笑顔で手を振っているので何も言えなくなってしまった。

渚と言い湊と言い最近の女の子の考えている事が全く分からないのは歳のせいだろうか……

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