第6話 理由と授業参観


週明けに水神商事の秘書課に出勤するといきなり支社長に呼ばれてしまった。

「未来君、直ぐに出るから坂上さんと打ち合わせして」

「はい、判りました」

午前中は内勤の予定だったのに急に連絡があり得意先に出向くことになったらしい。

坂上さんから必要書類と先方の情報を教えてもらう。

車に乗り込むと早乙女支社長がこれから向かう取引先との事を教えてくれた。

今までこんな事は無かったので驚いたが聞き漏らさない様に必死に頭の中に叩き込んだ。


取引先は中堅の会社だった。

係りの女性社員に案内されて社長室の前まで行くと中から怒号が聞こえてくる。

恐らくトラブルか何かあって部下を怒鳴りつけているのだろう。

女性社員が何事も無い様に社長室のドアをノックしている。

この会社では日常茶飯事なのだろう社員が完全に慣れてしまって感覚がずれてしまっているようだ。

「どうぞお掛け下さい。バタバタさせてしまって申し訳ない」

「いえ、どこの会社も似た様な物ですから」

取引先の社長に促されてソファーに腰を下ろすと女性社員がお茶を持ってきてくれた。

気のせいか早乙女社長の表情や言葉が硬い気がする。

それでも滞りなく話が進んでいき半ば終わった時に誰かの携帯の着信音が鳴った。

「ちょっとすいません」

断りを入れて社長が席を立ち窓際に移動して携帯で話をし始めた。

商談中でもよくある事なので気にしないでいると社長の声が段々大きくなっていく。

「何を考えているんだ。考えれば判る事だろう。少しは自分達で判断しろ。私は忙しんだ」

社長の罵声にも近い怒鳴り声で早乙女支社長の顔が明らかに強張っている。

その後、色々と説明している支社長の声もどことなく上ずっている気がした。


しばらくする先程の女性社員が社長に何かを耳打ちするとため息を付いた。

「度々申し訳ございません」

「どうぞ」

そして社長が出ていき勢いよくドアが閉まった。

ドアの外から再び社長の怒鳴り声が聞こえ何かを叩きつけるような音がする。

すると隣に座っている早乙女支社長の手が微かに震えているのに気付いた。

「本当に申し訳ない。お恥ずかしい話ですが部下がトラブルを起こしまして」

「そうですか、それは大変ですね」

「早乙女支社長、お疲れの様ですが」

社長が戻ってきて頭を下げているが早乙女支社長の顔から血の気が引いて体が硬直している様に見える。

明らかに早乙女支社長の様子がおかしいので俺が受け答えした。

「最近、忙しいですからね」

「忙しいのは良い事じゃありませんか。この件は担当の方に連絡すれば宜しいのですね」

「はい、社に戻りましたら担当の者に連絡をするように伝えておきますので。それでは失礼します。支社長、行きましょう」

「えっ。ありがとう」

声に張りが無いが気合を入れる様に立ち上がって社長に頭を下げていた。


取引先の会社を出て駐車場に向かい助手席のドアを開ける。

「早乙女支社長。帰りは僕が運転しますから」

「お願い」

そう短く言うと早乙女支社長が俺に従ってくれた。

運転席に乗り込み車を出して支社長に声を掛ける。

「支社長、少しどこかで休んでから戻りましょう」

「……」

早乙女支社長は何も言わずに窓の外をぼんやり見つめていた。

車をしばらく走らせると公園を見つけたので公園の脇に車を止めて少し休むことにする。

飲み物でもと思い自販機を見つけて車の戻ってくると支社長の姿が無く辺りを見渡すと公園のベンチに座っていた。

「落ち着きましたか」

「ありがとう、恥ずかしい姿を見せてしまったわね」

「缶コーヒーですけど如何ですか」

「頂くわ」

支社長に缶コーヒーを渡して少し間を開けてベンチに腰掛けた。

ベンチは丁度木陰になっていて風が葉を揺らしていて、周りにビルが多い所為か殆ど人はいなかった。

「支社長はもしかして男性の事が怖いんじゃないですか?」

「どうしてそう思うのかしら」

「経験からです。沖縄で働いていた頃は僕も血の気が多くて気に入らない事があると物に当たる事があて。そんな時に同僚の女の子に怖いから止めてくれと言われた事があるんです。後から聞いた話なんですがその子は父親から暴力を振るわれていた経験があると」

少し間が空いて聞くべきじゃなかったかと思うと早乙女支社長の口元が少し緩んだ。

「本当に未来君には敵わないわね。私がシングルマザーなのは知っているわね」

「はい、姉からの資料で知っています」

「離婚した理由は旦那のDVなの、だからイライラしている男の人や大声を出す男の人がいると萎縮してしまうの。支社長なのに今日は完全に失態だわ、情けない」

「そんな事は無いと思いますよ。誰にでも得手不得手があって苦手な人物もいる筈です。僕なんて苦手なものだらけですよ」

今まで誰にも言わなかった事が自然に口から出ていた。

「俺の母親は姉達の父親である神流樹の愛人だったんです」

「そうだったの。お姉さん達とは」

「本当の父親は俺が産まれると事故で亡くなったと母に教えられました。そして小学校5年の時に母が急死して不憫に思った神流樹が俺を引き取ってくれたんです。だから姉達とも血の繋がりはありません」

「未来君も大変だったのね」

俺の事情を知った人に早乙女支社長と同じ事を言われると無性に腹が立ったのに、何故だか早乙女支社長に言われるとすっと体に入ってきた。

「自分の居場所が見つけられなくて高校を卒業すると直ぐに家を飛び出したんです」

「それじゃリゾートバイトをしていたのって」

「あの家に居るのが嫌だったんです。姉達は本当の弟の様に可愛がってくれましたけど神流家の人間にとって俺は厄介者以外の何者でもないですからね」

「それでも今は一緒に会社を盛り上げている。とても羨ましいわ」

公園に目をやると太陽が真上から差し始めている。早乙女支社長も普段通りになった様だ。

「今までの派遣社員の人には悪い事をしてしまったわ。何とか克服しようとしたのに」

「そうだったんですか。彼らは秘書のプロですから今は別の会社で頑張ってくれていますよ。そろそろ戻りましょう」

「未来君、理由が判ってこれで終わりという事は無いわよね」

「何も出来ない俺に支社長が駄目出ししなければ大丈夫ですよ。微力ながらお手伝いさせて頂きます」

俺が水神商事の東京支社に派遣された時に早乙女支社長が言っていた最終警告の事を言っているのだろう。

支社長が駄目出ししていた理由は判ったけれど姉達に報告する必要も無いだろう。

それにあの2人は俺を弄って楽しんでいる様にしか見えない。

他に大きな仕事が無い限り契約を打ち切る事はしないだろう。


週末の土曜日に久しぶりに自宅でゴロゴロしていた。

ヒメ姉とスズ姉は午後から打ち合わせがあると言って会社に出ている。

基本、ノルンは土日と祝祭日は休みなのだけど派遣先によっては土日なんて関係なく。

平日もネットでの遅い時間が締切りになっている求人に対応する為にスタッフ数人が交代制で必ず事務所に詰めている。

携帯が鳴って手に取るとノルンの水野さんからだった。

「水野さん、どうしたんですか? 社長達なら打ち合わせですよ」

「その社長からエマージェンシーコールよ」

「判りました、直ぐに向かいます」

今日の休日出勤は水野さんだったらしい。

とりあえず判りましたと答えたけれど社長のヒメ姉から緊急呼び出しをされるような心当たりはない。

それでもヘルメットを手に取ってマンションを飛び出した。


息を整えながら事務所に顔を出すと水野さんに睨まれた。

そして無言で水野さんが俺から社長室に視線を移すので堪らず息を飲んだ。

「失礼します」

ガラス張りの社長室に入るとヒメ姉が腕を組んで机に持たれて無言で俺を睨みつけた。

俺が何か怒らせるような事をしただろうか?

すると背後からスズ姉のドスの利いた低い声がする。

「未来、彼女に何をしたんだ?」

「彼女? 何の事だ。判る様に説明しろ」

「問答無用!」

いきなりスズ姉がファイルの背表紙で俺の頭を打ちぬいた。

「痛っ、何をするんだよ」

「この子に見覚えがあるだろう」

スズ姉が俺の耳を掴んでソファーの方に引っ張った。

するとソファーに見覚えがある制服姿の女の子が俯いていた。

「渚ちゃん?」

「未来さん、ごめんなさい」

渋谷で出会った渚ちゃんが俺の顔を見て俯いてしまった。

ガラスの外を見ると数人のスタッフが一斉に目を逸らし仕事をしている振りをする。

とても気になるが触らぬ神に祟りなしということか。

「渚ちゃん、今日はどうしたのかな?」

「…………」

現状を打破する為に渚ちゃんにここに来た理由を聞いても黙ったままだった。

すると今まで黙っていたヒメ姉が口を開いた。

「未来、女の子を泣かすのは重罪だって教えて来たわよね。覚悟しなさい」

「覚悟するも何も俺は何もしてないよ」

「何もしてない筈がないでしょ。現にこの子は泣きながらあなたの名刺を握りしめてここに来たのよ」

「み、未来さんは。私を助けてくれたんです。友達に言われて万引きしようとしたのを止めてくれたんです」

渚ちゃんが弁明してくれてヒメ姉とスズ姉から怒気が消えて力が抜けた。

「「ゴメン。未来」」

「ここは社内だぞ、シャキッとしろ。渚ちゃんは俺に何の用かな?」

「未来さんにちゃんとお礼が言いたくて」         

「渚ちゃん?」

渋谷で助けてお台場に行った時には渚ちゃんはきちんと俺を見て話をしてくれたのに今日は何故だか目が泳いでいる。

それが気になって渚ちゃん名を呼ぶとビクンと体を震わせたのを見て確信した。

「ヒメ姉、悪いけど渚ちゃんの体を調べてくれないか」

「未来、どういう事なの?」

「良いから早く」

「判ったわ。渚ちゃんいらっしゃい」

ヒメ姉が渚ちゃんの手を掴むと観念したのか渚ちゃんはヒメ姉に連れられて奥に歩きだした。


あの時は他に選択肢が残されてなく最善だと思っていたのに……

頭を抱える様にして項垂れるとスズ姉が声を掛けてきた。

「未来、何があったの?」

「俺の予感が当たっていれば彼女は虐めに遭っているはずだ。迂闊だった」

「でも、それは未来の責任じゃないでしょ」

そこにヒメ姉が渚ちゃんを連れて戻ってき手渚ちゃんを座らせ自分も腰を下ろした。

「未来の思った通りよ。彼女の体には定規の様な物で付けられた傷やシャーペンで刺されたような傷があったわ」

「わ、私、未来さんと約束したから。二度とあんな事は嫌だって言ったら、あの人は誰だってしつこく聞かれてついパパだって。そうしたら嘘つき呼ばわりされて」

「それで困って俺を訪ねて来たんだね」

「ここは派遣会社ですよね。今度の授業参観に未来さんをお願いします。お金ならどんな事をしても払いますから……」

渚ちゃんがスカートの裾を握りしめる手の上に大粒の涙が落ちている。

立ち上がり渚ちゃんの横に座ると声を上げて泣きながら俺にしがみ付いてきた。

親にも相談できずに追い込まれて押し潰されそうだったのだろう。

「何としてでも助けてあげたいけど難しいわね」

「スズ姉、何が難しいんだよ。スケジュールを空ければ」

「最近は何処の学校でも安全を確保する為に保護者ですら学校側が発行した許可証が必要なの。派遣会社なんかにはおいそれと発行してくれないわよ」

「潜り込めば直ぐに警察が飛んでくる訳か」

渚ちゃんの両親に事情を話せば万引きをした事や嘘をついていた事まで話さなければならない。

虐めは無くなるかもしれないが両親を裏切った事になってしまう。


どうするべきか考えていると渚ちゃんが涙を拭きながら俺から離れた。

「大丈夫です。全部私がいけなかったんです。ママに全部話します」

「渚ちゃん。あなたの通っている高校って」

「東都女子です」

「やっぱり。未来、授業参観に行ってきなさい。許可証は私が何とかするから」

ヒメ姉の決断が下りて渚ちゃんのパパ代行が決まった。

授業参観に行くだけで虐めが無くなるか判らないけれど抑止力にはなるだろう。

「それじゃ、渚ちゃん。日時の打ち合わせと契約書を書いてもらわないといけないから」

「ヒメ姉?」

「それじゃ、表で話を詰めましょう」

「スズ姉まで」

渚ちゃんを事務所に連れて行こうとしている2人の目が爛々と輝いている。

あの目は悪巧みを考えている時の目で渚ちゃんから代金は取らない代わりに貸だという事なのだろう。

「「未来パパ、ファイト」」

「はいはい」


授業参観は午後からという事で午前中はいつも通り水神商事に出向いていた。

「未来君、午後からはどこかでサービスの講習でもあるのかしら?」

「詳しい事は話せませんが父親としての代行を頼まれたんです」

「そんな事までノルンはしているの?」

「社長命令ですから」

最近は自分の専門分野が何なのか判らなくなってきている。

姉2人がOKを出せば何でもやらされそうで怖い。

午前中の業務が終わりタクシーで東都女子高等学校に向かう。

東都女子はお嬢様が通う名門校として知られていて部外者の入校が厳しく制限されている。

正門の前でタクシーを降りると門番がこちらを見ていた。

「ご苦労様です」

「当校に何か御用ですか?」

「授業参観に伺いました。これが許可証です」

スーツ姿なのでどうやらセールスマンか何かに間違われてしまったようだ。

平日の授業参観なので母親が参加する事が多いのかもしれない。

頭の中でヒメ姉からレクチャーを受けた情報を復唱しながら足を踏み入れる。

一番手前の校舎が職員室や保健室に校長室からなる管理棟で真ん中が普通教室棟で、その奥が音楽室や美術室などがある特別教室棟か。

管理棟にある玄関ホールで革靴からスリッパに履き替えて脇にある事務所に会釈して校内に入る。

校内は冷房が効いていて流石名門校という事なのだろう。

普通教室棟は下から1年・2年・3年となっているので渡り廊下を渡り渚ちゃんのクラスがある一階に向かう。

お嬢様が通う名門校だけあって騒いでいる生徒など1人もいない。

それでも1歩外に出れば何をしているのか判ったものじゃない事を俺は知っている。


渚ちゃんが勉強しているA組の教室を覗くとお母さん方の視線が集まっていて軽く会釈して教室の隅に立った。

すると数人の生徒が後ろを向いてざわついている。

その中に渚ちゃんの顔が見て取れ眼鏡を外して小さく手を振ると渚ちゃんの顔が真っ赤になって慌てて前を向いて俯いてしまった。

そして渚ちゃんとは別に数人の生徒が俺の顔を見て顔を強張らせている。

授業は俺が苦手とする英語の授業だった。

女の先生が英語で何かを喋っているが全く理解できない。

欠伸を堪えながら授業が終わるまで教室の隅に立っているのは性に合わない。

授業の終わりを告げるチャイムが鳴りホッとして廊下に出ると渚ちゃんの声がした。

「パパ! 来てくれてありがとう」

「渚のお願いだからね」

「すごく嬉しい」

そう言って渚ちゃんが俺の腕に抱き着いてきた。

今までこんな事を経験したことが無いので恥ずかしいのと周りの視線が集まっている気がして懐から眼鏡を取り出して掛けた。

するとこっちを見ていたお母さん方や生徒が視線を外した。

「なぁ、渚。俺ってどこか変か?」

「全然変じゃないよ」

「そっか。それじゃ帰りに何処か寄ろうか。正門で待っているからな」

「本当? やったー」

渚ちゃんは元気だが何処となく落ち着きが無く周りの視線も気になるけど依頼は終わったも同然なので渚ちゃんと別れて玄関ホールに向かう。

玄関ホールには既に数人の母親たちがいて、その中に混じり靴を履きかえていると後ろから声を掛けられた。

「神流織姫さんの弟さんの未来さんよね」

「はい、そうですが」

声がする方を見ると40代半ばでフレームがワインレッドの眼鏡をかけ長い髪を綺麗に後ろで一纏めにした女性が立っていた。

「当校の校長の神谷と申します」

「校長先生ですか。今回の許可証の件、有難う御座いました」

「織姫さんは当校の歴史に名を残す優秀な卒業生ですし今も最前線でご活躍ですからね。そんな神流さんの頼みですからね。お忙しい所をお引止めしてしまって御免なさいね」

「いえ、失礼します」

ヒメ姉がここの卒業生だったとは知らなかった。

神流家に居た頃の俺は学校に行っているか部屋に籠っているかのどちらかで周りとの係わりを極力避けていた。

そんな俺を姉達はそんな事を気にも留めずに可愛がってくれたが俺は姉達に対してもスタンスを変えなかったので姉達の事すら知ろうとしなかった。


学校を出て少し時間を潰してヒメ姉に言われた時間に再び正門に行くと学校沿いの通りには送迎用の高級車が並んでいた。

自転車を押したり駅に向かって歩いたりしている生徒の方が沢山いるので車で送迎してもらっている生徒の方が少数なのだろう。

正門の前まで行くと渚ちゃんが友達と歩いてくるのが見えた。

「あっ、パパだ」

「これからパパとお出かけなの?」

「うん、デートだよ」

「渚ちゃんのパパって背は高いし素敵だよね」

確かに背は高いけど素敵の意味が理解できない、それに女子高生にそんな事を言われても気にする歳でもないのは確かだ。


渚ちゃんの友達と駅で別れて近くのカフェに寄る事にした。

店内は木目調と統一されていて明るいけど落ち着いた雰囲気になっている。

カウンターではなく丸いテーブルに青い椅子があるテーブル席に着いた。

「好きな物を頼んで良いからね」

「はーい」

心なしか渚ちゃんが明るくなっている。

この寄り道もヒメ姉からの指令の一つでその後の渚ちゃんの様子を聞いてくるように言われていた。

渚ちゃんはマスカットフレーバーのアイスティーを飲みながら季節のフルーツとアイスが添えられたワッフルを食べている。

俺はベイクドチーズケーキにパルフェタムールと言うフレーバーティーを頼んでカップに口を付けると何とも言えない香りが口に広がった。

「ん、このワッフル美味しい。未来さんの飲んでいる紅茶って聞いた事ない名前ですね」

「パルフェタムールはフランスで生まれたリキュールの名前だよ。柑橘系をベースにニオイスミレやバニラで香りづけされている紫色のカクテルに使うお酒だよ」

「未来さんって色々な事を知っているんですね」

「俺は長い間レストランやバーで仕事をしていたからね」

渚ちゃんの様子を見る限り虐めは無くなっている気がするけど聞く事を少し躊躇ってしまう。

中々言い出せないでいると渚ちゃんはそんな事を気にもせず話しかけてきた。

「未来さんって格好良いですね」

「俺が? 仕事中はスーツ姿が多いし髪をセットしている所為かもね」

「学校で未来さんと別れた後で質問攻めだったんですよ」

学校の話を渚ちゃんがしたので思い切って聞いてみる。

「今は虐められてないのかな?」

「もう大丈夫です。でも不思議なんですよね、未来さんの会社に行った次の日から何もされなくなったんです」

「それじゃもう平気だね」

「本当にありがとうございました」

多分、ヒメ姉が直ぐに校長に相談でもしたのだろう。

学校側としてもイメージダウンは避けたいし虐めていた生徒達も保護者に知られたくないだろうし将来に傷がついてしまう。

保護者にしてみれば我が子が虐めをしていたなんて世間に知られる訳に行かない。

だから直ぐに鳴りを潜めたのだろう。

渚ちゃんの口からはっきり聞いて肩の荷が下りた気がする。


「未来さん、また会ってくれますか?」

「渚ちゃんが困った時はいつでも連絡していいよ」

「本当ですか」

「本当だよ、それじゃまたね」

渚ちゃんに手を振って別れようとしたらスーツの裾を掴まれてしまった。

「未来さん、ちょっと良いですか」

「ん? 何かな」

スーツの裾を渚ちゃんが引っ張るので少し屈みこむと何か柔らかい物が頬に触れ渚ちゃんが手を振りながら走っていく。

頬に手を当てて呆気にとられて渚ちゃんの後姿を見送った。






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