第5話 渋谷・原宿・お台場
「うっ、頭痛っ。喉が渇いた。ん?」
頭が重く目をゆっくり開けると自分の部屋の天井がぼんやりと見える。
相手を潰す為に無茶飲みしてヒメ姉に駅まで迎えに来てもらったところまでは記憶があるけれど車に乗ってからの記憶が希薄だ。
起き上がろうとすると体が思うように動かない。
久しぶりに酒を……
首を持ち上げると体の両脇で何かが丸まっていて体の上に2本の生脚と2本の腕がの買っている。
「何をしているんだ?」
「「未来エネルギーの補充」」
「アホだ」
両サイドの腕が持ち上がり振り下ろされてボディーに食い込んだ。
「吐きそう、ウゲ!」
「「馬鹿!」」
瞬時に体が解放され起き上がりバスルームに向かい熱いシャワーを浴びる。
バスタオルで髪を拭きながら時計を見ると一応午前中だった。
セミダブルのベッドの上でヒメ姉とスズ姉が俺のシャツだけを着てゴロゴロしている。
「ん~ 未来の匂い」
「未来の汗が」
「ブラコンの変態姉妹」
2人の姉をスルーしてキッチンに向かいポットを火にかけお湯を沸かす。
冷蔵庫からオレンジを出して上と下を切り落としリンゴの皮を剥く様にペティナイフを入れ厚い皮を削ぎ落す様に刃を入れていく。
皮を剥いたら実と薄皮の間に包丁を入れて手首を返すと実だけが綺麗に取り外せる。
3個のオレンジの実を全て取り出し冷蔵庫に戻し冷やしておく。
コーヒーを落としてミルクパンで牛乳を温める。
ボールに卵を割り入れ牛乳と少量の砂糖を加え良くかき混ぜ。
食パンを9等分に切り分けて卵液に浸してバターとサラダ油を入れたフライパンで焼きフレンチトーストを作る。
キッチンから部屋に視線を移すとテーブルにはメイプルシロップやシナモンシュガーが用意されヒメ姉とスズ姉がナイフとフォークを手に持って待ち構えている。
「いただきます。ん~おいひい」
「未来、お嫁さんにして」
「冗談に聞こえないからやめろ」
「未来となら私も」
2人をスルーしてカフェオーレを口に運ぶ。
ヒメ姉とスズ姉はオレンジを添えたフレンチトーストを嬉しそうに食べている。
「未来、今日は出掛けるの?」
「渋谷と原宿に行って来る」
「「いってらっしゃい」」
普段営業や打ち合わせで歩き回っている所為か2人の姉は休日に殆ど出掛ける事をしない。
そして俺の部屋に入り浸ってゴロゴロしているか掃除をしている。
まぁ、それは有難いのは有難いけどそれで良いのかと言えば否だ。
弟の俺が言うのも変だが容姿端麗で何度もモデルにスカウトされた経験を持つ2人は引く手数多なのに尽く相手を撃沈し続けている。
「2人もたまには出掛けろ」
「未来がデートしてくれるのなら行く」
「激しく断る」
紅いフリップアップのヘルメットを持って部屋をでて下の駐車場に向かう。
タンデムシートにネットで括りつけてあるシルバーのヘルメットを見て肩を落とした。
スズ姉とバイクで出掛けヒメ姉に次は私と言われヘルメットをそのままにしていたのを思い出した。
結局、ヒメ姉は出掛けずに俺とゴロゴロしたいと言われ置きっ放しになっていたらしい。
部屋まで持って戻ってもいいが『未来が迎えに来てくれた』なんて言われるのが落ちだろう。
バイクのエンジンを掛けて渋谷に向かった。
数少ないバイク用の駐車場にバイクを停めて駅前に新しくできた大型複合ビルの渋谷ヒカリエに向かう。
地下3階から5階までが商業施設になっていて6階がカフェ7階がダイニングフロアになっている。
新しい商業施設やレストランなどを見て回るのも仕事みたいなもので今後の営業回りする時の指標になったりするので休日は出歩くことが多い。
16階までは劇場やシアターにイベント施設があり16階より上はオフィスになっていた。
8階のクリエイティブスペースにあるアートギャラリーやワークスペースを見て渋谷の街に出る。
いつもの事だけど週末の渋谷界隈は川の流れの様に人が蠢いている。
そんな人の流れに乗りながら新しい店や口コミで人気の店を見て回り原宿に向かう。
原宿と言っても竹下通りなどには向かわず表参道ヒルズや裏原にあるショップやカフェを見て回る。
少し遅い昼食を何処で食べようかなんて考えながら渋谷に足を向ける。
天気が良いのでお台場まで足を延ばすのもいいかもしれない。
夕方にはまだ早く閑散としているのんべい横丁の方を何気なく見ると数人の制服姿の女の子達の強い口調の声が聞こえてきた。
「渚、判ってるよね」
「今度、逃げたらガチだからな」
虐めか何かだろうか1人の女の子が項垂れている様に見える。
火中の栗を無理やり拾う必要も無く俺には関係ない事なのに何かが引っ掛かり、横丁に入ろうとすると携帯が鳴った。
「はぁ? 週末の土曜日にあんな場所に行けと?」
「未来、お願い」
「判ったよ。行けば良いんだろ」
ヒメ姉から頼まれて人ごみの中にダイブする羽目になってしまった。
携帯をポケットに突っ込むと俺の前を横丁に居た制服姿の女の子が歩いている。
ハチ公前のスクランブル交差点を超えて109前の交差点に着いても女の子達は俺の前を歩いていた。
そして信号が変わり女の子達の足が109に向かって進んでいく。
109の店に行き頼んであった物を取りに行けと言うヒメ姉からのミッションなので制服姿の彼女たちの様子を見ながらマルキューに足を踏み入れた。
マルキューも相変わらず若い子で賑わっていて、ほどなく制服姿の女の子を2階のアクセサリーショップで見つけた。
多分、強い口調で何かを言われていた子だと思う。
ピアスなどを見ているけど僅かに周りを気にしている。
見る人が見れば直ぐに何をしようとしているのか判ってしまうだろう。
フロアーを見渡すと同じ制服姿の女の子が2人彼女の方を気にしている。
万引きがばれれば親や学校に連絡され停学か最悪の場合は退学になる可能性がある。
そして万が一成功してもそれをネタに虐めがエスカレートするだろう。
気付かれない様に彼女に近づくと店員も彼女の方を気にしていた。
そんな事にすら気付かない彼女がピアスを数点手で包み込むようにしてポケットに手を突っ込んだ。
近くでアクセサリーを陳列していた店員が動き出した瞬間にポケットに手を突っ込んでいる彼女の腕をつかむと彼女の体が硬直した。
すると彼女に声を掛けようとした店員が俺に声を掛けてきた。
「あの、お客様」
「はい、何か?」
「そちらのお譲さんは」
「僕の娘ですが。何か?」
店員は笑顔で対応しているけど表情は硬く俺の目を真っ直ぐに見て嘘を見抜こうとしている。
サービス業ではお客が断言すれば余程の事が無い限り疑いはすれ嘘だとは言えない事を身を以て知っていた。
彼女は俺の娘であるはずも無く腕を掴まれた彼女ですら顔面蒼白になって震えているのだから、明らかに親子には見えないはずだ。
彼女の腕をつかんだままレジに向かい彼女に向かって手を差し出すと震える手でピアスを渡してくれた。
「すいません、プレゼントなので可愛らしい袋か何かでラッピングしてもらえますか」
「は、はい。有難う御座います」
レジの店員が驚いたような顔をして会計をしてくれた。
彼女の腕から手を離して支払いをしても彼女は項垂れたまま俺の横で立っていた。
ラッピングして貰っている間にフロアーに目を移すと彼女と同じ制服姿の女の子達が慌てる様に姿を隠した。
「お待たせしました」
「有難う。渚、行くぞ」
彼女の手を取ってヒメ姉に頼まれた物を受け取りに上の階に行くと誰も追いかけてくるような事は無かった。
彼女に万引きさせようとしていた子達も捕まったと思い慌てて逃げ出したのだろう。
人ごみの中で今にも泣きだしそうな彼女に事情を聴く訳にもいかず隠れ家の様な落ち着いたカフェに来ていた。
テーブルの上に氷水が入ったグラスとアイスカプチーノとアイスキャラメルマキアートが置かれている。
アイスカプチーノを手に取り喉を潤す。
彼女が体を強張らせ膝の上に拳を押し付けて項垂れている姿を見て細かい事はどうでもよくなってしまった。
「俺は補導員でも警察でもないから君から学校や親の連絡先を聞いたりもしないよ。俺の名前は神流未来。ノルン人材派遣会社で働いているんだ」
彼女の前に名刺を差し出すと驚いたような顔をして俺の顔を見た。
多分、両親の連絡先や学校を聞かれ連絡されると思っていたのだろう。
「俺ってそんなに怖い顔しているかな?」
彼女がはっとして首を横に振った。
肩の力を抜いて笑顔を心がけて彼女に向かう。
「渚ちゃんで良いのかな。答えたくない事には答えなくて良いから少しだけ聞いて良いかな」
「はい」
掠れる様な弱弱しい声だけど返事をしてくれた。
飲み物を勧めると躊躇いながらアイスキャラメルマキアートに口を付けると表情が少し和らいだ。
「今日が初めてかな?」
「はい、そうです」
「もしかして学校で虐められているとか」
「虐められてはないけれど、やらないと仲間に入れないって言われて」
虐めか虐めじゃないかは受ける側の気持ち次第で、相手は虐めてないつもりでも本人が苛められていると感じれば虐めになってしまう。
虐めだと決めつけるのは時期尚早な気がするしあまり聞いても彼女を追い詰めてしまう事になるかもしれない。
「そっか。また同じ事をしろと言われたらどうするつもりかな?」
「こ、こんな怖いと思わなかったから……二度としません」
「それが良い、ご両親も心配するからね。二度としないって約束してくれる?」
「はい、助けてくれて有難う御座いました」
初めて彼女が目に涙を浮かべ少し笑顔で答えてくれた。
彼女もお腹が減っていたらしく一緒にここのカフェで食事する事にしてお互い食べたい物をオーダーする。
オーダーしたものが運ばれてきて食べ始めると安心したのか彼女から話しかけてきてくれた。
「私、こんな性格だしアニメが好きだから学校であまり友達がいなくて」
「無理して友達を増やそうとしなくても良いと思うけどな。大切なのは友達としてきちんと向き合えるかどうかだと思うよ。渚ちゃんって」
「高校生です、神流さん」
「高校生か。俺は君のお父さんくらいの歳かな」
カフェを出て家の近くまで送ると言うと途端に彼女が俯いてしまった。
初対面の人間を信用するのは危険だ、それにこんな出会い方をしたのだから尚更だろう。
信じてもらうには時間が不可欠で仕方がない事なのだと思った。
「ごめんなさい。助けてくれた神流さんを信用してない訳じゃないの。ただ……」
「ただ、何かな」
「今日、本当は学校の図書館で夕方まで勉強してくるって家を出て来たから」
「判った、行こうか」
彼女が驚いた顔で俺を見上げているけど構わず腕を掴んで歩きだす。
バイクを置いてある屋上駐車場に渚ちゃんを連れていくと流石に警戒しだした。
「あの、神流さん」
「夕方までまだ時間があるからお台場にでも行こうと思うけど、渚ちゃんが嫌じゃなければ」
「嫌じゃないです。私も連れて行ってください」
ジャケットを脱いで渚ちゃんの腰に巻きつけてヘルメットを付けさせる。
俺もヘルメットを装着していると渚ちゃんが質問してきた。
「綺麗なバイクですね、なんて言うバイクですか?」
「オーストリアのKTMというメーカーの200DUKEと言うバイクだよ、乗って」
「は、はい」
渋谷を出て芝公園から首都高に乗りレインボーブリッジを渡りお台場に向かう。
パレットタウンの近くにある駐輪場にバイクを停めた。
「渚ちゃん、行きたい所あるかな」
「ガンダムが見てみたいです」
アニメ好きな渚ちゃんらしいチョイスだった。
ダイバーシティー東京プラザに新しくガンダムフロント東京ができて無料ゾーンと有料ゾーンに分かれていて秋葉で人気のガンダムカフェ2号店もオープンしている。
そして目玉は何と言っても実物大のRX‐78‐2ガンダムつまりファーストガンダムの立像だろう。
「うわ、大きい」
「想像以上の大きさだな」
圧巻という言葉そのものだった。
ガンダムの周りには家族連れやカップルが沢山集まっていて人気の強さが窺える。
ガンダムカフェに寄ってジャブローアイスコーヒーとビームチュロスを買って海浜公園に行く事にした。
おだいばビーチにはカップルや家族連れがいるが夕方が近い所為か然程多くない。
砂浜に座りしばらく海を眺めていると渚ちゃんがローファーと黒のハイソックスを脱いで波打ち際に走り出した。
「未来さんは優しい人ですね。私、脅されて色んな事されちゃうのかと思っちゃった」
「まぁ、初対面の人には怒っているのかって言われる事の方が多いからね」
「でも、助けてくれたのが未来さんで良かった。ありがとう」
下の名前で俺の事を呼ぶようになっているけれど気にしない。
リゾートバイトには若い子が多く下の名前で呼ばれる事が多く、姉達の会社に入ってから苗字で呼ばれる事が多くなった。
波打ち際で遊んでいる渚ちゃんは年相応で明るい女の子に見える。
ただ自己表現の仕方が上手くないだけなのだろう。
彼女が一歩を踏み出す勇気と後はクラスメイトの問題だろうと思う。
「渚ちゃん、そろそろ帰ろう」
「はーい」
遅くなると親が心配するだろうと思い渚ちゃんを呼んで帰路に着く。
高級マンションが立ち並ぶ場所で渚ちゃんをバイクから降ろすと何度も頭を下げて、笑顔で手を振って走っていった。
「ただいま」
「お帰り」
「ほら、頼まれたものだ」
「ありがとう、未来」
いきなり纏わり付いてきたヒメ姉を引き摺る様に部屋に行きソファーに体を沈めるとキッチンからスズ姉が飛び出してきて俺に抱き着いてきた。
「頼むから解放してくれ」
「未来エネルギーが切れそうなんだから」
「切れたって問題が無いだろ」
「「死んじゃうの」」
俺はロープレの回復魔法か何かだろうか?
部屋は綺麗になっているし晩飯も作ってくれていて文句を言える筋合いじゃないし抱き着かれるくらいなら許容範囲だ。
「遅かったじゃない」
「お台場まで行ってたからな」
「へぇ、JKとデートでもしていたのかしら」
「デートだったらどうするんだ?」
俺の質問と同時に両脇から抱き着いているヒメ姉とスズ姉の腕に力が籠る。
万力か何かで締め上げられている気がするのは気のせいだろうか。
2人の姉の知り合いは東京に限らず関東一帯にいて何処に出掛けても全て見透かされている様な気がする。
それでも悪事を働いている訳ではないので気にしないし気にしだしたらきりがない。
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