第46話 人生の転機
ジョンはヤンキースを去りました。2004年のシリーズは2人の日本人選手がアメリカンリーグで活躍した年でもありました。イチロー選手と松井選手です。イチローは日本にいたころから大好きだったケン・グリフィー・ジュニア(当時は古巣のマリナーズを離れシンシナティ・レッズに所属)の活躍を追いかけるようにメジャーリーグでヒットを量産していました。松井選手は他の選手が打てない中、確実にその実力を発揮し、後半では4番打者に定着しました。9月30日のツインズ戦で日本人選手初の3試合連続本塁打を記録するくらいにヤンキースの中心選手となっていました。
一方、ダスティンは苦労していました。その年のやんキスはアルフォンソ・ソリアーノらとのトレードでアレックス・ロドリゲスを獲得しましたが、スパースターが多くてはなかなかかみ合わない打線の中、ピッチングスタッフも混迷していました。比較的経験豊かな老練なピッチャーが多く、またメインスターターであったキャッチャーのホルヘ・ポサダとの組み立てが野手に浸透せずに苦戦していました。ダスティンはその一角にいましたが、なかなか彼のピッチングがチームに浸透せず、孤軍奮闘の体を成していました。そんな、野球に、昔の子供のころの楽しい野球と比べ、ダスティンには魅力を感じなくなっていました。プロの選手なら誰もが通る、アマチュアとプロの選手の考え方の違いを肌身で感じていたのでした。ジョンに相談しても、アレクサンドラに話を聞いてもらっても、結局結論は自分しか出せないのでした。
ダスティンはジョンのセオリーをもちろん理解していましたし、バッターの特性を見分ける「目」も持っていました。ロビンソン財団から、全米の少年野球育成マネージャーのポジションへの就任の誘いがありました。ロビンソン財団とは祖父のジャッキー・ロビンソンが引退後、公民権運動に積極的に参加。チョックフル・オ・ナッツ(Chock full O'nuts ‐ 大衆が好むインスタントコーヒー)の副社長や全米黒人地位向上協会(NAACP)の自由基金運動の議長に就任したなどの功績をたたえ、妻、つまりダスティンの祖母レイチェルは非営利財団「ジャッキー・ロビンソン財団」を創設しました。ロビンソンの活躍によりメジャーへの黒人選手受け入れを早める役割を果たした団体です。ダスティンは、この依頼を聞いた時には、引退後には面白いかも…、という程度でしたが、メジャーでの野球が面白くない、と感じ始めたころから、少しずつ心が傾いてきていました。自分がジョンと初めて会った頃の純粋で限りなく楽しい「野球の」思い出を再現できる、しかも純粋な子供たちと一緒に過ごせる魅力に徐々に勝てなくなりました。そんなときにアレクサンドラに子供ができたことを伝えられました。
ジョンもシドニーとの生活を確立しなければなりません。家庭を築くために、無職ではいられないのです。その職業によっては、シカゴを離れ、新しい家を見つけなければならないかもしれません。具体的に「これだ!」という職業はまだありませんでした。エイドリアン爺さんもケビン父さんも、そしてジョン自身も「スポーツ」の世界で生きていました。日本発祥のスポーツと言えば柔道や剣道で精神的な鍛錬の末に勝敗を競うものが多いのですが、イギリスを発祥としたスポーツではボールを使うものが多く、野球もクリケットから生まれた、とされています。従って、ボールを使って遊ぶことが発祥の起源でした。エイドリアン爺さんの競馬はボールを使わないので、スポーツとは理解していない人も多いのですが、英米ではそのエレガンスを競うスポーツとして定着しています。勿論競馬はギャンブルの要素も強いのですが…
ある日の日曜の午後、エイドリアン爺さんのウッドデッキのカウチでエイドリアン爺さん、ケビン父さん、そしてジョンがビールを片手に話し合うチャンスが訪れました。ジョンは爺さん、父さんに気持ちを伝えました。
「ジョン、ダスティンがなぜ高額な契約金をもらえるヤンキースのピッチャーをやめて、全米少年野球育成マネージャーに魅力を感じると思う?」
「野球を純粋に楽しみたいんだと思う」
「そうだな。いいかい、プロはお金を払って来てくれる観客の皆さんにいろいろな興奮を与える商売だが、アマチュアは自分の興奮のためにやるもんだよ」
「なるほど」
ケビン父さんが口をはさみます。「ジョン、お前は小さなころからスポーツが好きでなんでも上手にできた。いろいろなスポーツができて、スポーツに関する知識も豊富で、自分でもプレーできる、という素晴らしい能力があると思う。しかし、最高峰のプロの世界でプレーできる身体的な能力には「年齢」という誰も逃げられない限界が必ず訪れるもの。ダスティンが悩んでいることに関係している。だから、プレーをしないお前はその豊富な知識を使って収入を得ることを考えればいいんじゃないか?」
ジョンはこのとうさんの一言でこれからどうするかの考え方が見つかったような気がしました。
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