第45話 ヤンキースへの移籍
2003年のヤンキースは最強でした。ジョー・トーリが監督に就任した1996年から1997年を除いて(2位)、常にアメリカン・リーグ東部地区では常に首位に立ってきました。しかも、1996年から2000年(同じく1997年を除く)ではワールドシリーズで優勝しています。こんなチームにダスティンとジョンは移るのです。しかも松井秀喜と一緒に。その当時、ヤンキースには、1番から順にアルフォンソ・ソリアーノ 、デレク・ジーター 、ジェイソン・ジアンビ、バーニー・ウィリアムズ、5番には松井秀喜、ホルヘ・ポサダと続く強力打線です。 投手陣もロジャー・クレメンス、 R マイク・ムシーナ、R ジェフ・ウェーバー、L アンディー・ペティートと豪華な布陣に加えてクローザ―(押さえ)にはマリアーノ・リベラがいました。先発ピッチャーの一角にダスティンを就かせようとしたのですが、最初はセットアップマン(日本では『リリーフと呼ばれますがメジャーではSetupとかrelieverと呼ばれます)に指名されました。6回、7回まで先発が投げ、約100球程度でダスティンが登場するのです。狙いは明らかで、先発の投手とは全く異なる球種で混乱させ、マリアーノ・リベラのフォーシームストレートとカッター(カットボール ‐ ストレートとスライダーの間)で打ちとめるのです。
ダスティンは慣れないセットアップには苦労しました。理由は簡単です。短いイニングでも毎日のように投げなきゃならないのです。勿論、疲労はたまると他の投手が出場しましたが、「プライド」が許さないのでした。しかも、自責点は1点を切る素晴らしい成績でした。松井選手も同じ「ジャイアンツ組」として大変喜んでくれました。そこに、昔から仲が良かったホルヘとバーニーが加わり、英語、スペイン語、そして少しの日本語が飛び交う妙な会話が続き、他の選手も仲間に入ろうと近寄ってくる始末です。ただ、ダスティンは試合が始まるとブルペンにいますので一般の観客にはこの妙な関係は知りませんでした。
一方ジョンは、ジャイアンツで作り上げた理論をヤンキース用に作りかえました。日本とは異なる習慣のアメリカ式に変更した内容が多かったのですが、すんなり機能し始めました。トーリ監督には采配時にこの理論に加えて、相手選手の「癖」を見極め、指示を出すよう頼みました。相手選手が、ノー天気、焦っている、プライドが高い、アイリッシュ・テンパー(短気)の持ち主、などの性格と状況を加味して見極めるのです。メジャーリーグには数多くのチームが存在し、アメリカンリーグとナショナルリーグが試合をするインターリーグもありました。全選手の記録を取るのは大変でしたが、ジョンは3人のアシスタントを駆使し、試合予定のあるチームをすべて分析し監督に報告するのでした。その内容を基に選手ごとの傾向をつかみ後は現場で判断すればよいのです。方法は単純です。「目」を見るのです。目が泳いでいる、とか一点をじっと見ている、とか、いろいろな精神状態が「目」に現れるのです。この相手の「目」を見る采配は選手間でも流行り出し、バッターなどは次に来るボールなどを予測するのに役立ちました。
チームは完全な状態であるとメディアは書きたて、ワールドシリーズの対戦相手はシカゴ・カブスを破ってきたフロリダ・マーリンズには「sweep – (4たて)」を期待する見出しが躍りました。しかし、現実にはヤンキースの歯車がかみ合わず、チャンピオンリングはマーリンズに持っていかれました。敗戦の原因はさまざまな理由がありましたが、一番大きな理由は、選手の疲労でした。1日早くワールドシリーズの出場を決定していたマーリンズに比べ、リーグ優勝でボストン・レッドソックスと死闘を繰り返していたヤンキースの各選手には疲労が溜まっていました。それに、マーリンズは低予算チーム、つまり高額な年俸を取るスター選手があまりいないチームで、下馬評でもマーリンズが優勝するのは無理だろう、というものでした。肉体的な疲労に加え、さらにヤンキース球団の監督、コーチ、選手そして関係者全員がマーリンズを「なめていた」こともあります。
ワールドシリーズの敗戦の後、誰かが責任を取らされるものです。オーナーのジョージ・スタインブレナーは何人かの選手とジョンをスケープゴートとして選び、球団に発表しました。これに怒ったのがトーリ監督でした。ジョンのベースボール・セオリーはヤンキースを一新し、選手全体がまとまったプレーができる基本論理です。それを作り上げたジョンを「切る」のは許せませんでした。スタインブレナーもトーリ監督も一歩も引きませんでした。トーリ監督自身の身も危なくなる熾烈な話し合いにジョンは「嫌気」が差しました。「もういいや」、とダスティンと秀喜に言ってヤンキースを去ることにしました。ただ、ジョンのヤンキースでの仕事を一番喜んでくれていたエイドリアン爺さんには悪いな、と思いながら、荷物をまとめました。ダスティンはセットアップマンから、先発ピッチャーに変わりたいと思っていたのに相談するジョンというパートナーを失うことになるのも気がかりでした。
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