第44話 その後のジョンとダスティン

   その後の2年間で、ジャイアンツは大きく変貌します。ジョンのセオリー・理論が確立され、2001年は効率の良いベースボールを展開し、全試合の平均得点は5点弱と驚異的な記録を残したのですが、残念ながらピッチャー陣の頑張りがなく、5月下旬から7連敗するなどし、結局、チーム防御率が4.45まで落ちて、シーズン終了時では3ゲームの差をつけられヤクルト・スワローズに続く2位で終了しました。この結果をうけて、長嶋監督は原辰徳ヘッドコーチ監督の座を譲り、終身名誉監督として勇退した。しかし、仁志敏久、二岡智宏、高橋由伸、松井秀喜、清原和博、江藤智、清水隆行、阿部慎之助、上原浩治のラインアップが最強だと評価され、ジョンの描いたベースボールが絶好調となりました。ジョンが驚いたのは、長嶋監督が頭を悩ましたイチロー選手が、2000年11月にポスティングシステムによる交渉権をシアトル・マリナーズに移籍し、野手としては日本人初のメジャーリーガーとなったことです。

   2002年では、新生原監督体制でもジョンのセオリーを引き継ぎ、いやむしろ磨きがかかり、ダントツの成績を残します。前年度のラインアップがほぼそのまま活躍し、前年リーグ最下位だったチーム防御率がダスティンの活躍や、ジョンのセオリーを用いた投球術により飛躍的に改善し、リーグ1位になりました。その結果、セ・リーグでの2位に対し最終的に11ゲーム差をつけて優勝し、日本シリーズでは西武・ライオンズに対し4連勝をストレートで飾り、圧倒的な結果を残しました。

   ジョンはジャイアンツでのセオリー野球がほぼ確立したことと、契約が終了する2002年の年度末に、将来の道を決める時が来ました。シリーズ優勝し、日本シリーズ前の西武ライオンズ対策を練っている時に、「ダスティン、俺は来年にはジャイアンツと契約を結ばないつもりだ」。

「君のセオリーはジャイアンツで`from scratch`(「1」)から作り上げて、確率させ、全く完璧に浸透させたと思うよ。しかし、一度、野球理論が確立すると、もうやることもないよなぁ」

「そうなんだ。ダスティンはどうする?契約は切れるから、契約更新するか他球団、特にメジャーリーグからの誘いはないの?」

「まだはっきりはしていないんだけど、エージェントの話では2~3チームあるらしいんだ」

   二人は、とにかくいろいろな考えをまとめ、結論を出すにしても今は、日本シリーズに集中し、その後に結論を出す事にしました。そんなある日、来日していたニューヨーク・タイムズの記者からびっくりするようなニュースをダスティンが聞きました。松井秀喜選手が、巨人がビジター用ユニフォームの胸ロゴを「TOKYO」から「YOMIURI」に変えたことに「伝統を重んじるのがジャイアンツのはずだ」と発言したことで、オーナーの渡邉恒雄の怒りを買い不仲であったことと、松井選手をニューヨーク・ヤンキースが獲得に乗り出している、というのです。ダスティンはこのニュースを聞いたとたんにジョンに伝えました。

「ジョー・トーリ監督は俺がジャイアンツに来るときにも世話になったし、思いやりのある監督だから、ゴジラはきっと、ニューヨークに行くと思うよ。それに、最近、俺にも監督直々に『かえって来いよ』と言ってもらっているんだ」と、ジョンに報告した。

   日本シリーズ終了後のある日、松井秀喜選手がジョンとダスティンに秘密裏に会いたい、と伝えてきました。エージェントとジャイアンツ球団との手前、大っぴらには会えないのです。場所はジョンの住んでいるマンションに集まりました。

「ジョンさん、お邪魔します。シドニーさん、お邪魔します」、とご丁寧な挨拶とともに松井秀喜選手が入ってきました。かなり日本語もしゃべれるようになっていたシドニーの通訳?で日本語と英語の入り混じる会話が始まりました。

「ボストン・レッドソックスやニューヨーク・メッツも声をかけられて、私のエージェントが交渉していますが、いずれにせよ、アメリカの東海岸のチームに行くことになると思います」

「長嶋名誉監督は止めなかったの?」

「球団関係者の前では、止めましたが、見えないところでウィンクをしてくれました。僕はあのウィンクを『行ってこい』というメッセージだと思っているんです」。

「ヤンキース、レッドソックス、メッツ、どのチームもジャイアンツと同じで伝統のあるチームで決めるのが難しいね」。

「ここだけの話、今日、来たのはジョー・トーリ監督とヤンキースの選手の話をしてもらえないか、と思って」

「なぁ~だ、心は決まっているんだ」

「いや、条件面がまだだから正式じゃないんだ。もう少しチームについて詳しくなっておこうと思ったんで」。

そこに、ダスティンとアレクサンドラがやってきました。「なぁ~んだ、揃ってるんだ」

「ダスティン、秀喜はもうヤンキースに恋しているみたいだよ?!」

「だと、思った。シーズン中、秀喜とメジャーについて雑談したとき、必ず、ヤンキースの話を聞いていたから」。

「そーだったの。ダスティンは元、いたチームだから詳しい話が聞けるしね」、とジョン。ここで、思いがけないことを松井選手が切り出します。「実は、トーリ監督から、`confidential`な話として言われたのが、ジョンとダスティンも一緒に来ないか聞いてくれっていうんだ」

ジョンが食いつきます。「ちょっと待ってくれよ。ダスティンは過去に在籍した選手だからわかるけれど、どうして僕も誘われるんだい?」

「ジョンは知らないかもしれないけれど、君のセオリーはトーリ監督のお気に入り、なんだって」

「どうして、トーリ監督が俺のジャイアンツのために作ったセオリーを知っているんだ???」

松井秀喜選手はにこっ、としながらダスティンを見ています。ダスティンは、両手を開いて「僕、知~らない」

   2時間くらいかけて、ひとしきり話が終わったところで、ジョンもダスティンも女性陣を見ています。シドニーは、ぴしゃりと一言いいました。

「男の人は話が済むと、なぜ食べることしか頭にないの?」

3人の男は、ワインを片手に夕食の準備を執事のように手伝うことにしました。

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