第42話 1998年度の総括
ジョンの分析とセオリーの球団内の反応は、みんなが認めてはいたものの、旧態依然とした昔ながらの野球論には勝てませんでした。特にジャイアンツは歴史があり、球団のみならず野球界全体に目に見えない圧力があり、アメリカ式の数字と異文化の理論に基づいたセオリーは、実戦ではなかなか受け入れられませんでした。長嶋監督は、しかしながら、積極的にジョンのセオリーを試そうとしてくれました。彼自身、大リーグへの造詣が深く、ジョンのセオリーの本質を理解してくれた数少ない理解者でした。しかし、ジョンは来日する前から日本人の組織についてミミ母さんやその他の親日家の米人から聞いていました。「根回し」がなく急に変革を求められても、急には受け入れてくれないことや、OBを含む長老の選手や球団の実力者は「変革」が苦手であるということでした。カリフォルニアとほぼ同じ面積にアメリカの人口の半分が住む日本。どこに行っても人だらけの都市部。つまり何をするにしても「人の目」を気にする日本人は変革に対して、自分の周りから「何を言われるか、わかったもんじゃない」、を怖がるのです。小さいころから、「そんなことをしたら笑われますよ!」という教育を受けた日本人に対し、「笑われてもいいから、正しいと思ったことをやりなさい」と教わる欧米人との間には常に隔たりがあるというものです。良い提案だと思っていることを受け入れられない傾向にはそんな背景があることを知っていたジョンは、さほど気にもせず、
「Que Sera, Sera」と歌って気にもしませんでした。むしろ、ジョンのセオリーが日本の野球に対し理に適っていて有効だということがいつか分かってくれる、とのんびり構えることにしました。
問題はダスティンでした。彼は多少、短気なところがあり、かっとなる癖がありました。ジョンにも諭され、殆ど目立たなくなりましたが、問題の一つは気心の知れたキャッチャーがいないことと、もう一つは審判のコールでした。ボールだと思っている投球を「ストライク」とコールされて怒るピッチャーはいませんが、逆は困ったものになります。
「今のが、ボールかよ!」とか、「さっきはストライク、取ってくれたじゃないか」とか叫んでしまいます。特に、2ストライクまで取って、三振を狙う球を「ボール」のコールをされると、組み立てが全く違ったものになるからです。ダスティンは常にこの「2人」に神経をすり減らしていました。それでも村田真一というベテランのキャッチャーとはジョンを交えた話し合いでかなりダスティンの球種にも慣れ、うまくいっていました。また、村田選手は審判との駆け引きもうまく、ダスティンの心理を分かったキャッチングをしてくれるようになり、完投、中5日のローテーションがダスティンにとって最適だといって、堀内恒夫(ヘッドコーチ)池谷公二郎(投手コーチ)を説得してくれました。おかげでそのシーズンは13勝2敗でシーズンを終えました。完投勝利が多かったのは、言うまでもなく球種が多く、肩・肘に負担をかけない投球を村田選手が考えてくれたからです。しかし、村田選手自体も問題を抱えていました。当時のキャッチャーには生え抜きのベテランが多く、ピッチャーのリードは抜群でしたが打率が低く、規定打席を満たしたことはあまりありませんでした。つまり出場機会が限られていたのでした。ダスティンの見方をするキャッチャーに代打が送られると、ダスティンの新しいキャッチャーへの投球が乱れるのでした。ダスティンは、ジョンに、
「真一でないと、ストライクがボールと判定されるような気がする」
とまで言いはじめました。本来ならダスティンは17~18勝すべき投手でしたがキャッチャーと相性が重要だったのです。今後の大きな課題となりました。
この年の2回目の長嶋茂雄監督体制の6年目(通算で12年目)のシーズンでした。開幕ダッシュを期待されましたが期待されたほどの成績は残せず、さらに勝率3割程度まで落ち込んで結局、そのシーズンはセリーグで3位の成績でした。常勝のジャイアンツのこの成績に対するメディアのまとめでは、ベテラン選手は他球団からの移籍組が多く、若手選手とのまとまりがなく単発的な活躍しかできなかったことや、ダスティン以外の新人投手陣があまり活躍していない、さらに、大砲が多い割にはチームプレーができるシュアなバッターがあまりいなかったことが挙げられました。
ジョンとダスティンの契約から行っても来年度、つまり1999年度には契約を継続することは決まっていましたが、特に、ジョンのセオリーへの理解度を高めることと、さらに深い分析が要求されました。長嶋監督はジョンのセオリーに活路を見出そうとしていたのでした。
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