第41話 1998年度シリーズ

    ジョンもダスティンも順調な準備を終えることができました。ダスティンの身体能力はほぼ100%まで回復し、肘や肩の痛みも体力も以前にもまして良い出来栄えです。ダスティンの目下、集中していることはある程度球種を絞ることでした。ジョンは、ここぞという対戦のキーとなる一球を見せたことのない球種を使えばいいのでは、という言葉を受け入れることにしました。つまり、3~4種の球種をメインに使い、秘密の魔球を2から3種類持つべきだというのです。今は、どの球種をメインで投げ、度の球種を魔球にするかを球団のコーチ陣とジョンの力を借りながら決めているところです。

また、日常の生活でアレクサンドラとの婚姻を済ませ、住居も決まり、(新婚旅行はこのシーズンが終わったオフに計画します)、意外に食生活も楽しむことができました。Fishy(生臭い)のが魚だと思っていましたが、日本の魚は新鮮で、生臭いどころかそれぞれの魚の新鮮な味を堪能できる様になりました。ダスティンはいわゆる生活を「謳歌」しているのでした。

   一方、ジョンは球団からもらった一軍全選手のデータを分析中です。勿論、ジョンはケビン父さんと組み立てたセオリーに基づいてデータを入力し解析をしていますが、ケビン父さんと共同で作業をしていた野球統計の専門家でもあるビル・ジェームズ(George William “Bill” James, 1949年- )氏によって1970年代に提唱された「セイバーメトリックス(SABRmetrics)」という統計学をジャイアンツに側に理解してもらわなくてはなりません。大変難しい作業になります。そもそも、セイバーメトリックスというものは野球での様々な指標または価値基準が存在すし、これらの統計学から割り出した数値を客観的に分析し、そしてセオリーとして定着したものでした。その結果をゲーム中の采配に生かそうとしたものです。

   「セイバーメトリックスは統計学ですが、その統計から出てきた内容だけではうまくいきません」と、ジャイアンツ関係者への説明会でジョンは語ります。

「あくまでも統計学だけでは選手を簡単に理解できないのです。また、統計学だけでは采配時に間違ったことが多く発生します。その理由は簡単です。『人間という不確定要素』が選手ごとに存在するからです。監督の采配はGame Board(野球盤)ではないのです」。とジョンは続けます。

   人間である選手には選手ごとの外的・内的要素が満載です。「例えば試合前に何をどれだけ食べ、お通じがあったか否か、といった食生活が一つの要因です。その他にも、連戦の疲れの度合い、ピッチャーなら前の登板からとの程度回復しているか、睡眠は十分にとったか・・・などです」。

ジョンは続けます。「さらに、その日の気温と湿度。勿論、冷房の効いたドームで試合か、雨後の真夏の強烈な日差しのゲームなのか、といった外的要因です。逆に、指や足先が凍る寒波の中の試合や強風の中の試合なのか、ということも加味しなければなりません」。

「さらに個人の性格も重要な要因です。すぐにカッとなる選手か、穏便な選手か、といった性格も関係してきます」

長嶋監督は透かさず「バルビーノ(ガルベス)なんかは、血の気が多いですね~」と言って周りを笑わしています。(事実、この年の7月31日の対阪神戦の甲子園で大乱闘を起こしています)

「以前、頂いた選手ごとの過去のデータを入力していますが、先ほど申しましたようにセイバーメトリックス分析で、さらに、個人個人の性格や筋肉量と質、生活内容や正確などを加味してセオリーを作り上げてご報告いたします」。

ジャイアンツ球団関係者は「具体的には実際の試合に当てはめて、どういうセオリーがあるのですか?」

「はい、例えば、3点ビハインドで9回の裏の攻撃が始まるとします。ピッチャーの打席だとすると、代打を告げるのですが、ヒットよりフォアボールでの出塁を狙うのがセオリーです。選球眼が良く、臭い球にはくらいついてファールにできるような選手を代打で出します。通常、次は1番打者ですので、同じくベストなのは塁に出るシュアなバッティングを指示します。これで、うまくいけば、3,4番の前に、つまり清原、松井の両選手の前にランナーが溜まっている、ということになる訳です。最初から長距離バッターを代打で指名しない、ということです」。

長嶋監督は「川相昌弘、元木大介、緒方耕一、仁志敏久、吉村禎章という塁に出ることが上手な選手に加えて清原和博、石井浩郎、ダンカン、広沢克、高橋由伸、松井秀喜、清水隆行などの長距離バッターがいますが、今までの代打攻勢はガツンと言わせるために、長距離バッターを送り、敬遠気味のフォアボールを狙っていましたね~」

「ジョンは、いえ、それが間違いとは言えないのです。相手のピッチャーがどれだけ心理的に圧倒されるか、が問題です。つまり、心理作戦なのです。その際に役に立つのが、出塁率になります。選球眼の良い選手なのかピッチャーにプレッシャーを与えられる長距離バッターなのか、数字で示すのが私の仕事、ということになります。さらに監督が理解していただければ同じ状況で違った采配をされたことに対する、選手への評価方法を示しますので、ご検討ください」。

これだけでは、ジャイアンツ球団の出席者全員がジョンの言っていることを理解したかは不明ですが、会議後の彼らは一応に満足したようでした。ほっと、一安心です。


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