第37話 ミーティング

   ダスティンの投球テストに対する評価は素晴らしいものでした。トミー・ジョン手術のリハビリ中で、あれだけの投球ができるのであれば、肩・肘が万全になれば球種を少なくするにしても、日本のバッターには打たれないのは明らかでした。いろいろな日米野球自体の違いで、過去、メジャーで活躍して日本でつぶれた投手が数多くいましたので、単純に成功するとは限りませんが、ダスティンについては何か、不思議な「成功」のにおいがしていました。日米の違いでも最もメジャーリーガーが困ったのは主に3つです。ボールの大きさ、ストライクゾーンの違い、そして、マウントの固さです。勿論、監督からのサインの出し方がチームプレーで個人の能力より確率を重視することや配球など細かなことはいっぱいあるのですが、それは、時間の問題です。ダスティンとは、後はエージェントとの契約金の交渉だけとなりました。

   さて、次はジョンの番です。ジョンの場合は、長嶋監督の「鶴の一声」で球団関係者は「ジョンはジャイアンツに何をしてくれるか?」を明確にするだけです。いったに何を知っているのか、という上から目線的な球団関係者の態度を相手にジョンはいろいろと説明していかなくてはなりません。ダスティンは、その間、シャワーを浴びリフレッシュして戻ってくる、と言って今は部屋にはいません。Lone struggle(孤軍奮闘)です。ジョンは皮切りに、

「みなさんは伝統あるジャイアンツに今従事されています。たぶん、その長年の野球に関する独特の認識があると思います。」

「ちょっと、意味が分かりません。具体的には?」

「はい、例を挙げてご説明します。まず、9回裏5対2で負けている時に満塁になったとします。そこに、長嶋監督の選手時代の様な4番打者がバッターボックスに入ったとします。その結果、フォアボールを選び、押し出しで1点入り5対3になったとします。ファンは満塁さよならホームランを期待していたとすれば、『落胆』するでしょう。球団としても同じでしょう。しかし、相手の球団にすれば、3点差が2点差になって、次のバッタ―には2塁打で同点にされる、ホームランや3塁打ならもちろんさよなら、2塁打でも、飛んだコースによってはさよならの可能性があります。つまり、4番打者のフォアボールは相手にとっては1点を失うことだけではなく、心理的に『今度はホームランでなくともサヨナラ負けする』ということになると、『まずい』と感じ心理的に追い込まれることになるのです。」

「それは、分かりますが、おっしゃりたいことは?」

「はい、野球は『心理戦』だということです。パーフェクトなピッチングを続けていたピッチャーが急に崩れて、連打されたり、ホームランをうたれたり、一つのフォアボールが大量得点につながるのは、それまでの慣れ親しんだ方法だけでは、つまり『統計学』だけでは采配がうまくいかない、ということです。」

「確かに、おっしゃる通りですが、チームの選手にそれをどう理解させてプレーさせるのですか?」

「統計はすべてではない、と言いましたが、重要なことには変わりがありません。3割バッターは10分の3の確率でヒットを打ってくれますが、塁が埋まっている時の打率は通常上がるものです。長嶋監督の現役時代、普通の強打者ではありましたが、ほかにも強打者と呼ばれる選手はいっぱいいました。しかしなぜ長嶋選手は国民的な人気があった、と思いますか?勿論、私もお会いしていますのでわかるのですが、人柄や性格、話し方などの要因もあったでしょうが、なんといってもチャンスに強かったからではないでしょうか?」

「その通りです」

「従って、私ができることは、過去のデータを分析し統計を出すだけではなく、新しい判断基準を提案したり、練習方法を開発したりすることです。それに、選手一人ひとりのみなさんによる査定方法も含みます。」

「査定方法ですか?」

「はい。例えば、みなさんの今までの査定方法は、打率、打点、走塁、盗塁数、キャッチャーなら盗塁阻止率、ピッチャーなら奪三振、フォアボール数、RBI(run batted in)つまり打点などをシーズンオフの交渉材料としてきたと思いますが、いずれ私が提案できるのは、---もちろん採用していただいてからですが、---数値による管理方法も含んでいます」。

「何かサンプルのような例はありますか?」

「では、フォアボールについて例を挙げます。大量にリードされていて、ピッチャーがフォアボールを出したら、その打者には「1」を与えます。フォアボール自体、塁に出ているので点数を上げますが、相手のピッチャーが心理的に『まずい』と思うようなものではありません。先ほどの9回裏の満塁の場合のフォアボールは1点返した、自分も出塁してまだ満塁である、次の打者の打撃によっては逆転もあり得る状態保った、などなどで、私なら「3」点を上げます。その時の球場の雰囲気や相手チームの動揺の度合い、例えばピッチャーを交代させるようなことです、次のバッターの能力、などなど、を考慮して点数を決めればいいと思います。つまり、チーム貢献度を数値化することで選手が理解を示し、監督の采配がスムーズに行くようにするものです。オファボールが相手のピッチャーのミスというだけでは細かく査定できません。フォアボールにも価値が違うことを理解しなければならないと思います」。

「なるほど、大変よくわかりました。ほかにも、ジョンさんは、何をしていただけるのでしょうか」

「はい、選手の過去のデータをもらえば、その選手の弱点と能力を分析し、練習方法をテーラーメイドで一人ひとりずつ提案できます。選手全体の「底上げ」に役立つものです。これは、わたくしの父がメジャーの何チームかで成功をした手法を使います。成功事例はお配りした資料に書かれています」

   それから、いろいろなジョンの知識が披露され、ベンチ入りできる人数(監督 1名、コーチ 5名、選手 25名、マネジャー 1名、トレーナー 1名、広報担当または用具係 1名、通訳を必要とする場合の1名)の中に何とか入れられないかと、球団関係者は考えるまでに、感銘を受けました。

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