第36話 ダスティンのテスト

    ダスティンの肘の回復を見るためもあって会議の会場は東京ドーム(別名:ビッグ・エッグ)でした。他球団への情報漏れに配慮し、ジャイアンツの職員以外誰もいない状態で開かれました。驚いたのは、長嶋監督直々に、挨拶だけですが、二人を出迎えてくれたことです。大きな笑顔で固い握手の後、ダスティンは、

「おい、監督自らのお出迎いだぜ。緊張するよな」。

「肘はかなり良くなっているのだから、緊張することはないさ。むしろ、気楽に、play catch(キャッチボール)すればいいんじゃないかな」、と言ってジョンは肩を回してリラックスするように仕向けました。最初はフィールドでダスティンの肩・肘のチェックでした。二人は30分ほどもらい、ランニングからウォームアップをしました。ジョンは、それでも緊張しているダスティンに周りの看板やサインの日本語の形などを見て、ジョークをいくつかいいました。ダスティンは体も精神もようやく解れてきたようで、安心をしました。次は、本番ですが、15球くらいキャッチボールをしました。ここで困ったことが発生しました。

「ジョン、このピッチャーマウントは柔らかすぎるよ。足がとられてうまくいかないかもしれない」。

すかさず、球団関係者にジョンはその旨を伝えました。球団関係者は、メジャーのマウントと比べ日本のマウントは柔らかいことは有名で知っていましたし、その対応もすぐに思いつきました。ダスティンが採用となった時には慣れてもらわなければいけないにしても、今日はテストの意味合いもあったので、球団関係者はグランドキーパーに話して、何かを指示しました。5分後、グランドキーパーは、Handcar(和製英語でリアカーと呼ばれるもの)を引いてきて作業を開始しました。ちょうどダスティンの踏み出す足あたりの土を1m四方20cm程度削り、トラック生地(ポリウレタン製でレンガ色)の板を敷き、その上から土をかぶせて、「たこ」と呼ばれる木製の道具で押し固めました。その間、作業は約5分ほどでした。ジョンもダスティンも目を白黒させています。日本人のefficiency(効率的)な作業能力に驚いているのです。

    ダスティンは再びキャッチボールを始めました。今度は完璧だ、とダスティンは親指を立ててジョンにサインを送っています。いよいよ、ジャイアンツの球団関係者を後ろに並ばせ、手配しておいた二軍の選手をバッターボックスに立たせ投球を開始することになりました。キャッチャーを務めるのはもちろんジョンです。防具を付けながらジョンは、

「気楽に行こう!最初はバッターを驚かすため左サイドスローのカーブから!」

「バッターが右打者だから遠くから曲がってインコースに来るから、きっと空振りするよ」

ダスティンは振りかぶりました。サイドスローですので、バッターにすれば、一塁の方向にピッチャーにリリースポイントがあり、やけにストライクゾーンから離れた位置に見えるはずです。案の定、大空振りでした。次はオーバースローのフォーシームストレートです。変化球を見せられた後の速球は打てるものではありません。特にバッターは多彩な変化球投手、とダスティンのことを聞いていますので、130kmのボールでも打てません。そこに150kmの速球はど真ん中でもバットには触れもしませんでした。最後はスプリットフィンガーを投げることにしました。理由は、速球の後、同じフォームで投げられたちょっと遅めのボールは絶対にバッターは振るからです。ところがストライクゾーン直前でスーッとボールは沈むのです。このバッターは、

「消える魔球ですよ。恥ずかしいのですが三球三振してしまいました」。球団関係者はお互いに顔を見合っています。その後、20球ほど投げました。すべて違う投法と球種でした。その間、「すべて振っていけ」と言われていたバッターはやっとバットに当てた2本以外、すべて空振りでした。

    球団関係者は、大変満足していました。しかし、ダスティンの問題は、これだけの変化球の投球の後の肘と肩の負担と体力で、何回まで持つか、という問題だけでした。次に控えるミーティングでそのことを話し合うことになりました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る