第32話 テスト対決分析

    話し合いの結果、シカゴ・ホワイトソックスの球団からの食事の誘いもあり、球団が手配したレストランにケビン父さん、ジョン、ダスティンも招かれた形になりました。場所は「MJ’sステーキハウス」というレストランという名前だけ知らされていました。リムジンも手配されていましたし、我々が長嶋監督と松井選手と会っていることはホワイトソックスの球団も知っていたわけですので、追加の予約は簡単に進んだ、とのことです。最も、ホワイトソックスの球団はシカゴの顔的存在でしたので、多少の無理はきくのでしょう。しかし、驚いたのは、レストランです。MJとはマイケル・ジョーダンのことで、用意されたのはプライベート・ルームで、マイケル・ジョーダンの写真やサインボールなどが展示され、さらにあちらこちらに「23」や「45」(マイケル・ジョーダンのブルズ時代の背番号)のデザインが施された特別室に案内されました。マイケル・ジョーダンは野球からバスケットに復帰したばかりで、レストランは超満員でした。そういえばシカゴ・ブルズもシカゴ・ホワイトソックスもジェリー・ラインズドーフ氏がオーナーを務めています。事実、マイケル・ジョーダンはMLBのシカゴ・ホワイトソックス傘下AA級バーミンガムに入団していました。ホワイトソックスの連中はマイケル・ジョーダンに直に予約を依頼したのですが、その際、ケビン・マクドナルド氏が一緒だというと二つ返事でOKになりました。ボストン・セルティックス時代のケビン父さんが花形選手だという事を覚えていて、「俺もどうせきしたいよ!」と嘆いたそうです。

   長嶋監督はメニューを見ながら、

「松井君、適当に頼んどいてくれ、お願いしま~す」。

と、いつもの調子です。みんながオーダーを終えるとさっそく長嶋監督が思っていたことを話し出しました。

「ホワイトソックスの方々は聞かないことにしてください!」

「監督、ご招待を受けている球団の方々に失礼ですよ~」

と、松井選手。ホワイトソックスとヤンキースはアメリカンリーグでよく試合をする強敵で、聞かれてはまずい話があるわけです。しかし、ホワイトソックスの球団も長嶋監督の「ジョーク」として受け取り、笑いながらワインを片手に笑みを浮かべながら、部屋の端に移動しました。みんな心得ているようです。

「ダスティン君、僕の提案だけれど、球種を3~4種類に絞ったほうがいいと思う。直球と、そーですね~、スライダー、シンカー、そしてスプリットフィンガーくらいですかね?」

勿論この会話はホワイトソックスには聞かれたくないでしょうが、長嶋監督は平気です。ケビンとうさんが付け加えます。

「僕も賛成です。トミー・ジョン手術を受けた肘の負担をできる限り減らしたほうがいいと思うよ」

ダスティンは今まで続けてきた彼の投球内容を変更できるか不安ですし、なんといってもダスティンの代名詞となっている「予想不可能なボールをなげる」が崩れるわけです。ケビン父さんが続けます。

「ダスティン、ノーラン・ライアンはストレート、今でいうフォーシーム・ファーストボールと縦に落ちるカーブの2種類で通算およびシーズン奪三振記録保持者になっている。サンディー・コーファックスもストレートとカーブ。カーブが来るとわかっていた打者が打てないくらい鋭く落ちたんだ。それで、ノーヒットノーラン4回。投手三冠王3回。サイヤング賞3回獲得している。ロジャー・クレメンスは剛速球とスプリットフィンガーファーストボール。これで、サイヤング賞7回、一試合27人のバッターに対し20奪三振2回もやっている。「オマハ超特急」と呼ばれたカージナルスの豪腕エース、ボブ・ギブソンは剛速球とスライダーと大きく曲がるカーブだけで、サイヤング賞2回も取っている。グレッグ・マダックスはカットボールやスライダー、カーブを直球と混ぜて使った。 1990年以降のメジャーリーグで最も優れた右投手で現代では驚異的な350勝を超え、17年連続の偉業を成し遂げているよ」。

通訳の人が、やっと一息するのを見てケビン父さんは、通訳の肩に手を置いて「済まなかった」と言っています。しかし、さらにケビン父さんは続けます。

「それに、今、あげた優秀な投手は全員スマートなピッチングしているよ。まず、打者の立ち方、グリップの位置、バットが平行か立てているか、を「目」で見て判断するんだ。キャッチャーも同じことをして、次に投げる球種を決めているんだよ」

松井選手は「日米でスタイルが違うものの、やっていることは同じなんですね」とフォローする。

「今年の日本シリーズで敗れた相手のオリックス・ブルーウェーブのイチローという選手にはたぶん、ダスティン君の球は、ファールの山を築くでしょうね」と、長嶋監督は、優れた打者にはファールで逃げるということができることを暗示しました。

   料理が運ばれてきました。ホワイトソックスの連中も席につき、その夜は、野球談議に花が咲きました。分厚いステーキにベースボールの話をプロの選手や監督、関係者が冗談交じりにしているのですから、これぞアメリカンな夜を楽しく過ごしました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る