第31話 ダスティンとジョンのバッテリー対松井秀喜

   長嶋監督の思惑は日本を代表するバッター、松井秀喜選手の「目」でダスティンとジョンのバッテリーの球をみせ、自分も元スラッガーとしてネットの後ろから「球筋」を見極め、日本のピッチャーに投げさせるものがあるかを確認したかったのです。必要であれば、自分でもバッターボックスに立ち、直に球筋を確認しようとも思っていました。

「秀喜、ダスティンっていうピッチャーは、2シーム、4シーム、ノーシームを使い分けるんだ。それで、直球、カーブ、スライダー、シュート、シンカー、スプリット・フィンガー、チェンジアップなどをピッチャーマウントの位置を変え、左右両手で投げてくるんだ。打てると思うか?」

「『やま』を張っては打てないでしょうね。たぶん2つトライク後のバッティングになるでしょうが、球種がそれだけあると打てるかどうか不安です」。

「しかし、ダスティンはトミー・ジョン手術のリハビリ中だというから、肘に負担のかかる球は来ないかもしれないって言っていた」。長嶋監督は、これから起こる何かに不安ながら、楽しみでもあるという笑みを浮かべています。一方、松井選手は、日本一のスラッガーと紹介されている以上、真剣にならざるを得ません。

    迎えのリムジンが到着したのが、こんな会話をしている時でした。行先はケビン父さんが手配してくれている、USセルラー・フィールド(U.S.Cellular Field)は、シカゴ・ホワイトソックスのホーム球場です。もともとはコミスキー・パークと呼ばれていましたが、老朽化に伴い、1980年代中頃に新たに建造され、旧球場の隣に建設されました。開場当初は旧球場と同じく「コミスキー・パーク」と名乗っていましたが、現在のセルラー・フィールドという名称になりました。ホワイトソックスの名にちなんで白を基調とした美しい球場です。

     到着すると、ケビン父さん、ジョン、そしてダスティンがすでにアップをしていました。松井選手も、挨拶が終わると、軽いランニングからアップを始めました。松井選手にとっては、メジャーリーグの球場ですし、雰囲気にも慣れておこうとおもったのか、しきりに細かなことを観察しながらです。ジョンとダスティンは軽いプレイキャッチ(キャッチボール)を始めています。その間、長嶋監督とケビン父さんは日米の野球の違いやストライクゾーンの違いなどについて雑談しています。

3人はアップが終わって、汗を拭き、水分補給のために戻ってきました。いよいよ、テスト対決の始まりです。

「最初の2~3球は直球で、その後は変化球を織り交ぜて投げよう」と、ジョンがそっと言いました。ダスティンは頷いてから、ピッチングマウントに歩き出しました。それからダスティンとジョンは軽めの投球で最後のウォームアップをしています。松井選手はバットの素振りをして、バッターボックスの土をスパイクで掘り返しています。彼にとってメジャーの土は固いので苦労しているようです。

    「よーし、初めてくれ」とケビン父さんは叫んで、テスト対決を催促しています。キャッチャー役のジョンの後ろには、強化ガラス窓を埋め込んだボードにビデオカメラを設置されています。もちろんこれは、この対決を後で分析する為です。いよいよ始まりです。

    第一球目は予定通り直球です。156キロのスピードボールがど真ん中のストライクボールで投げられました。松井選手は微動だにせず、見送りました。明らかに松井選手はダスティンの投球スタイルや一連の投球動作を観察しています。第二球目は同じく直球がきました。松井選手は、体重を左足に残したまま素晴らしいフォームでバットを振りぬきました。松井選手が打ったボールは高い軌道を描き、ライトスタンド中断に吸い込まれました。長嶋監督もケビン父さんもにこりと笑みを浮かべています。長嶋監督にすれば「我が愛弟子が立派なホームランを打った、よしよし…」の意味でしょうし、ケビン父さんにすれば、「日本のスラッガーも大したものだ!」の微笑みでした。

   そして、つぎにカーブ、スライダー、シュート、シンカー、スプリット・フィンガー、チェンジアップを直球に混ぜながら左右投げを混ぜながらダスティンは投げました。実際の試合では、左右を変更することは同じ打席ではできませんが、三振のないテストですので、織り交ぜながら投げても構わないルールでした。松井選手は、最初、バットに当てるのがやっとの打撃でしたが、徐々にファウルできるようになりました。勿論、ヒット性の強い当たりもありましたが、実際の試合では、野手の正面を突く内野ゴロになって、必ずしもヒットになるとは限りませんが、ダスティンのボールをここまで跳ね返す、この日本人スラッガーにはダスティン父さんは首を横に振りながら、感心して観ています。

  長嶋監督はOKサインをだしました。これでテストは終了です。40球程度を投げた後、松井選手が長嶋監督に向かって言いました。

「いやー、試合になったら、このピッチャーは打てないでしょう。ストライクアウト(三振)がない状態では、来るボールに対応すればいいので、バットに当てられますが、2ストライク後の場合にボールが浮き上がるのか、下に落ちるのか、左右どちらに曲がるのか、まったく分からないのですから!」

「自分でもバッターボックスに入って球を直に見ようと思ったが、やめとくよ。結果がわかっているから」と監督。

「長嶋監督、松井選手、このピッチャーをどう思いますか?」とケビン父さんが聞きました。

そこで、長嶋監督がダスティンの将来に重要な一言を述べます。「トミー・ジョン手術後のリバビリ中のピッチャーとは思えないね。しかし、バッターを惑わす球種の多さは有利だが、今まで大投手と言われた数々の優主な選手は、2~3球種だけだった。それでも、投球フォームが同じで直球、スライダー、フォークを投げれば打たれないものです。球種が多すぎることはダスティン君に逆にマイナスかもしれません。ただ、左右両方で投球できるのは有利だし、投球フォームを一定にすれば球種の多いことは絶対に使える、と思います」

ケビン父さんは、この一言に感銘を受けました。さすがに本物の野球人です。長嶋監督に「時間があるようでしたら、ビデオを見ながら、もう少しお話しをさせていただけませんか?」

長嶋監督は甲高い声で「は~い、OKです!」

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