第30話 ジャイアンツの分析

   長嶋監督が到着したのは、それから30分ほどしてからでした。長嶋監督は登場するとオーバーなアクションで握手をして、さっさと座席につきました。思っていることがあるのでしょう、さっそく、通訳を通して話が始まりました。

「ジャイアンツは96年のシリーズで戦ったオリックス・ブルーウェーブに1勝4敗で負けました。原因は監督の私にあるのと、ピッチャーが期待した投球ができなかったことと、オリックス・ブルーウェーブの仰木監督の老練さに負けたのですが、今日、話したい、というか、あらかじめお送りした試合の流れのビデオと資料を見て、どのような分析をされるのかきいてみたいのです。」

「分かりました。5試合だけではチーム全体の分析は無理ですので、個々の特徴のある選手の分析は可能です」。とケビン父さんは言いました。

「初戦は延長10回でイチロー選手のホームランで決まったように思います。それまでは、互角の戦いでしたが、ピッチャーとキャッチャー、それに対する相手のピッチャーなどによってバランスが崩れ、好調のピッチャーが急に崩れることがあるものです。二試合目は、短期決戦でよくあることですが、オリックス・ブルーウェーブの小刻みのピッチャー登用がジャイアンツの選手に焦点を絞らせなかったことに尽きるでしょう。第三試合ではジャイアンツのヒットが散発で、フォアボールが松井さんの1個だけですが、オリックス・ブルーウェーブは9個の安打と4つのフォアボールを比較的効率よく得点につなげた、ということでしょう。逆に、第四試合では5安打しかつてなかったジャイアンツでしたが、9個のフォアボールをうまく得点につなげてジャイアンツの勝利となっているようです。以下に「め」を使った選球眼が大切だったかが分かります。第5戦では安打数やフォアボール数では互角でしたが3回裏の畳みかけるオリックス・ブルーウェーブの打線にピッチャーが負けた、というところでしょう。それに、この試合はその前年に発生した阪神・淡路大震災の地元の神戸で行われ、いわゆるアウェイでした。そのような雰囲気も影響していたのでしょう」。

長嶋監督は「安心しました。我々の分析とほぼ同じです。有難うございます。」

ケビン父さんはさらに続けます。「このシリーズで、相対的にはジャイアンツの投手陣対オリックス・ブルーウェーブの打者という構図という特徴があり、たぶんあらかじめ頂いたビデオを見て、やはり驚いたのはイチロー選手です。彼は確実にピッチャーのどんな球でも対応できる柔軟な姿勢、スウィング、そして「目」で打球を確認してスウィングしています」。

長嶋監督は大きく頷き、「実は分析力に優れているお二人にお願いしたいのは、鈴木一郎選手のことなんです。私もバッター出身で彼がいかに優れたバッターであるかは、ニュースや実際に対戦した投手などから聞いていたのですが、実際に対戦してこの「目」で見ると、なぜ、あんな球をうまく打てるのか不思議でなりません」。

ケビン父さんは、「まず姿勢が崩れず、「目」の位置が全く変わっていないことです。それに、グリップの位置やしぐさが毎回同じだということです。彼はそれらをルーティン化させています。バッターボックスに入る前は屈伸運動やスウィング前の腕の運動、そして最後に、ユニフォームの袖を引き上げるところまで全く同じです。彼が全く同じしぐさは同じ筋力、応用力、リラックス度、などを最大に引き出すためと考えます」。

「では、うちの投手が彼に打たせないために何をすればいいか教えてください」。

「見るところ彼はホームランバッターというより、アベレージバッターでしょう。アベレージバッターはある程度、『山を張る』ということをしますが、どんな球にでも対応しようとします。しかし、どんな球と言っても経験したことのないボールが来れば、対応できません。」とイチロー対策の結論をケビン父さんは言いました。

長嶋監督は、「そういえばヤンキースに左右両投げで何種類も投げられるピッチャーがいますね」。

ケビン父さんは、ニヤッと微笑んでいます。ここで、ジョンが空かさず、「それはダスティン・ロビンソンという選手です。彼は、僕の血のつながりはないのですが、僕の兄弟です」。

これを聞いた長嶋監督と松井選手はお互いに見合いながら驚いています。

「それは本当ですか?」と松井選手が身を乗り出してききました。

「はい、ジョンは私の子ですが、ダスティンは、ジャッキー・ロビンソンの孫で、不幸な生い立ちのために、養子に来てもらったんです。彼はメジャーリーグに進み、ジョンは大学に進みましたが、二人は高校時代完璧なバッテリーを組んでいました。彼らを打ち込んだ選手は皆無といいでしょう。」

これを聞いた長嶋監督は即座に聞きました。「彼に会うことはできますか?」

「もちろんです。彼はトミー・ジョン手術後のリハビリ中ですが最近、投球も80%位の内容で始めています。ちょうどシーズンオフで帰ってきていますので、明日でよければ連絡してみます」。

「では、お願いします。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る