第29話 ジョンと新しい希望
日本からの二人が宿泊しているシカゴのドレイク・ホテルに会合場所が決まりました。ドレイク・ホテルはシックな装いで、クラシックなホテルで、インテリアはアンティークな家具が並び、風呂には大理石が使われるという、シカゴで一番、「品のある」と言われるホテルです。映画「ホームアローン」、「ミッションインポッシブル」、「ベストフレンズウェディング」、「交渉人」などでもおなじみのホテルです。
ケビン父さんとジョンはあらかじめ見ておいた資料を基に、意見をまとめてきましたが、より正確な内容に組み上げるため、質問が数点ありました。長嶋監督と松井秀喜選手が所属する東京・読売ジャイアンツは歴史のある球団で、日本のプロ野球(パシフィックリーグとセントラルリーグ)の中の12球団で唯一、「軍」をチーム名に用いる日本で一番古いチームです。元大リーガーが何人も「助っ人」として移籍したことがあったため、資料は比較的簡単にそろえることができました。
ジョンは日米の野球の違いを調べていました。世界的な規定でボールの重さは141.7g~148.8gと決められているのですがメジャーリーグでは、この規定の最大値である148.8gのボールであるのに対し、日本では最小値の141.7gです。メジャーリーグのほうが1.1g重いボールを使用していることになります。同様に大きさについても円周で計測し、22.9㎝~23.5㎝と決まっているのですが、メジャーリーグでは最大値の23.5㎝で日本では22.9㎝です。木製バットで長さや重さが規定されていますが幅があります。ただしバット素材が異なっています。日本では主に柔らかでミートしやすいアオダモを使用し、メジャーリーグでは反発性に優れたハード・メープルです。マウンドの違いは日本では掘れやすい土を使用していますが、メジャーリーグでは固く、掘りにくいので日本から来たピッチャーは慣れるまで苦労します。しかし、ピッチャーとして最も混乱するのはストライクゾーンの違いです。勿論、ルールでは「打者の肩の上部とユニフォームのベルトの位置の中間から打者の膝の下部までがストライクゾーンとする」という決まりは同じですが、比較的メジャーのアンパイヤは外角と低めのストライクを取ります。従って「バッターの胸元をえぐる」ボールはストライクになりにくいのです。日本では逆に内角と高めのボールでもストライクをコールします。
さらに日本では電車で来場をするお客が多いため、終電時間を考慮して早めに試合を終了させる必要から「引き分け」という制度があります。メジャーリーグでは、決着がつくまで続けられます。車社会ですので終電時間は気にしません。その他にも応援の仕方(アメリカ人は日本の試合の応援はトランペットなどの楽器を使う大学・高校の試合みたいだ、とよく言われます)など、細かなことが違っているのです。ジョンは、
「父さん、同じ野球でも少しずつ細かな点がアメリカとはちがっているのですねぇ~」
「ああ、その通りだよ。昔、このジャイアンツというチームには監督の長嶋さんとクリーンアップを組んでいたサダハル・オーという左打ちの選手がいて、『フラミンゴ打法』と言って右足を水平になるまで高く上げ、勢いをつけてホームランを量産した選手がいたんだ。オーの名前ぐらい知っているだろう?」
「はい、有名ですから」
「彼は日米の細かな違いがあるものの、1977年にハンク・アーロンが持っていた世界記録を抜いたんだ。当時のアメリカのメディアは、球場が狭い、ボールが小さくて軽い…など、アメリカのメジャーリーグのメンツを守ろうとしたが、サダハル・オーは完璧に世界一の優れたホームランバッターだった。長嶋監督は、ホームランより肝心な時に確実にヒットを打つタイプで、ファンにこよなく愛された選手なんだよ」
ジョンはこの時、初めて日本の野球に大きな興味を持ちました。
準備されたミーティングルームにはプロジェクター、PC、配布資料に加えコーヒーとドーナツなどがそろえられて、後は二人が来るのを待つだけです。シカゴ・ホワイトソックスの関係者は今回のミーティングには参加せずミーティング後の夕食から顔を出す事になっています。そして最初に顔を出したのは紳士らしくネクタイ姿の松井選手が通訳と一緒に入ってきました。再びの握手のあと、長嶋監督を待つ間、三人は雑談を始めました。
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