第26話 術後のダスティン

    手術は成功、という一報がジョンのところに届いたのは、手術が行われた2日後でした。ただし、当時のトミー・ジョン手術(側副靱帯再建術)は現代の内容と違って、一言でいうと手探りの「切った、貼った」というものでした。 いわば、ボロボロになった肘の靭帯を切除し、体の別の部分にある靭帯を移植すると言う方法です。しかし、靭帯というのは厄介な代物で、体の別の部分から取ってきた靭帯を「骨に接合しなければなら無いのです。ジョンにはダスティンから直接電話が入りました。

「ジョン、手術は成功だって! もう、そんなに痛くはないけれど、これからリハビリが大変そうだよ」。

「ダスティン、それはよかった。俺も、トミー・ジョン手術のことを詳しく調べてみたし、ケビン父さんとも話し合ったんだ。お父さんいわく、これからがたいへんだって。理由はダスティンも知っての通り、別の部位から持ってきた靭帯をしっかり、くっつけなきゃいけないし、かといって、その靭帯を使わなかったら固くなって、切れてしまうって、父さんが言ってたよ」。

「ああ、主治医の先生にも同じことを言われた。しばらくは、リハブ(リハビリ)ドクターの奴隷になって頑張るよ」

「ダスティン、悪い冗談だな」。

「すまない、でも、安心してくれ。俺のリハブ・ドクターって、きれいな女医なんだぜ。アレクサンドラには内緒だけど!」

「ダスティン!」、とジョンは意外に元気な様だったので安心しました。しかし、実は、トミー・ジョン手術で一番大切で大変なのはリハビリです。ジョンは、リハビリが、今後のダスティンのプロ野球人生で一番大切な事だと、切々と説きました。事実、もうダスティンは昔のような投球ができるか否か分からないのです。最悪、野球生活が終わる可能性だってあるのです。

   その頃のジョンンはシカゴ大学の野球部で4年過ごし、カレッジリーグではブライアン・バルディアヘッドコーチに率いられ、頑張ってはいましたが、鳴かず飛ばずのチームでした。1995年度の成績は16勝15敗という成績でした。ジョンは、バルディアヘッドコーチのお気に入りの選手でした。勿論、ジョンの家族が有名スポーツ一家ということもありましたが、ジョンのチームに対する考え方や行動が素晴らしいからでした。しかし、ジョンは学業の成績もよく、卒業も迫ってきましたので、そろそろ、進路を決めなくてはなりません。プロ野球の道もありますし、ケビン父さんと一緒にスポーツ医学や、野球に関する分析官としての道を模索していました。しかし、ジョンが4年間の学業と野球とそれ以外のスポーツで、大きな興味を持ったのはチームスポーツにおけるスポーツ心理学でした。野球でもサッカー、バレーボール、ラグビー、アメリカンフットボール、ホッケー…など、すべてのチームゲームでは心理的な要因が非常に大きいことでした。例えば、野球で9回まで完璧なピッチングをしていた投手がフォアボール一つで一気に崩れたり、2対0でリードされていたサッカーチームが1点取った直後、怒涛の攻撃によって2対3で勝ったりすることもあるのです。これには、当然、「やばい」という気持ちを持ったら、今まで何ら問題のなかったプレーに「ネガティブシンキング」が作用し、筋肉へ悪影響を与えるのです。アドレナリンは一種の興奮状態から「火事場のバカ力」的な作用をするのですが、ノルアドレナリンは、ドーパミン、セロトニンと同様に神経伝達物質の一種で、神経を興奮させる神経伝達物質であるのですが、「やる気」や「意欲」を高める反面、「不安」「恐怖」「緊張」といった感情・精神状態を引き起こし、従来のパフォーマンスが出来なくなるのです。外的要因として、敵の応援の声が原因となることもあるのです。ジョンはこの点に非常に大きな興味を示し、ほぼ4年間、医学的に研究してきました。卒業論文もこの点に集中した内容でした。

    ダスティンは、術後のリハビリを順調にこなしていましたが、やはり回復に時間がかかり、1996年のシーズンではピッチングできるかどうか分からなくなり、焦っていました。ダスティンには我慢してやり続けるしか方法はなく、精神的に不安定な状態のオフシーズンでした。


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