第22話 その後のダスティン

    ケビン父さんとジョンがシーズンオフにフロリダまでやってきて、ダスティンにいろいろ指示してくれた頃のヤンキースは散々な成績でした。ダスティンがヤンキースのマイナーリーグに入った年は、ビリーマーティン監督からルー・ピネラ監督に変わり、シーズンの成績は85勝76敗でアメリカンリーグ東部地区の第5位でした。その次の年は、ダラス・グリーン監督からバッキー・デント監督に変わり74勝87敗で同地区5位でした。さらに、バッキー・デント監督からスタンプ・メリル監督に変わった次の年は67勝95敗で同地区7位の成績で、最悪の年となりました。オーナーのジョージ・スタインブレナー氏が監督を次から次へと後退させたことからも、低迷しているチームの象徴として新聞やテレビでたたかれました。そんな背景にダスティンの矯正プログラムが実施されたのでした。

   そんなマイナーリーグの仲間にプエル通りコ・サンフアン出身のある選手と親密になりました。1990年のドラフト24巡目でヤンキースに指名されたホルヘ・ポサダという選手でした。父親はロッキーズの中南米担当スカウト、叔父はドジャース傘下のマイナーリーグで打撃コーチを務めるなど野球一家で育った大学出の選手で、多少訛りがありましたが、根気強くダスティンの球種を覚えてくれました。今でこそ、英語圏以外の選手が母国語のスペイン語やアジアの言語を使うことはあまりなく、静かな選手たちでしたが、ヤンキースには同郷のバーニー・ウィリアムスという選手がいましたし、二人とも英語が堪能でしたのでダスティンとすぐに仲良くなりました。黒人がマイナーな存在でなくしたのは、もちろん、祖父のジャッキー・ロビンソン(メジャーリーグでの最初の黒人プレーヤーで、全球団で彼のつけていた42番は永久欠番です)のおかげです。

   ホルヘは、マイナー時代に二塁、三塁、外野とさまざまなポジションをこなしましたが、ダスティンと暇があるとキャッチャー役を演じてくれました。そこに、バッター役にバーニーが立って、模擬試合をするのでした。その後で夕食のハンバーガーをかぶりつきながら、「あの変化球は打てない」、「バーニーのスイングは肘が下がっている」、「ホルヘのキャッチャーミットの出し方が逆だ」などとお互いを鼓舞しあいながらの夕食が彼らの最も好きな時間でした。ほかのマイナーリーグにいるプレーヤーの中には30歳近い連中も多く、バーに出掛けたり、外食(ダイナー程度)に出掛けたりが多いのですが、彼らは球団が支給してくれる食事で満足でした。

   ある日、同じように誰もいなくなったフィールドに3人が練習していると、監督のスタンプ・メリル一軍監督が、ショーウォルター監督と会議のあと偶然に通りかかって、その練習を見かけました。そこにいる3選手は指名順位こそ低い選手でしたが、全員が注目に値する選手でしたので、二人の監督は当然足を止めて観ていました。

   そんなことを知らないダスティン、ホルヘ、バーニーの3人は、童心にかえって大笑いしながら練習をしています。監督たちはその純真な、本来スポーツのあるべき姿を持った、つまり子供のころの「楽しいスポーツ」をやっている3人を、微笑みをもって見ていましたが、3人のプレーは完璧にプロのレベルでした。ダスティンの投げるボールは変化に富み、キャッチャー役のホルヘはキャッチングのテクニックは信じられないくらいスムーズかつシャープでした。さらに、バーニーのヒッティングは「バット捌き」は天下一品でした。とにかく三人とも「目」生き生きとしているのです。二人の監督はお互いの顔を見合わせて、驚いた表情を表現しています。

「スタンプ、あいつらを一軍のスプリングキャンプに呼んだらどうかね?」

「そうだな、きっと面白くなるだろうな」

   1991年度のヤンキースのスプリングトレーニングに呼ばれた3人は必死にメジャーリーガーにくらいついてきました。ダスティンとホルヘのバッテリーはバッティングのゲージには入りませんでした。理由は簡単です。誰も打てないのです。もちろん、バッティンゲージに入っているバッターに投げる投手は、バッターの要求するボール中心に投げ、バッターのコンディションを上げる役目だからです。従って、よくコーチがキャッチャーなしで投げることがあるくらいです。3人の中で一番輝いていたのはバーニーでした。バーニーはマイナーで体はすっかり出来上がっていましたし、天性の運動神経と選球眼で鋭い打球を次々に放ちました。ダスティンとキャッチャーばかりをやらされたホルヘのバッテリーは、紅白戦では三振の山を築き、バーニーと三人は「3SS」(Three Spring Storms …3人の春の嵐)とニックネームまで頂戴するまでになっていました。これで決まりです。スタンプ・メリル監督は3人の一軍登録書にサインをしました。


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