第20話 比類なきピッチャーへの脱皮(2)

    ケビン父さんは「みなさん、ダスティンのマイナーリーグで経験している、我々が発見した問題とそのなおし方などの報告を、私たちが泊まっているホテルのコンファレンスルームで6時くらいから行いたいのですが、来ていただけますか?」。3監督は、ひょっとして歴史が変わるかもしれない出来事を断ることなどできません。「もちろん喜んで」。これで決まりです。ケビン父さんとジョンは夕刻5時から予約しておいたコンファレンスルームに入り、プレゼンテーション用の垂れ幕と映写機のセッティング、ポインターの電池の確認、ホテルに依頼する簡単なスナック(ジャンクフード)やコーヒー、紅茶などを確認しました。お湯や水はホテルが自動的に用意してくれます。そこに招待されている3監督、さらにケビン父さん、ダスティン、ジョンの3人に加え、シドニーとアレクサンドラ8人分が部屋の端に備えられたテーブルに準備されるはずです。

    ケビン父さんとジョンはそれに先立ち、何をどう報告するか話し合いました。ビデオと発表されたばかりのウィンドウズ・3.0とマイクロソフト社が買収したばかりのForethought社製のプレゼンテーション用(現在のPowerPoint)使って資料を作りました。ダスティンの現状の欠陥と矯正方法案、それに、ある意味では一番、3監督が知りたがっているダスティン用のキャッチャーの育成方法です。この問題についてはケビン父さんが何やら解決方法を持っているようでした。

いよいよ6時になり、3監督がやってきました。全員の握手が終わるとケビン父さんはみんなを座らせ、肉声でミーティングの趣旨や内容を説明しました。いよいよ始まりです。

「それでは、最近の2週間に及ぶダスティンのピッチングの内容調査の結果を発表いたします。ご存知の通り、ダスティンは左右両手での投球に加え、オーバースロー、サイドスロー、アンダースローを投げ、さらに、ピッチャープレートの立ち位置、ボールの握り方も2シーム、4シーム、ノーシームを使い分けています。球種は、直球、カーブ、スライダー、シュート、シンカー、スプリット・フィンガー、チェンジアップなどです。我々は、現状のダスティンの投球フォーム、ボールの軌道、スピードなどを研究し、ダスティンの抱えている問題点を2~3点見つけました。これらの問題を解決しなくとも、ダスティンは他に例を見ない素晴らしいピッチャーですか、ショー通りリーフならともかく本格的なスターティングピッチャーになる為には直したほうが良い問題だけです」。ここまで誰一人として音もたてずに聞き入っています。

「まず、オーバースローの時に首を振ることです。ご存知の通り、首を投球中に振るのは『目』で目標をとらえていない時間ができる、ということです。これによって、コントロールが乱れるわけです。ジョンの観察ではボール一球分くらいずれるようです」。ケビン父さんは、ビデオを見せながら、首の動きを説明しています。次にビデオをPCに切り替えてモーションキャプチャーのソフトで合成した映像を見せました。

「確かに画像でも球1つ分くらい球がずれます」。ダスティンは、これにうすうす気づいていました。キャッチャーのミットが思ったところよりずれるからです。それが、首を振ることで生まれているとは知りませんでした。納得です。

「これを治すのは簡単です。キャッチャーミットから目を離さないで投球する訓練で治ります。ピッチャーは疲れてくるとどうしてもスピードを遅くならないように、と考え、どうしても首を振って勢いをつけようとするわけです。するとボールの軌道がずれて、正確なピッチングが出来ないのです」。

ダスティンは、「ケビン父さん、有難うございます。これからキャッチャーミットを見ながら、というより『目』を離さず投げる練習をします」。と断言しました。

「次は肘が下がるという問題です。試合中の監督やコーチはピッチャーの疲労度を球の切れで判断しますが、肘の高さだけでも判断できます」。とケビン父さんは言いながら、次のファイルをPCで開いています。

「肘が下がると体全体を使うのではなく小手先で投げることになり、肩や指を痛めたり、長期的には腰まで痛めたりするのはご存知だと思いますが、どうしてもピッチャーは70~80球を過ぎたあたりから肘が疲労し、腕力で投げだします。私個人の意見では100球以上ピッチャーに投げさすことは非常に危険です。選手の故障につながったり、コントロールミスからヒットを打たれやすくなったりします。この問題は、あまり、ダスティンには起こらないかもしれません。それは彼には左右で投げる芸当ができるためです。ダスティンの肘が下がる問題は、疲労より本人の心がけとキャッチャーのアドバイスで治るでしょう」。 ケビン父さんは、ビデオとPCで肘の高さを投球ごとに拾ったシールの位置で説明しました。これで、ダスティンはなぜ、シールを張ったかはっきりわかったと思います。

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