第19話 比類なきピッチャーへの脱皮(1)

    ショーウォルター監督はカフェテラスで当時の一軍監督のバッキー・デントと苦いだけのコーヒーをすすっていました。

苦いのはコーヒーだけのせいではありません。そこにスタンプ・メリルというネクタイ・スーツ姿の紳士の3人で深刻な話をしていました。内容はもちろん「勝てないヤンキース」の話題です。当時のオーナーであったジョージ・スタインブレナー氏は次々と監督を後退させ、金力に物を言わせて優秀な選手を買い集めることで有名で、過去の栄光に比較しても当時のヤンキースは勝率4割1分程度の「負け組チーム」でスタインブレナーはバッキー・デントからスタンプ・メリルに交代を決めた直後に、この会合が持たれました。監督交代劇の本人たち2人がマイナーリーグの監督のもとを訪ね、今後のことを話し合うという異例の展開になったのは、スタインブレナー・オーナーからの指示で実現したものでした。

    ショーウォルター監督はこの新旧監督に今後のヤンキースを常勝チームに脱皮させるために見せたい選手いる、と二人を呼んだわけです。ショーウォルター監督は二人に熱く語ります。

「名前はダスティン・ロビンソンと言って、そうジャッキー・ロビンソンの孫で、とにかく変わっているのは両打ち両投げのピッチャーということです。DH制(designated hitter の略=指名代打制)のアメリカンリーグでバッターとしての資質より、強打者揃いのこのリーグで左右両方から投げられるピッチャーがどれだけ有利か、説明はいらないと思うが、ダスティンはオーバースロー、サイドスロー、アンダースロー、さらに、ピッチャープレートの立ち位置を変え、2シーム、4シーム、ノーシームを使い分け直球、カーブ、スライダー、シュート、シンカー、スプリット・フィンガー、チェンジアップを自由に投げられる。バッターにとって『次に何が来るかわからない』ため、自然に当てに行くバッティングになり、長打が生まれない。そんな選手を今日見てほしいんだ」。

バッキー・デントとスタンプ・メリルは顔を見合わせながら、大きな目をむいています。次に監督となるスタンプ・メリルは聞きました。

「ジャッキー・ロビンソンの孫ならニュース性があって面白いと思うが、そんなピッチングが出来る逸材が本当にいるとは驚きだなぁー」

「本当にいるだよ!!」

「そんなすごい選手なら、なぜ、俺が監督の時にメジャーに送らなかったんだい?」とバッキーが不平を言います。

「そりゃー、早く送りたかったんだが、キャッチャーがいないんだ、あいつの球を受けられる奴が。それに、これだけ豊富な球が、キレが良すぎて、コントロールが狂うことがあるんだ」。ショーウォルター監督は続けます。

「それで、ダスティンの身内に分析と去勢方法を探ってもらうためにこの2週間ほどかけて、シカゴから来てもらっていたんだ。今日、また二人に来てもらって、最終の報告を受けることになっているんだ」。

二人は、ダスティンとケビンとジョンのマクドナルドの名を聞いただけで納得しました。

    約束の3時になり、ショーウォルター監督、バッキー・デント(元)メジャー監督、そしてスタンプ・メリル新監督がフィールドでダスティンとマクドナルド親子を出迎えました。ショーウォルター監督は機密兵器の発表を大統領にするかのように、警備を厳重にしました。従ってフィールドには6人の男たち以外は誰もいません。ショーウォルター監督は

「ダスティン、ジョン、では、初めてくれ!」と、握手挨拶が終わるとすぐに二人に頼みました。二人は頷き、ジョンはホームプレートに座りました。その後ろには防御用ネットがありケビン父さんと三人の監督が並びました。ダスティンとジョンはすでに肩慣らしを済ませていましたので、5球ぐらいのキャッチボールのあと、本格的にピッチングを始めました。ジョンには次に投げる球種をあらかじめ告げるように依頼しています。

    「ダスティン、最初はオーバースローの直球で行こう」 もちろん、声に出してダスティンに球種を伝えるのは最初だけです。これ以降は、後ろの4人には小声で伝えましたが、ダスティンにはすべてサインを送りました。最初の直球は「並」のレベルで3監督は「こんなもんか!?」と思ったに違いありません。150Km程度の直球を投げるピッチャーはメジャーではゴロゴロいるからです。ところが、オーバースロー、サイドスロー、アンダースロー、さらに、ピッチャープレートの立ち位置を変え、2シーム、4シーム、ノーシームの握りを変え、直球、カーブ、スライダー、シュート、シンカー、スプリット・フィンガー、チェンジアップなどを次々に投げているのを見ると、完璧に「全身の毛が逆立っている」状態になっています。

「これを実戦で投げられたら、ショーウォルター監督が言うように、バッターは当てるのが精一杯になるなぁ」とショーウォルター監督が言いました。

    ジョンが3監督に言いました。「これで右の投球が終わりました。10分ぐらい休憩をもらってから左の投球をしたいのですが…」

「OK、いれたてのコーヒーを用意しますよ」とショーウォルター監督がケビン父さんも含んでカフェテリアに誘いました。もちろん、後で詳細な報告をするケビン父さんはその席では簡単な説明しかしませんでした。その間、ダスティンとジョンは汗を拭いながら、水分補給をしています。

    短いブレイクのあと、左での投球を行いました。右の投球と多少曲がり方が違うものの、左の投球もやはり満足のいくものでした。3監督はそれぞれの投球に「メジャーで言うと誰々と同じ!」という発言がいっぱいありましたが、すごいのは1人のピッチャーからすべて投げているのを見るのは初めてでした。

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