第18話 ダスティンの投球

    ダスティンは確かにジャッキー・ロビンソンの孫であり、両打ち両投げ、と話題性は豊かで、メジャーリーグでもスター性を兼ね備えた逸材です。しかし、マイナーリーグでは残念ながら実績がなく、メジャーへの昇格は当分できないのが事実です。もちろんダスティンは焦っていましたし、ケビン父さんとジョンが今日、テストに来ているのも、何とかしようとの一環です。ダスティンが、実績を積むにはマイナーで活躍しなければなりません。それに、メジャーで選手のけがなどで欠員が出れば早いのですが、日々、必死に戦っている各選手を、そう簡単にマイナー行にできないのが監督というものです。

ダスティンには才能がある以上、早くダスティンのボールを理解し、自由にコントロールできるキャッチャーが不可欠です。しかし、ダスティンが自分でボールをコントロールできないと、受けるキャッチャーがバッターの心理を読んだ選球ができないのです。したがって、キャッチャーが要求するボールを正確に投げ、キャッチャーミットに正確におさめる必要があるのです。従って、今日のテストは球種の多いダスティンが、思い通りの速度、曲がり、コーナリングをコントロールできるようにするためのものです。

「ダスティン、最初に右手で10球ほどストレート投げて、次に変化球を20球ほど投げてくれ!」とジョンは叫びました。

「分かったけど、このシールは必要なの?」と苛ついています。気になるのでしょう。

「ああ、とても大切だよ。あとで、父さんから説明があると思うけど、ダスティンのピッチングフォームを少し矯正することになると思う。その時、君に分かりやすく説明するためにはこの3つのシールが必要なんだ」

ダスティンはいやいや分かったよ、言わんばかりに口を「へ」の字にして、両手を開いています。

   直球、カーブ、スライダー、シュート、シンカーをそれぞれサイドスローとオーバースローで投げてもらいました。ちなみに今日はアンダースローのボールは投げない約束です。理由は、サイドスローを見ればアンダースローの内容も分かるからです。ダスティンは、ここで6本指のグラブを右につけ、左での投球に移りました。

   ダスティンの場合、小さいころから両方の手で投げていましたので左右の威力の違いはありません。相手バッターが左打ちか右打ちかによって使い分けているだけです。ここでピッチャーに不利なルールが存在します。スイッチピッチャーは一人の打者に対し先にどちらの手で投げるか示さなければならないのに対し、スウィッチバッタは一球ごとに打席を変えることができます。もちろん投手が投球に関する動作に入っている間に打席を変えたらアウトですし、サインの交換を始めた後は変更できません。しかし、バッターが「今日のピッチャーは右の球が走っている」と思えば打席を変更できるわけです。しかし、一般的には同じ打席に入ったらピッチャーがリリーフに変わらない限りふつうは打席を変更しません。特にアウェイでそんなことをしたら大ブーイングとなり、心理的に損をするからです。

   ダスティンはジョンのサイン通り、右手の時と同じように20球すべて球種の異なる球を投げました。左で投げても、先ほど投げた右で投げても「切れ」は変わりありません。これで今回のテストは終了です。ジョンはダスティンの欠陥は右も左も同じように出ていることを確認し、ケビン父さんも同意見でした。ヤンキースには明日、結果を報告することになっていますので、今夜は夜遅くまでケビン父さんとジョンは報告をまとめなければなりません。それに、ショーウォルター監督から言われているサインの複雑さを解消しなければなりません。ジョンは長年にわたってダスティンの癖を知っていましたし、「目」を見れば次に何を投げるかを瞬時に理解できました。ジョンの場合、ダスティンへ「外角か内角」、「高めか低め」の2種類のサインを送れば、あとはダスティンのピッチングフォームで球種が分かりましたが、プロのキャッチャーとはいえ何人もピッチャーの球種を理解するのは大変難しいことをジョンは知っていました。それに、ジョンがピッチングフォームで次の球種が分かるということは、プロのメジャーリーガーにとっても同様に分かるかもしれません。

   ケビン父さんと報告をまとめる作業がありましたが、せっかくシドニーとアレクサンドラが来ているのでダスティンとケビン父さんと5人で、楽しい夕食を取ることになっています。レストランも決まっています。TGIFriday’sという「これぞアメリカンレストラン」という雰囲気のレストランで、いわゆるスポーツバーも兼ねているレストランです。実は、エイドリアン爺さんとクリスティーナばあさんに連れられてケビン父さんがよくシカゴのこの店で食事をしていて、フロリダにもあることを見つけたケビン父さんが予約を入れておいてくれたのです。ちなみに、TGIFriday’sとは「Thank God It’s Friday – やった!今日は金曜だ!」という意味です。


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