第16話 ダスティンの投球術

    ジョンは軽くアップしてからケビン父さんに持ってきてもらった自分のキャッチャーミットにドロース(現代ではグラブオイルと呼びます)を塗ってラグ(ぼろ布)で磨いておきました。ジョンはこのドロースのにおいを嗅ぐと体中の血が騒ぎ、「キャッチャーの本番モード」に入れました。このにおいはオイルと皮の混ざったにおいで、少し甘くマイルドな匂いです。そこに、ダスティンがやってきました。

「ジョン!やっと会えたな。俺が二軍に来て以来だったかな?」

「そうだな。俺も大学で忙しかったし、君もプロの世界で休まる暇もなかったんだろう」

「そうだな、おあいこ、といこう。そんなに勉強で忙しかったのなら、昔のように俺のボールをちゃんと受けられるかな?」

「君の言う通りだな。じゃあ、試してみるか!」

     ダスティンは、ケビン父さんに挨拶してから二人はキャッチボールを開始しました。ケビン父さんは、キャッチャーのしゃがむ後ろの審判(アンパイヤ―はじっとして審判をし、レフェリーは動きながら審判をする人)が立つ位置に、なんだか大げさな機械をセットしています。録画機でしょうが、単なるビデオ機器ではないのです。ダスティンは少々、びっくりしています。ケビン父さんは「ダスティン、びくびくしなくてもいいよ。ビデオに毛が生えたような機械だから」。

「毛が生えたような機械!? 僕の頭の毛みたいにやけに太くてチジレテますね!?」

ケビン父さんも言った本人のダスティンも腹を抱えて大笑いしています。

    肩も温まってきたし、今のジョークで緊張もとれたようです。それに、ダスティンからの球はジョンのキャッチャーミットを「パーン」とうならしています。もう球場中に響いています。ジョンは受けたボールを返さず、「ダスティン、そろそろ始めようか?」といってキャッチャーボックスに向かいました。ダスティンも「うん」と頷いて、ピッチャープレートのホームベース寄りの土を足でならしています。ピッチャープレート全体を使うダスティンにとっては重要な作業です。ダスティンが適度な凹みを掘り終えた時にジョンは球を、ちょうど試合中のように座ったまま投げ返しました。いよいよプレーボールです。

「最初はフォーシームの直球から投げてくれ」、とジョンが叫ぶとダスティンは頷いて振りかぶりました。右手使いで、あの手の上げ方はオーバースローです。投げられた球は右バッターの外角低めにコントロールされた90マイル(145㎞)のボールです。ジョンの知っているダスティンは100マイル(160km)を投げられる選手ですので遅いのですが、ダスティンの投げるカーブを見せられた後に、このストレートが外角に投げられるとバッターは振り遅れとなり空振りします。ピッチングの選球は、「狐とタヌキのばかしあい」で、「裏をかく」ことが成功につながる、いわば心理戦なのです。

「OK、いいボールだ。次は何にする?」

「スライダーを投げるよ」とダスティン。今度はピチャープレートの右端に立ちサイドスローで投げました。当然、右バッターを意識してのボールで、右バッターの胸元からバッター離れていくボールですが、サイドスローの場合ボールがあまり落ちずに真横に動くように見えるボールです。先ほどの直球のあとこのボールが来れば、間違いなくバッターは「ど真ん中」と思って振ってきます。もちろん、ボールは横に流れバットには当たらないわけです。

その後、シュート、シンカー、スプリット・フィンガー、チャンギアップなどをサイドスローとオーバースローを使い分けて投げ込みました。ジョンは昔のダスティンの球の切れから比べ、「筋が良くなっている」と思いました。30球ほど受けてジョンは「ブレイク」と叫びました。実際の試合では1回に30球を投げることはほぼないので、実戦形式にするため休憩を要求したのです。それに、ちょっと気になることがあり、ケビン父さんと打ち合わせをしたかったのです。

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