第14話 ダスティンの試練

最初の年が終わってもダスティンはメジャーには呼ばれませんでした。1980年代のヤンキースはそれまでの華やかな戦績と比べ、どうしようもないどん底状態でした。観客は減り、グッズなどの収入も「がた落ち」の状態でした。最悪の事態です。ダスティンの加入も常勝チームとなるべく為の起爆剤でしたが、野球は一人では何もできません。他球団からの誘いもあり、目が出ない二軍生活にダスティンは下を向く毎日でした。話題性の高いハイレベルの「両打ち両投げ」の奇抜な存在でも、周りのみんなからは阻害された存在となってしまいました。ヤンキースの3A、ローダーデイル・ヤンキースの本拠地であるフロリダの太陽はダスティンにはとてもきつく感じました。

監督のバック・ショーウォルターはとても優しい監督でした。実力を発揮できないダスティンをみかねて、

「ダスティン、まだなじめないのかね?」と聞きました。ダスティンも相手が監督だとすべて正直に話さざるを得ませんでした。

「はい、仲間との関係がうまくいっていません。人種差別というよりも、一緒にプレーする相手になってくれません。コーチがキャッチャーを指名してキャチボールをしていても、3球に1球はパスされます。次に何を投げる、といっておいてもそのボールを捕球できないのです。」

「サインは決めたのかな?」

「はい、決めましたが、誰も覚えようとはしないんです。30種類と数も多く複雑ですから」

「ルー(ルー・ピネラ、当時の一軍監督)から、めぼしい選手はいないかと連絡が来ている。まだ、君のことをよく知らないから、一度、ピッチングを見せてくれないか?」

というわけで、急遽、テストをすることになりました。ショーウォルター監督はダスティンにマウンドに立つように指示します。「グラブを忘れないように。右でも左でも投げられるように細いプロテクションネットを立てておいた」。ダスティンは即座に誰かバッターボックスに入るのだなあ、と思いました。監督は、

「リッキー、たのむ」とダッグアウトに向かって叫びました。なんとそこに現れたのは、あのリッキー・ヘンダーソンでした。彼は当時、メジャーリーグ史上最高のリードオフマンと呼ばれていました。(それに、世界一の盗塁王でもありました。 - MLB通算1406盗塁) ダスティンは目を疑いました。その態度を見てショーウォルター監督は、笑いながら

「調整に来ていたリッキーに頼んでおいたのさ。 リッキーはヒットを打つのも盗塁、打点、どれをとっても超一流だから、君の変わった投球内容を試すのにもってこい、と思ったのさ」。

リッキー・ヘンダーソンは左投げ右打ちという変わった選手でした。右投げ左打ちは、またはスイッチヒッターは多くいるもですが、左投げ右打ち選手はあまりいません。理由は簡単です。一塁が右側にあるからです。つまり、ランナーはヒットを打つと右側に走ります。したがって、左バッターのほうがベースに近くヒットが生まれやすいのです。さらに、内野の守備でも、左利きはファーストくらいで、残りのポジションは内野ゴロの際、ファーストに投げるのに右利きが圧倒的に有利です。リッキーはしたがって非常に珍しい選手です。リッキーは右バッターボックスに入りスウィングをしています。

「ダスティンとか言ったな、好きなところに投げてくれ。ただし、直球から入ってくれ」。

「分かりました」。ダスティンは、まず左右共有のグラブを左につけ、右で投げることにしました。最初はアウトサイローの直球です。リッキーは軽くバットに当ててファウルにします。空振りをしないのが、三振を少なくヒットを多く打つ秘訣ですが、さすがにリッキー・ヘンダーソンは格が違います。

「なかなかいい球を投げるね。たぶん、95マイル(約153㎞/h)位かな。それに、重い球だからヒットにしにくい」。 次は変化球をたのむ」

ダスティンはオーバースロー、サイドスロー、アンダースロー、さらに、ピッチャープレートの立ち位置を変え、2シーム、4シーム、ノーシームを使い分け直球、カーブ、スライダー、シュート、シンカー、スプリット・フィンガー、チェンジアップを投げ分けました。リッキーは、首を横に振りながら、60球ほどのピッチングに2球はホームラン、5球はヒットしました。残りはフライやぼてぼてのゴロで、空振りも30球ほどありました。メジャーの3割バッターが1割程度しか打てなかったわけです。リッキーは「素晴らしい、ダスティン。一軍に早く上がって来いよ。それに俺の調整ピッチャーとしては最高の練習になるからまた、打撃投手をたのむ」、と言ってくれました。

あのリッキー・ヘンダーソンをきりきり舞いさせたのですから、確かにピッチングが優れていることが分かりましたが、ショーウォルター監督は頭を抱えました。受けるキャッチャーがいないことでした。

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