第13話 その後のジョンとダスティン

ジョンのシカゴ大学の場合、入学試験は、統一試験、学業成績、クラブ活動などの課外活動内容(ジョンの場合、野球での活躍があるので問題は有りません)、推薦書(高校の校長や野球の関係者から推薦状をもらいました)、入学希望を記したエッセイ、面接などで判断されます。例えば父親が有力な政治家であるなどの理由で簡単に入学をできる事もあるのですが、ジョンの場合、ケビン父さんは有名ですから所謂コネクションを使えるのですが、ジョンはその方法を利用しませんでした。入学が決定すると、学費と宿舎代が高い為、アルバイトの口も見つけなくてはなりません。しかし、本人は非常に充実した生活が送れる予感がしていました。

ダスティンはヤンキース3Aのキャンプ場へ出向きました。1988年はソウルオリンピックがあり、前回のロサンゼルスオリンピックでは東側諸国が、前々回のモスクワオリンピックでは西側諸国がボイコットしたので12年ぶりにアメリカとソビエトの二大国が揃った白熱した大会となりました。オリンピックではメジャーの選手があまり出ていませんが、 ジム・アボットというミシガン大学の選手がマスコミに大きく取り上げられていたため、ダスティンのいる低迷しているヤンキースの3A、しかも新人選手は話の種にも成りませんでした。 ジム・アボットは生まれつき右手(手首より先)がなかったという不幸を跳ね返し、高校ではエースピッチャーとして大活躍するのと同時に、アメリカンフットボールのクォーターバックとして同校を州大会優勝に導いた、という偉大な選手でした。(結局、オリンピックではアボット選手の頑張りにより金メダルを獲得しています。)

ダスティンはそれでも、チームの注目の的でした。両手投のユニークな選手ですし、何と言ってもジャッキー・ロビンソンの孫ですから。真剣にメニューをこなしていきましたが、投球を開始する頃になると、大きな問題に気がつきました。球を受けるキャッチャーが補給できないのです。ジョンが受けていた時は、「目」を見ただけで次の球種が何なのか解ってくれたのですが、ジョンに代わるキャッチャーがいないのです。練習なら一球一球説明すれば良いのですが、バッターを相手に投げる時には、いちいち説明なんかできません。監督やコーチ陣はサインを作ろうとしましたが、複雑過ぎてどのキャッチャーも嫌がって覚えようとはしないのです。彼らにとっても、少しでも優秀なキャッチャーである事をアピールし、早くメジャーの選手へと登りつめたいのです。ジョンは長い時間をかけてダスティンのボールをどう補給するかを習得したのでしょうが、プロの選手にはその「長い時間」は有りません。そこで、直球、スライダー、シンカー、スプリット・フィンガーの四種類の球種に抑えて、徐々にキャッチャーを慣らして行く事にしました。

ダスティンの二軍生活は大変なものでした。まず給与が低く、こずかい程度の支給ですし、ほしいものは殆ど買えません。最も何かを買おうというものもなく、時間的にもショッピングに出ることは殆どありません。したがって贅沢はできません。一番重要なことは、いかに体を強くしてくれる食事をとるか、と疲れ切った体を効率よく回復させるか、が重要でした。正直言って、周りの仲間とはフレンドリーですが、所詮は競争相手で、彼らより一歩常に先に出て目立つことばかりを考える生活です。ただ、彼の両打両投は限りなく目立っていましたので、いつも監督やコーチ陣に注目を浴びていました。本人が残念なのはアレクサンドラとあまり連絡を取り合えないことです。手紙を読む事はできても、返事はいつも短いものになってしまいます。筆不精なのではなく、ペンを持つと睡魔におそわれ、思考能力が停止し、両目が自然にオフモードになってしまいます。それに、ロードに出ることも多く、長距離電話料金を払えるほどお金はありません。

一方、ジョンはシカゴ大学に合格しました。同時に、大学の野球クラブに入りましたが、当時はレベルの低いチームでした。ジョンにはむしろ、チャレンジ精神をくすぐられるチームともいえました。大学生活は、レベルの高い学業、学費やスポーツの経費、そして野球部のチームメートの分析とアドバイスをそつなくやるという、「大変なこと」に挑むことが彼の青春でした。時間的にもジョンの恋人であるシドニーとの関係維持にきつい面がありましたが、手紙作戦が功を奏し順調でした。寂しくなると、シカゴにお互いがいるわけですので、電車やグレーハウンドバス(低額長距離バス網の会社)に飛び乗ればよいことでした。シドニーもシカゴ郊外から大学のある都市部に父親の車で出かけることもありました。二人は、お互いの学校やアルバイトの話、さらに将来の話などをよくしました。シカゴ大学の野球部は当時、正直に言って強豪ではありませんでした。むしろ、弱輩チームと呼んだほうが良いくらいです。プロには行かなかったもののドラフトにかかった位の選手であったジョンには物足りません。コーチもいるのですが、一年生のジョンのほうが野球をよく知っていました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る