第10話 ジャッキー・ロビンソン

そんな「休暇中」の夕方に帰ってきたダスティンに、エイドリアン爺さんがわざわざやって来て話をしました。ジョンも一緒です。食後、カウチに座ってエイドリアン爺さんはゆっくりとしたペースで話し始めました。

「ダスティン、最近、ピッチングはどうだ?」。

「ピッチング自体、楽しんでやれています。ジョンも手伝ってくれるので自分のピッチングが出来ていると思います。ただ、もっと試合に出たいだけです」。エイドリアン爺さんの意向は解りませんが、どうやら、ジャッキー・ロビンソン、つまりダスティンのお爺さんについて話そうとしているのです。

「ダスティン、君はどの程度、君のお爺さんについて知っている?」。

「正直言って、あまりよく知りません。多少は、記録ビデオやアルマナック(年鑑誌-過去と現在の選手記録が記載されている情報誌)程度です。ご存じの通り、僕は親から詳しい話を聞ける環境で無かったし、周りも『不幸な子』の扱いで、家族の話はお爺さんの話も含めて、誰もしてくれませんでした。偉大なドジャースの二塁手で、メジャーリーグ史上、初めて活躍した黒人選手、という程度です」。

「そうか、そうだろうと思って、今日は昔を思い出したり図書館で調べたり、そして、仲の良かった黒人の友達に調べてもらったので、話そうと思って来たんだ。聞いてくれるかい?いま、君が悩んでいる事は解決できない。それは、自分で解決する事だ。しかし、君の爺さんがどういう選手だったかを知る事は決して損にはならないし、きっと、君の将来に役立つと思う」。

「解りました。お願いします」。

「ジャッキーが生まれたのは1919年1月で私が、7歳の頃だ。5人兄弟の末っ子として生まれ、場所はジョージア州カイロという街だ。当時は、シカゴマフィアが横行している頃で、ひどい時代だった。ジャッキーが生まれて6カ月の頃、ジャッキーのお父さん、つまり君の曾祖父さんが蒸発して家族はカリフォルニア州パサディナと云う所へ移り住んだ、と云う事だった。君の曾婆さんは苦労して働き、みんなを大きくしたらしい。そのお陰で、運動神経の良い子供ばかり、立派に育ったらしい。ジャッキーのお兄さんはベルリンのオリンピックで200mダッシュの銀メダルととっている。ジャッキー自身も野球、フットボール、バスケットボール、陸上の4つのスポーツで奨学金を貰って地元のパサディナ短期大学を出ている。ダスティン、君の身体能力はちゃんと君に受け継がれているんだよ」。

「野球選手のお爺さんは色々調べてわかりますが、そんな子供だったんですね」。

「そうだったんだよ。しかし、その後は、20歳から通っていたカリフォルニア大学ロサンジェルス校に通っていたんだが、黒人には学問はいらないといって親の反対を押しきって、名誉退学している。君のお婆さんのレイチェルとその大学で知り合っている。そんな時に第二次世界大戦が起こって仕事を無くしたジャッキーはセミプロのホノルルベアーズ、フットボールチームでプレーしたんだ。当時は、フットボールの試合は日曜だけだから平日は建設会社で仕事をしながら頑張っていたんだ。しかし、直ぐに徴兵されカンザス州に訓練兵として送られて優秀な成績をあげ、特に射的はずば抜けていたらしい。それで、幹部候補生として推薦されるが、黒人である事を理由になかなか許可が下りなかった。それをボクシングの世界ヘビー級チャンピオンのジョー・ルイス(黒人)が来ていてジャッキーを推挙したんだ。幹部候補生学校を卒業して少尉になったジャッキーはテキサス州のフォートフットへ配属された。そんなとき、差別の厳しいテキサス州でバスの座席をめくって運転手と口論になって軍法会議にかけられてしまった。当時、バスの座席は黒人と白人で別々に指定されていたんだが、軍は人種隔離政策を禁止していたため結局、無罪となったんだ」。

エイドリアン爺さんは、コーヒーを一杯飲んで続けます。

「戦争が終わると、ジャッキーはいよいよ本格的に野球を始める。1945年の事だ。最初は黒人だけの二グロリーグのトライアウトで合格してプレーしている。カンザスシティー・モナークスと云うチームだ。当時のジャッキーはよく打った。それで、二グロリーグのオールスター戦にもプレーしている。それ以降の活躍は、ダスティンもよく知っているだろう。君のお爺さんは苦労して勝ち取った地位を守り抜いた『勇気ある男』と云うだけで無く、紳士だった。こんな話がある。ブルックリン・ドジャースのブランチ・リッキー会長が何とかして白人のリーグにジャッキーを入れようとしたときにリッキー会長がジャッキーにこう言ったんだ。『ジャッキー、君が白人のリーグでプレーするには、誰もやってこなかった大変な戦いをしなければならない。それは、まず、偉大なプレーヤーになる事と仕返しをしない勇気ある紳士になる事だ。』そのリッキー会長にジャッキーは『頬は二つある事を知っています。(キリスト教の教えで片方の頬を打たれたら仕返しをするのではなくもう片方の頬を突き出す勇気をもて、と云う教え)』と言ったんだよ」。

「エイドリアン爺さん、有難うございます。自分がビーンボールを投げた事を本当に後悔しています。残念ですが、いまでも黒人は差別されています。しかし、ジャッキー爺さんのお陰で、白人にはない能力を神様がくれたんですね。これからは紳士のプレーをします」。

「そうしてくれ。いまのチームに君の背番号を42にして貰ったのは、そういう紳士なプレーを受け継ぐ真のプレーヤー、と云う意味なんだよ。(ジャッキーがつけていた42の背番号はドジャースのみならず、メジャーリーグ全チームの永久欠番です。)

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